第4話 覚醒
廊下に出た優樹は、騒然とした様子を目の当たりにした。武器を持った危険人物が敷地内に入り込んでいて、その上すでに二人の被害者が出ているのだから、騒動にならない方がおかしいだろう。被害が出たという情報はすでに校庭から逃げてきた生徒の口を通じて全校生徒に広まっていて、教員の避難誘導に従うようにという校内放送も虚しく、生徒たちは我先にと校庭から反対側の北門や西門を目指して逃げている。
優樹もそんな人の流れに混じって逃げようとした。慧矢のことは気になるが、さりとて引き返してくることを慧矢は望まないだろう。慧矢は優樹を守ろうとして、あの危険な相手と対峙しているのだ。その気持ちを無駄にしてしまったら、それこそ裏切りに等しい。
後ろ髪を引かれる思いで人の流れに混じろうとする優樹。しかしその時、人の流れが急に止まった。
後ろを振り向いた優樹が見たのは、教室の扉ごと廊下まで吹き飛ばされた慧矢の姿であった。うわあっという悲鳴が、逃げようとする生徒たちの中から上がった。
「ケイ!」
「駄目だ来るな!」
駆け寄ろうとする優樹に対して、慧矢は精一杯声を振り絞って叫んだ。そんな慧矢の体育着は傷だらけで、足もふらふらで立つのがやっとという状態である。あの忍者に対して劣勢であることは火を見るよりも明らかだ。
教室から、灰色の忍者がぬらりと姿を現した。その右手には漫画でしか見たことのないクナイが握られている。
――このままじゃ、ケイが……
「来るな」と言われても、慧矢を見捨てて逃げることなど優樹にはできなかった。たとい偽りの土台の上に立ったものだったとしても、一年の間につむいだ友情は確かにそこにあったのだから。それに、身を挺して自分を守ってくれている慧矢が凶刃に倒れるのを、見過ごせるはずもない。
暴虐な侵略者と戦うためには力が必要で、その力はずっと昔から自らの身に備わっていた。今はその力を鞘から引き抜く時なのだ。
けれども……優樹は「使おう」と思って魔法を使ったことなど、ただの一度もなかった。どのような力をどう使えばよいのか、全く見当もつかない。
優樹が戸惑っている間に、忍者は慧矢に向かってクナイを縦に振るった。慧矢は身をひねって何とか躱したものの、その切っ先が右頬を傷つけ、彼の秀麗な顔に赤い筋を引いた。
間髪入れずに、忍者はクナイを横薙ぎに振るった。それとほぼタイミングを同じくして、優樹の足が動き出す。咄嗟に忍者と慧矢の間に割って入り、右の掌を忍者に向けてかざした。この窮地を切り抜ける魔法であれば何でもいい、と、優樹は心の中で強く念じた。
その思いが天に通じたのだろう。優樹の体の正面に、円形の黄色い半透明の壁が現れた。クナイの切っ先はこの壁に弾かれ、その反動で忍者は大きく体をのけ反らせた。
「や、やった! これなら……」
さらに、優樹は手をかざして目をつぶった。すると、何かが当たったわけでもないのに忍者の体が後方に大きく吹っ飛んだ。忍者の体は、先ほどガラスが割れた教室の窓から校庭に落下した。
「ユウ……」
「……ごめん。皆の前で魔法使っちゃった」
「悪い……俺が不甲斐ないばっかりに」
優樹と慧矢を取り巻く生徒たちは、優樹を指差しながらざわめいていた。「あれ見たか?」「魔法だ!」などと、口々に言い合っている。もう秘密も何もあったものではない。
「こうなっちゃしょうがない。ユウ、俺がサポートするから、二人で戦おう。あいつ……ロボットニンジャを倒すんだ」
「……えっ、あれロボットなの?」
「ああ、魔法使いを殺すための殺人マシンだ。まぁ今じゃあ一般人も殺すだろうけどな」
「何で忍者なんだろう……」
「魔法使いはロボットも忍者も相手するの苦手なんだよ。それが合わさった相手ならなおのこと戦いにくい」
「……そういうもんなの?」
「ロボットとか忍者とかって、魔法の想定外の相手なんだよな。こういうのは対処が難しいんだ」
優樹にとってはいささか腑に落ちない答えであったが、魔法を使って戦ったことなどない自分には知り得ないだけなのだろう……そう合点したのであった。
優樹と慧矢、二人の魔法使いたちは昇降口から校庭に出た。あの忍者……ロボットニンジャを追撃し、完全に破壊するためだ。
校庭に出た二人は南側に歩きつつ、視線を左右させてロボットニンジャを探し求めた。だがその姿はどこにもない。確かに校庭に吹き飛ばされたはずなのに。
「もしかして逃げられた……?」
「……上だ! ユウ!」
慧矢の叫びに呼応して、優樹は振り向いて校舎の屋上に視線を向けた。慧矢の言う通り、屋上のフェンスの外にはあの灰色のロボットニンジャが立っている。
ロボットニンジャは屋上の上から、黒い筒状のものを投げつけてきた。それは二人の頭上……ではなく、南門近くの桜の根元に落下した。
――響き渡ったのは、優樹が今までに聞いたことのない、強烈な破裂音だった。まるで空気の振動が、腹の奥底まで強く押してくるようだ。
筒状の物体が着弾した桜の根元からは、黒煙を伴ってめらめらと炎が立ち上っている。赤い舌のような猛火は、たちまち木の幹から枝葉へ、そして両隣の木へと燃え移り、緑の葉を黒い炭に変えていく。
「畜生……あいつ爆弾まで持ってやがった……」
ぎりりと歯を噛み締める慧矢……そんな彼目掛けて、敵は再び黒い筒状の爆弾を放り投げてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます