第2話 突然の侵略者

 昼休み前の四時間目は体育であった。すきっ腹を抱えながら、優樹は慧矢とともに校庭に出た。まだ残暑の厳しい九月とあって、校庭はだるような暑さである。外に出た途端に、優樹の体の毛穴という毛穴から汗がだらりと流れ出した。

 この日の体育はサッカーであった。運動があまり得意でない優樹は戦力に数えられておらず、後方でディフェンスという名の棒立ちに終始していた。

 一方の慧矢は、まさしく八面六臂はちめんろっぴの活躍を見せていた。攻める時は相手を三人かわしてシュートを決め、逆に攻め込まれた際には素早く自陣に戻り守備に加わる。三年生引退後のサッカー部主将を引き継いだ慧矢にとって、これしきのことは造作もない。

 出る幕のない優樹は、ただ校庭の南端で緑の葉をつける桜の木を眺めていた。そんな時、優樹の視界の中に、奇妙な異物が映り込んだ。


「ん……?」


 灰色の人影が桜の木の間をさっと動いたのを、優樹は見逃さなかった。用務員さんが作業でもしているのかと思ったが、それにしては動きが不審だ。

 そんなことを考えていると、人影が動いた場所から、何か黒くて平べったいものが飛んできた。反射的に体を左に傾けて避けると、それは背後のゴールポストに突き刺さった。


「手裏剣……? 何で……?」


 壁に刺さっていたのは、十字の形をした手裏剣であった。漫画で見たことのあるものと、全く同じ形をしている。

 同じものがもう一つ、間髪いれずに飛んできた。優樹は咄嗟に地面に伏せり、何とか手裏剣を回避することができた。が、次の瞬間、ぎゃあっという叫び声が、だだっ広い校庭に響いた。

 優樹の後ろでゴールを守っていたクラスメイトの佐伯が、顔面から血を流して倒れていた。その眉間には、十字型の手裏剣が深々と突き刺さっている。


佐伯さえき!」

 

 その場にいた生徒たちが、佐伯の所へ集まった。それから少し遅れて、試合の審判をしていた体育教師が介抱に向かう。だがそこにもまた、目にもとまらぬ速さで黒い十字手裏剣が飛んできた。


「がっ……」


 体育教師の太い首に、手裏剣の刃が刺さった。首の血管が切り裂かれ、とめどなく鮮血が溢れ出している。生徒たちは「わっ」と叫び声を上げた。


「みんな校舎に逃げろ!」


 慧矢の張り上げた一声が端緒となり、状況が呑み込めず棒立ちになっていた校庭の生徒たちは、我先にと校舎へと駆け込んだ。

 当然、優樹も他の生徒たちの背を追って駆け出した、が、そんな優樹目掛けて、立ち並ぶ桜の間から何かが飛び出してくる。今度は手裏剣じゃない。もっと大きなものだ。

 飛んできたそれは、優樹の行く手を塞ぐ形で校舎と優樹の間に着地した。

 ――灰色の忍者装束に身を包んだ、背の高い男。それが、飛んできたものの正体であった。


「忍者!? 何で忍者!?」


 驚いて腰を抜かした優樹に、抜き身の脇差を手にした灰色の忍者がじりじりと詰め寄ってくる。日光を受けて白刃がきらりと光るのを見た優樹は、自分の命が狙われていることを察していよいよ死を覚悟した。


 ――まさか、こんなわけの分からない状況で死ぬことになるなんて……


 きらめく白刃が優樹の首目掛けて斜めに振り下ろされた、まさにその時のことであった。

 優樹の首に刃が触れるまさにその寸前で、忍者の動きが突然止まった。見ると、忍者の体中を青っぽく光るロープのようなものがぐるぐる巻きにしていて、それが忍者を拘束していた。忍者はロープを力任せに引きちぎろうとしており、ぎちぎちとロープが軋んでいる。


「ユウ! こっちだ!」


 叫びながら優樹の手を引いたのは、慧矢であった。慧矢は優樹の手を引いたまま走り、渡り廊下を通って裏手側から校舎に入った。


「今のって……」


 突然忍者を拘束した青いロープ……あれは間違いなく魔法だ。無意識とはいえ、慧矢の見ている前で魔法を使ってしまった……優樹の首筋を、だらだらと冷えた汗が流れていた。

 優樹と慧矢の二人は、目についた教室へと逃げ込んだ。この教室には誰もおらず、二人は窓際の隅で身を寄せ合った。

 さっきの青いロープのことは誤魔化せない。友に対して隠し事を続けるぐらいなら、いっそ打ち明けてしまおう。慧矢は善良が服を着て歩いているような男だから、きっと二人だけの秘密にしてくれるだろう。

 そう思って、優樹はおずおずと慧矢の方に向き直った。全力疾走した後の紅潮した慧矢の顔は、どんな男子よりもかっこよく、どんな女子よりも綺麗だ。


「ケイ、さっきの見ちゃった……?」

「……ごめん、俺ユウにずっと黙ってた。実は俺、魔法が使えるんだ」

「……え?」

「さっきのロープ……あれは俺の魔法なんだ」


 慧矢から返ってきたのは、優樹が全く想定していなかった答えであった。

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