第1話 魔法使いの少年
「そ、そこどいてよ……」
クラスメイトの男子数名が、
「そこ
「あー悪ぃ」
そこに一人の男子生徒がやってきて、雑談中の彼らに注意した。雑談していた集団は素直にせかせかと場所を移した。
「ありがとうケイ」
「それよりユウ今日漢字の小テストだし見直ししといた方がいいんじゃないか?」
「そうだね」
優樹に助け船を出したこの眉目秀麗の少年は、生徒会長を務める
一年前、この中学校に転入したばかりの優樹に最初に声をかけてくれたのが、この慧矢であった。勉強も運動も得意、それでいてジュニアアイドルのような美少年であることから、主に女子からの絶大な支持を得ている。絵に描いたような雲上人だ。
そんな慧矢は、転入したての優樹に何かと気さくに接してくれた。そして同じ漫画を愛読していることが分かると、尚のこと二人は仲良くなり、今ではすっかり「ケイ」「ユウ」と呼び合う親友同士になっている。
でも優樹は、そんな親友の慧矢にさえ明かせない秘密を持っている。
***
自分には不思議な力が備わっている。優樹がそう実感するきっかけになったのは、彼が七歳の頃に起こった、とある事件であった。
蒸し暑い七月のこと――夏休みに入ったばかりの昼下がり、三人の獰悪な同級生に囲まれた優樹は、川への飛び降りを命じられた。父親譲りの色白痩身ゆえに、優樹は何かと攻撃の的になることが多かった。この日のことも、そんな優樹に降りかかった災難の一つだったのである。
当然ながら川への飛び込みなど、いくら命じられたからといってできるはずもない。橋の上でもじもじしている優樹を見かねた悪少年の一人が、後ろから乱暴に彼の細い体を突き飛ばした。
空中に投げ出される優樹の体……しかし、その体が水中に没することはなかった。
何が起こったのか、優樹ですら分からなかった。いつの間にか優樹は対岸の草むらに立っていて、代わりに三人の悪少年たちが川の中で手足をばたつかせている。
優樹が近くの農家に助けを求めたことで、三人は命を助けられた。一人は酸欠で脳に後遺症が残り、そのまま何処かへ引っ越してしまった。残る二人も優樹のことを真剣に恐れるようになり、以後、優樹はいじめられこそしなくなったものの、腫物のように扱われて浮いた存在となった。
その事件から数日後、こっそり母親に事の顛末を打ち明けた。信じてもらえるかどうかは関係ない。ただ自分一人の秘密として抱えておくには重たいと思っただけのこと。けれども母は、予想しなかった答えを返してきた。
「実はね、お母さんも魔法が使えるの。お父さんもだよ」
「え……」
「信じられないって顔してる。これなら信じてくれるかな」
そう言うと、母は床に置いてあるサメのぬいぐるみに向かって手をかざした。すると驚くべきことに、ぬいぐるみはひとりでに浮かび上がって、ふよふよと天井付近を漂い始めたのだ。
「す、すごい」
「でもねユウ、私たちが魔法使いってことだけは、誰にも言っちゃだめ。約束して」
「どうして?」
「悪い人たちにさらわれちゃったり、危ない目に遭うかも知れないから」
「う、うん……」
そう言って聞かせる母は、いつになく真剣で、どこか怖くもあった。母の口紅でテーブルに落書きした時だって、ここまで怖い顔はしていない。優樹は母の言いつけを守り、誰にも不思議な力――魔法のことを他言しなかった。
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