第26話

 何台、何十台の車に追い越されながら、白い大型トラックは相も変わらず、我が道を行かんとのんびり走り続けた。ドライブ気分半分の私は、周りの景色などに目をやり、移り行く町並みを一人楽しんでいる。


 思えばそれも二車線の道路ならではの話。


 片側一車線ともなると事情も異なり、バイパスから狭い街道へと入ったトラックは、そこの制限速度三十キロという、普段では考えられないスピードに従わなければならないのである。金魚の糞と表現するにはまさにうってつけで、後方は数珠なりの団子状態。さらに追い越し禁止の道が拍車を掛けるように車の列を伸ばして行く。

 ミラーに映る光景を目に、つくづく申し訳ないと思いながらも、アクセルを踏む訳にも端に避ける訳にもいかない。そんなストレスにも似た時間が続いた。後ろの連中もイライラしているに違いない。


 しかしながら、三十キロで走ると言うことは難しいものだ。

 今にも止まりそうな速度を保持し続けること。実はこれが意外と大変で、ちょっと油断でもしようものなら、たちまち足の重みが加わって、すぐに針は上昇してしまうのである。


 場内と路上。


 その感覚の違いに戸惑いながら、私は神経を針に集中させ、誰しもこんなスピードだったらと、室内に貼られてあった事故のポスターなどを思い浮かべた。

 初めての路上は適度な緊張と楽しさが入り乱れ、トラックの速度を遥かに越えた時間が流れ去って行った。

 西回りのコースを順調に消化させたトラックを、教習所の東側の通路から場内へと乗り入れれば、なんだか懐かしい気分になったりする。つい最近まで走っていたのにおかしなものだ。


「あとは時間が来るまで好きな所走ってていいから」


 それだけ言うとまた教官は黙り込み、私は自由気ままにトラックを操った。初めは難しいと思われる場所ばかりを、わざと選んで走ってみたりするものの、特に何も言わずに黙り込む教官が、あまりに静かだったため、つい視線を横に移すと目を疑う光景が飛び込んで来たのである。

 なんと居眠りをしているのだ。そうは言っても、驚きはすぐに笑いに変わり、


(教官も仕事で疲れているんだな~)

 と、微笑ましい顔を浮かべながら、あえて直線の多い外回りを走り起こさぬように努めた。居眠りが出来るほど横で安心出来るということは、うれしいことでもあったからだ。

 そのうち起きるだろう。

 私は声も掛けずに淡々と走り続け、判をもらい車をあとにすると、彼女のことが突然と思い出され、建物へ向かう足が途端に重みを増した。

(無かったことにしようって言うんだから、別にいいじゃないか・・・・)

 自分に言い聞かせるように歩き扉を開け、いつのもように腰を下ろす。彼女を見ることはなく、例によって待ち時間をあれこれと過ごし退屈を紛らせている。


 五分前のチャイムが鳴り、重い気を伏せ教習カードを取りに行った時だ。また私のカードだけ無いことに気づき、呆然と立ち尽くしてしまった。理由が思い当たらなかったのだ。

 仕方なく、視線を彼女に向けると、やや瞳に笑みを浮かべ、


「お待たせしました」


 と、前回とまったく同じようにピンクのカードを差し出す。

 やはりカードは二枚あった。

 いよいよ、からかわれ出したのかと思いながらも、それを手にした私は長椅子に戻りカードの裏に目を走らせた。



[先ほどはごめんなさい。お話でよければ時間を都合します]

 

手のひらを返す内容に唖然とし、思わず彼女を見れば、時々微笑み交りの瞳をこちらに送っているではないか。気持ちを和ませるような目に、照れ笑いを浮かべてはみたものの、心は表情と異なり複雑だった。


(もしかしたら・・・・同情してこんなことを・・・・そうか・・・・きっと、ふて腐れたような顔に見えちゃったんだろうな・・・・でもだからと言って・・・・)


 気の毒だからというお情けならば、願い下げようとも思ったが、

(まぁ、これで話が聞けるんだから良とするか・・・・そうだ。このこともついでに訊いてみようか)

 と、素直に受け取り腰を上げる。所詮、少し話を訊く程度だ。何も深刻に考えることでもない。冷静な瞳を送りながらも車庫に進む足取りは軽やかであった。


「え~と、一時間目はどっちへ行ったかな?」

「西の方だったですかね」

「西コースね。ということは・・・・今度は北へ行けば良いんだな・・・・え~と、北、北」

 そう言いながらコースの描かれた地図を探す教官。

「いや、何ね。まだここに来たばかりなんで、よくコースを覚えてないんだよ。アッハッハ・・・・ま、普通車の方はなんとか覚えたんだけど、大型はね~・・・・あった。あった。じゃあ、行きましょう。え~と、まずは右へ出てください」


 若干黒髪を残す白髪頭の教官は、ここに来て初めて出会う顔で、風貌からしてキャリアうん十年。昔気質の厳しいタイプであろうと、勝手に想像と緊張を巡らせる私は、拍子抜けしたように肩の力と表情を緩め、人の良いおじさんといった教官と共に教習所を後にした。


「この先の交差点を・・・・あ、ごめんごめん。え~次の次ですね」


 時々、地図を眺めながらの頼りない道案内に、隣でハンドルを握る私も気が気ではないが、そこは勝手知ったる町並み、横から助太刀して不慣れな教官を助けたりもする。

 教習していることすら忘れそうだった。

 二時間目ならではのリラックスを引き連れ、車が市街地へと差しかかろうとした時、ふとした疑問から、

「なんだか遠回りして来たような気がしますね」

 と、教官に尋ねる。

「そうですね。大型は普通車と違ってどこでも走れないからね。特に町の中になるほど、どこでもそうだけど通れない場所が多いよ」


 言われて見れば至る場所に大型走行禁止、あるいは左折禁止などの標識が張り巡らされている。

(そういや、うちのお客さんたちも、どこを抜けて行くかなんて話してたっけ・・・・)

 頭にそんなことを過らせれば、すっかり普通免許で乗れる四トンの感覚で運転していたと気づくのであった。

(そうだ・・・・なりは小さいけど大型なんだった)

 余裕から来る散漫な気持ちを一度引き締め直し、トラックは穏やかな日差しの中を一路北へと向かった。

「え~と・・・・あれっ?ちょっと止まってくれるかい?」

 市街地を外れ周りに田畑の見える道をのんびり走っていると、横から不安そうな声がする。


 ブォ~~ッ・・・・ガラガラガラ・・・・・・。


「確か、この辺りを曲がると思ったんだけど・・・・もう少し先だったかな?斎場ってのは、もっと先かい?」

「あ、斎場ならそこに見えるのがそうですよ」

「あ~あれかい。だとするとだな・・・・その手前を曲がるんだけど・・・・この道だったかな?」

「・・・・・・だったら、ここは大型も入れそうですから、ちょっと行ってみますか?もし違ってたら頭振ってUターンしますから」

「それもそうだな。じゃあ、行ってみよう」

 広がる景色よりも余っ程、車内の方が長閑であると思った。

「え~・・・・ん~・・・・」


 地図を食い入るように眺める教官を横目に、ゆっくりと進んで行くものの、次第に道幅は狭くなり、ついには大型一台がやっとというほどになったため、

「ここはやっぱり違いますかね?この先は狭くなる一方だからUターンしますか?ここならちょうど回れそうだし・・・・」

 と、引き返そうと促しても、

「あ~・・・・もう少し行って見てくれないかな?確かここだったような・・・・気が・・・・」

 トラックを更に進める私は気が気ではない。舗装してあるとはいえ、最早すれ違いなど出来ないような田舎道なのである。これでもし違ったら、延々とバックで下がらなければならないなどと不安の色を覗かせていた時、

「あ~!そうそう。この道で良いんだ」

 と、教官が確信したように言い、地図まで離してしまうのだから、私もさすがに驚いた。

「え!?・・・・ここで良いんですか?かなりいっぱいですよ」

「いや、大丈夫。ちゃんと曲がれるから」


 突き当たりの丁字路の狭さよりも、こんな道が大型のコースになっていることの方が、どうにも信じられなかった。

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