第13話
「どう?もういっぱい?」
「え!?」
「いっぱいになった?」
「あっ・・・・ええ」
「本当に?遠慮すると損だよ」
「はい・・・・本当に大丈夫です」
「ならいいんだけど・・・・・・しかし今日は無理言って悪かったね。お陰でいろんな話も聞けて良かったよ」
「いえ。そんな・・・・お礼を言うのは私の方です。すっかりおいしいものを御馳走になっちゃって、それに島田さんの話もとても楽しかったですから・・・・」
「そう?」
「ええ・・・・あの~・・・・もしよかったら、また会っていただけます?」
「・・・・まぁ、こんなつまらない話で良ければ構わないですけど・・・・」
「それにもう一つお願いが・・・・島さんって呼んでもいいですか?」
「え・・・・はぁ~」
「・・・・し、島さん」
「・・・・・・」
「島さん」
「・・・・なんだか照れ臭いね」
「島さん・・・・島さん!?」
「・・・・・・!?」
「島さん?寝てるんですか?」
心に複雑な余韻を残し響いていた声は、突如一転し私は目を開ける。そこには現実の世界に連れ戻した張本人と見慣れた現実という風景が広がっている。
「あ・・・・圭ちゃんか。フゥ~・・・・ついウトウトしちゃったな」
「珍しいですね。やっぱり慣れない教習所でいくらか疲れているんじゃないですか?」
「フフッ・・・・そうかなぁ~」
「でも食事の後でこの陽気じゃ眠くなっても当然ですかね・・・・それにしてもなんだか楽しそうな顔していましたよ。きっと良い夢でも見てたんでしょ?」
「いや、そうでもねぇんだけどさ・・・・」
口では否定してみたものの、もう少し続きが見たかったが本心だっただろうか。
「こんちゃ~~す!」
さらに目覚めさせる威勢の良い声が響いたかと思うと、いつものような笑顔で足早に長身の男がやって来る。
「おっ、いらっしゃいって須藤、もう昼休みは終わりじゃないの?」
「大丈夫っすよ栗原さん。まだ一服するくらいの時間はあるっすから。どうせ今日も暇なんだし。あれっ?島田さんは?」
店内を見回すと同時に須藤は自分の会社の方にも目を走らせるのだった。
「いるよ。あそこ」
「あっ島田さん。あれっ?寝てたんすか?」
「あ~、ちょっとウトウトしちゃってな」
「あ、きっと教習所で疲れてるんじゃないすか。やっぱ歳ですかね」
「あっ!ひでぇ!だけど最近こう目がショボショボしちゃってさ~って・・・・そんなわけねぇだろ~!」
「ハハハ・・・・きっとこの天気のせいじゃないっすかね。俺だって眠いすから」
「お、なんなら寝てくか?須藤君、枕出しますよ?」
「え!?枕なんかあるんすか?」
「あるわけないだろ!」
「まったく~栗原さんにゃ~かなわないっすよ」
ひょうきんにおどけながらカウンターごしの椅子に腰掛けタバコの煙を吐き出し、
「そうそう、どうすか?乗ったんすか?」
と、灰を散らさぬよう丁寧に灰皿をなぞりながら訊く。ずぼら的な表面とは裏腹に細かい神経も持ち合わせていたりする男でもあった。
「乗ったよ~~!」
「ウヒヒ~・・・・!で、どうでした?」
「いや~。笑っちゃうくらい面白かったよ~」
「な、須藤。島さんのこんな楽しいそうな顔、滅多に見られないだろ?」
「ほんとっすよね~。乗ったのは一時間すか?二時間?」
「二時間乗ったよ」
「じゃあ、まだ外周っすね。でも島田さんならあの大きさだったら余裕っしょ?」
「そうだな。あれじゃ~四トンだもんな」
「ほんとっすよね、あれで大型なんすから笑っちゃうっすよね」
「もっともあれがうち辺りに来る大きさだったら、外周くらいしか走れねぇだろうけどな」
「ハハハ・・・・そうっすね。クランクなんて絶対無理っすよ」
「それにしても変わってねぇんでびっくりしたよ。この間も圭ちゃんにその話をしたんだけど、ボロのまんまだもんな」
「えっ!?じゃあ昔、島田さんが行った頃と同じなんすか?」
「ああ、ほとんど変わってねぇな~」
「そうなんすか~。じゃあ道理でボロのわけっすよね~」
「まぁ、またそれが懐かしくっていいんだけどさ。それはそうと、予約が空いてるなんて言って~話が違うじゃねぇかよ。全然取れねぇぜ~」
「え~!?そうっすか?俺が行ってる時は余裕だったんすけどね~おかしいなぁ?~そんなに混んでるんすか?」
「人はそんなにいねぇから、たまたまだと思うんだけどさ。ちょうど入所の時に大型の人が何人かいて予約が重なっちゃったんかもしれねぇしな。ま~そのうち取れるだろうから気にすんなよ」
「はい。大丈夫っすよ」
窓越しに立って外の様子を伺うようにしていた圭ちゃんが、
「あれっ!?須藤君?村上さんが誰か探しているみたいですよ~」
と、笑いながら一声。
「やべ~~っ!」
熱いものでもかけられたように体を反応させ、すぐにそれを小さく縮めると、入って来た表の扉ではなく死角になりやすい作業場の方から出ようと、すばやい動きで走って行く。これも何度か店に来るうちに覚えた須藤の技でもあった。
そして毎度のことのように圭ちゃんと私は微笑ましくそれを眺めている。
「あ、また来ますから~話聞かせてくださいっすよ~」
須藤の声は彼の慌ただしく走った道のように流れた。
「お~わかった!また来いよ」
「ちゃんと須藤君仕事してよ~」
「ハハハ・・・・わかってますって~」
笑い声が店内に残った。
「ハハハ・・・・まったく面白い奴ですよね。新人類って言うんですかね~。年上の島さんにだって普通に喋っちゃうんだから」
圭ちゃんは後ろ姿を見つめながら話した後、微笑ましくこちらを見る。
「あれがまた奴の良いところでもあるんじゃねぇかな。あいつもここじゃ息が抜けていいんだろ。圭ちゃんも俺もこんな性格だから話しやすいんかもしれねぇし」
「それはあるかもしれないですね。島さん相手に合わせて話すの上手ですからね」
「フフッ・・・・そうかな~」
多少は自負してることでも、照れ臭かったのか、一つの笑い声に隠した。
「そういえば、さっきの話ですけど予約は相変わらずなんですか?」
立ちすくんでいた圭ちゃんは、須藤の掛けていた椅子に腰掛けながら言う。
「ああ、とりあえず今日は夕方二時間乗るんだけど、ちょうど仕事してる人と重なっちゃって、なかなか五時から連チャンだと取れねぇから、明日の朝、二時間取っちゃったんでわりぃけど圭ちゃん頼むよ」
「あ、構いませんよ」
「いつまでにって慌てた話でもねぇから、何も連チャンで乗らなくてもいいんだけど、だらだら通ってるのもな~」
「そうですね」
「だけど・・・・考えて見ると教官って仕事も楽じゃねぇよな~」
「どうしたんですか突然?」
「いや、なんて言うか、今こうして行ってみると随分違う部分が見えたりしてな。昔はほら、若いお姉ちゃんの横に時間が来るまで乗ってりゃ良いなんて思ったこともあるけど、歳のせいかな?視点も違うんだよ」
「つまりは大人になったってことですか」
「フッ・・・・ま、そう言うこった」
「確かにいろんな人が免許を取りに来るわけですからね。中にはやり辛い人だっているでしょうね。相手を選ぶことも出来ないし・・・・思えば俺もそんなこと考えて憧れた時期がありましたかね~」
「なんだ、圭ちゃんもあるんかい?」
「ありますよ~。なんだかかっこいいじゃないですか。教官なんて言うと尚更」
「あの~教官!」
「何かね、君~!」
「アハハ・・・・圭ちゃん今時、そんな奴はいねぇだろ?」
「ハハハ・・・・つい言葉のノリっていうんですかね」
「ま、それはともかくとして、久しぶりに行った教習所だって二時間も同じコースを走れば飽きてくるんだから、一日中ってなると想像しただけでも楽じゃねぇな」
「そうですよね。しかもほとんど毎日なわけでしょうからね」
「それに横にゃ初心者だか何だかわかんねぇ奴乗せてんだから神経も遣うだろうし、その点まだうちに来るトラックの方が一人で気楽かも知れねぇな」
「確かにそう考えると怖いですよね。あれも慣れるものなんですかね?」
「どうかな~?・・・・・・」
話はそこで切りが付いたかに見えたが、私自身どこか歯切れが悪いような気がしたのだろう。
「だけど、教官っていやまだ外に出られる分まだ良い方かもしんねぇな。予約の担当なんかずっと座ってなくちゃなんねぇだろ?ありゃ~見てるほど楽じゃねぇよ。きっと・・・・」
続きであるかのように切り出したものの、言い方や顔が自然に振る舞えているか心配でもあった。
「予約ですか?」
「ああ・・・・」
一瞬不思議そうな顔をしたので、もしや見抜かれたのではないかと冷や冷やするが、
「座ってれば良い仕事だったら、かえって楽なんじゃないですかね」
と、答えは至って普通であった。
「いや、でも座りっぱなしって言うと、それはそれで大変だぜ」
「そ~ですね~・・・・まぁ、ずっととなるとそうかもしれませんけど・・・・でもまさか~それだけってこともないんじゃないですか?同じところに一日座ってるなんて・・・・ほら隣の会社の受付の子だって、よくウロウロしてるじゃないですか」
「俺も圭ちゃんみたいに思ったんだけどな、それに受付っていうのは別にいて、やっぱりウロウロしてるんだけど、予約の方はほとんど座ったままなんだよ」
「ずっとですか?」
「そう、たぶんいつ予約に人が来るかわかんねぇからだと思うけどな」
「退屈にならないんですかね?」
「そこなんだよ。俺も気になったのは・・・・」
「じゃあ、今度訊いてみたらどうですか?」
「おいおい、そんなことどうやって訊くんだよ?」
「ハハ・・・・それもそうですよね。話の種にはなるけど、予約に行っていきなり退屈かじゃ変ですよね。だけど言われてみるとイベントの案内や役所の受付なんかも同じですかね?」
「そうだな・・・・」
「・・・・・・」
「さて、あの仕事片付けちゃうか?」
「あ、そうですね」
午前中から取り掛かっていた仕事にそれぞれ就いたものの、つい先程の圭ちゃんの言葉が妙に頭から離れなかった。
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