第8話

「島田さん。見て下さいっすよ」

「何だ?」


 半分にやけながら、それでいて得意そうにポケットから紙のようなものを取り出すと、須藤は私の目の前に見せた。


「おっ!仮免じゃん!もう仮免かい?はえ~な~」

「いいっしょ、仮免すよ。ようやくって感じっすけどね。まだみんなには見せてないんすよ」

 そう言って仕事場に来ている大型トラックを眺め、

「これがあれば俺ももう乗れるんすよ・・・・・・と言っても一人じゃ駄目なんすけどね」


 と、笑いながら話す顔はうれしさに満ち溢れているようにも見えた。

「じゃあ、今度は路上か?」

「そうっす。もう場内は飽きちゃって駄目っすよ」

「そうだな~同じところばっかりじゃ退屈するだろ?」

「もういいやって感じっすよ」

「よしよし、それじゃ路上に出たら須藤のトラックの前を走って邪魔してやるからな」

「そ・・・・それだけは勘弁して下さいっすよ~」

 楽しい会話で盛り上がった。

「今からならまだ須藤もいるだろうし、行くんだったら須藤がいる間がいいかな~?」

「そうっすよ!一緒に行きましょう?」

「可愛い子いるの?」

 思いもしない質問で、プッと吹き出して笑うも、

「いや、やっぱ教習所に来る子なんてガキばっかっすよ」

「ふ~ん・・・・・・混んでるん?」

「全然!ガラガラっすよ。予約だってバンバン取れるっすから」

「ま、そのうち考えとくよ」


 やがて仕事に戻ろうと歩き出し、

「きっと、来て下さいっすよ~!」

 須藤はそう言って振り向いたまま手を上げた。

「わかったよ~」

 話の弾みで出た返事のようでもあったが、傍らに止まっているトラックを複雑な思いで見つめた。

 時の経つのは早いもので、次に須藤がポケットから取り出して見せたものは、真新しい免許証だった。

「あっ!取れたんか?」

「ええ、やっとって感じっすよ」

「どれどれ・・・・・・あれっ?小せぇなぁ~今の免許ってこんななんか?」

「つぅかぁ~今はみんなこうっすよ」

「ウソだろ~俺のはもっとでかいよ・・・・あっ、わかったゴールドだからでかいんだ」

「そんなわけないっすよ。イマイチ顔が気に入らないんすけどね」

「まぁ、贅沢言うな。証明証の写真なんてみんなそんなもんだろ。いいんだよ。それがありゃ運転出来るんだから。お~い圭ちゃん!須藤免許取れたって」

「ええ~本当ですか?」


 足早に近寄って来るも顔はうれしそうに笑っている。

「また、須藤は偽造か何かしたんだろ?」

「もう、見て下さいっすよ。正真正銘の本物っすよ」

「あ、本当だ・・・・・・良くできてるな~」

「もう~、栗原さんは冗談きついんすから~」

「ハハハ・・・・・・冗談だよ。とにかくおめでとう。通った甲斐があったな」

「そうっすね」

「じゃあこれですぐ辞めちゃうんか?」

「いえ、とりあえずはすぐにすぐってわけじゃないっすよ。少し仕事しながら運送屋でも探してみようかなって・・・・・・せっかく取ったんすから、乗らないともったいないっすからね」

「そうだな、それにしても俺が行くまで待ってろって言ったろ~」

「島田さん冗談ばっかりなんすから」

「そうだったな。それはそうと一応会社の人には黙ってた方がいいんだろ?」

「あ、そうっすね。仲の良い友達には話そうかと思ってるんすけど」

「わかった。じゃあ黙ってるから。な、圭ちゃん?」

「フフフフ・・・・・・」

「何だか、栗原さんの笑いは不気味っすよ」


 手にしていた免許証を返しても、私の目には大型のところにある印がはっきりと刻まれてもいた。そんな顔を圭ちゃんが見ていたような気もする。

 夕方の五時、シャッターを下ろすと、いつものように机に向かいながら事務仕事などしていた。


「圭ちゃん。明日は大川さんのハシゴの取り付けからだっけ?」

「そうですね。でも大川さんもトラックに金かけますよね~?」

「そうだな~余っ程好きなんだろうな。ま、それもうちにとっては良いお客さんなんだけど──」

「だけど、あそこまで奇麗に飾ったトラックだと、動かす方も神経遣いますよね?」

「ああ・・・・・・大型でもあるしな・・・・・・」

「大型って言えば、須藤もけっこう早かったですね」

「・・・・・・圭ちゃん」

「・・・・・・なんでしょう?」

「どうだろ?俺も・・・・・・免許取りに行こうかと思ってるんだけど」

「・・・・あ、大型ですね。良いじゃないですか」

「なんだか今さらって感じもするんだけど、須藤の話聞いてたら腰を上げようかなって気になっちゃってな・・・・・・慣れって言ってもどっか引っ掛かっててしょうがねぇんだよ」

「わかりますよ~。それにオープン当初は俺も仕事覚えるのが精一杯で、とても島さん抜ける訳にはいかなかったですけど、やっぱり大型を動かす以上免許を持ってた方が何かと良いですよね。大丈夫ですよ、今だったらなんとかやれると思いますし」


「なんとかってことはねぇだろ~。圭ちゃんにまかせておきゃ~安心だっていうのも理由にあるんだぜ。それにこの時期ちょっと暇ってのもあるしな、ちょうどいいかなって──」

「やっぱり教習所に行くんですか?」

「ああ、須藤と同じところに行こうって思ってるんだけど」

「そのほうが堅くて良いですよ。あれっ?西って言えば確か行ったことあるんですよね」

「ああ。どのくらいボロのまんまか見たいってのもあるんだけどな」

「なんだか懐かしそうですね」

「圭ちゃんも西だったん?」

「いえ、俺はバイクも車も東ですよ」

「そうかぁ~。ま、そんなわけでちょっとの間、留守にするけど頼むよ。と言ってもなるべく支障のないように夕方から乗ろうと思ってるから、教習の日は時間になったら閉めて上がってくれ俺もその足で帰るから」

「まかせてください。その時間に取れないようだったら他でも構いませんよ」

「大丈夫だろ。須藤も空いてるって言ってたし、悪いな圭ちゃん」

「もぉ、何言ってるんですか。あ、お客さんには適当なこと言っておきますから」


 後日、須藤にも告げたことにより、話は一気に具体性を増し、先輩振った得意そうな口調で、須藤は質問にないことまで、実に丁寧に教えてくれたのだった。

 話はわずかに芽生える不安と言う色を薄めてくれ、朧げだった空想話を現実的に浮かばせて行く。

 これから初めて通う心境にも似ていただろうか。

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