第4話

「どう!?行ってる?」


 ハンドルを回す素振りをしながら話しかけると、


「ええ、行ってますよ!」

「どこまで進んだ?」

「今、場内の終わりの方だから、もうじき仮免っすよ」

「もう仮免かい?順調だね~」

「そぉっすね~。でもそれだって毎日じゃないっすからね」


 そもそも免許を取ろうと思った直接の原因は、同じ敷地内で隣接する会社に勤める須藤との会話からだった。

 トラック用品等を取り扱う会社で、配達の仕事を主にしていた須藤は、ひょろっとしてやや長身の二十五歳。いつの頃からか仕事の合間に、

「一服させてください」

 と、私の所で話し込むようになったのである。


 慌ただしくタバコを吹かす姿は、まるで学生の昼休みを思わせたりもするが、わずかな時間でも彼にしてみれば良い息抜きの場でもあったようだ。

 もっとも、早い話がサボって来ているわけだから、雑談中も絶えずキョロキョロと周りを伺ったりして落ち着かず、その後、速やかに立ち去るというのがパターンだった。

「どうせ暇なんだからゆっくりしてけよ」

 それを承知と時々からかったりもした。

「ええ・・・・でもそうも言ってられないんすよ・・・・また来ますから」

 何度かそんなことを繰り返しているうちに気心も知れ、仕事を終えてから来るようにもなった。

「そうだ。島田さん今度、飯行かないっすか?」

「お、飯か!いいねぇ~」


 自然の成り行きのような形で、何度か飯を食べに行ったり、遊びに行ったりしているうちに、いつしか一回り以上違う歳の差を感じさせない間柄になっていた。

 立たせた短めの髪にメガネを掛けた須藤は、

「まったく、やってらんないっすよ」

 と、だんだん今の仕事に対して愚痴をこぼすのだった。

「まぁまぁ、使われているんだから我慢も必要だぜ」

「でも、聞いてくださいっすよ。ひどいんすから──」

 良い聞き役に徹していた私は、時に須藤の話に遠い日の自分を見てただろうか。


(そういや、俺もよく仕事の不満を愚痴ってたっけ・・・・)


 そんな私は須藤のいる会社で扱う用品を、一般向けに販売することを仕事とし、店長という肩書でショップを経営していた。名刺に代表としなかったのは、大袈裟だと控えただけのことである。

 そもそも知り合いだった隣の社長に声を掛けられ、このアンテナショップ的な意味合いのある店をスタートさせたのだが、一つの会社と店が五百坪程の同じ敷地内に存在している上、なにぶんオープンさせるまでに日がなかったことから、当初はちょっとした倉庫にしか見えず、同じ会社と間違われたりすることも頻繁だった。


 店とは見えなかった理由に、隣の会社に納品に来た運送屋が、初めは何度も間違え、荷物と伝票を持って来たなんてこともあった。

 逆に早くから存在を知り立ち寄って眺めたり、ちょっとした用品を購入して行く運送屋がいたりするので、こちらとしても訊かれるまではわからないという不便な事態に、少しずつではあるが手を入れ、だんだん店として見える形にして行ったのである。商品はすべて見本だけで、在庫を置くスペースを確保しなくても済んだのは、電話一本ですぐ届く会社が隣にあるからだ。

 狭い建物を少しでも広く使いたい私としては、願ったりかなったりのことである。


 オープン当初から手伝ってくれている圭ちゃんが唯一の従業員。


 名前は栗原圭一。

 高校時代の一つ後輩でただ今三十六歳。

 仕事は休まない上、機転も良くオールマイティーに動ける。まさに三拍子揃ったところに真面目なのが加わるのだから、言うことはない。

 何かと助けられることもしばしばのパートナーは、表向きだけの従業員で実質的には二人でやっていると言っても過言ではなく、とにかく一緒に居て馬が合うのだ。



────「よぉ!圭ちゃん」

「あ、島さん。どうも・・・・珍しいですね」

「あ~、仕事が早く終わったんでちょっと寄ってみたんだけど、誰もいねぇんだよ。今、帰り?」

「え~、今日はちょっと早かったんですけどね。働く時間の割には金になんなくて、まいっちゃいますよ」

「ま~、俺だって似たようなもんだよ。そうだ!なんか用事ある?」

「別にないですよ」

「じゃ~どうだい?飯でも?」

「いいですね~じゃ、ちょっと待ってて下さい。すぐ支度して来ますから」


 幼なじみでもないが中学の終わり頃、近所に越して来ると意気投合し、同じ高校へ進む仲にもなった。

 社会に出てからは互いに別々になってしまったが、時々遊びに出掛ける間柄は続き、仕事の都合などから、私が市外のアパートに住むようになっても、圭ちゃんは度々遊びに来てくれたりしたのである。

 ある日の夕方、実家に立ち寄った時のこと、ちょうど白いライトバンから薄緑の作業着が降りて来るのを見かけた私は、それがすぐに誰であるかを察し声を掛けたのだった。


「どうですか?仕事は忙しいですか?」

「・・・・・・それなんだけどさぁ~。今度俺・・・・トラックを降りようかと思ってんだよ」

「・・・・仕事辞めるんですか?」

「あ~・・・・・・そんなところだ・・・・・・それで圭ちゃんに相談があるんだけど──」

 昔からの行きつけのラーメン屋の後、コーヒーでも飲もうかと立ち寄ったレストランの一角でこれから考えている話を告げた。

「もちろん、圭ちゃんだって今の仕事があるし、押し付けがましい相談じゃねぇから。ちょっと考えといてくれれば・・・・」

「・・・・・・島さん・・・・考えました」

「えっ!?」

「一緒にやりましょう」


 何事においても決断力の速さは十二分に知っていたつもりでも、さすがにこのときは唖然としてしまった。だが、それもツーと言えばカーの、圭ちゃんと私ならではの呼吸であったのかもしれない。

「おいおい、何もすぐ返事しなくたっていいんだぜ。まだ時間もあることだし、ゆっくり考えてからで──」

「実を言うと、俺も今の仕事をいつまでやるのかなって考えていたところなんです。営業なんて言うと聞こえは良いですけど、所詮は調理器具の訪問販売ですしね。あっちこっち走り回ってても売れなければ金にならない。疲れる仕事ですよ」

「・・・・・・・・」

「走り疲れたってのもあるんですけどね。やはり決まった場所で働く方が性にあってるんでしょう。それにいつか島さんと仕事が出来たらとも思っていたし、やりますよ───いや、やらせて下さい!」

「圭ちゃん・・・・これだってある程度の見込みはあるが、軌道に乗せるまでは大変な仕事だぜ」

「何言ってるんですか。島さんと一緒ならかまわないですよ。それに今までだって何度もそんな経験して来たじゃないですか」

「ま、確かにそんなこともあったな・・・・・・わかったよ圭ちゃん。よし!そうと決まれば前祝いに一杯行くか!」

「えっ!?島さん・・・・だって酒は?」

「知ってるって。俺も圭ちゃんも飲めねぇことぐれぇ」

「こんなときは飲めたらいいんですけどね」

「まぁな・・・・しょうがねぇ。コーヒーでやるか」

「わかりました。なんなら場所だけでも変えますか?良い店知ってますから」


 もともと話好きな二人で、思い出話を交えて今後の段取りや構想など話し、気が付いたら深夜になっていた。

 営業癖の付く圭ちゃんは普段でも人当たりの良い丁寧な言葉遣いで、どちらかというと、トラック仕事だった私の方が接客向きでは無かったかもしれない。

 ただそこは自分でもある程度、相手により切り替えは出来ると心配もしていなかったが、実際どこまでかと訊かれると、いつボロが出るかと不安な部分も無きにしもあらずだ。


───「あ、山川さん。いらっしゃい。頼まれていたバイザー入りましたよ」

「おっ!入ったかい。いつ頃取り付けられるかね?」

「そうですね~。ちょっと待っててください。予定表見ますから・・・・・・え~と、来週の火曜なんかどうですか?」

「火曜かぁ~・・・・もうちょっと早くなんねぇかな~頼むよ店長!」

「やだな~山川さん。店長は今作業しているあっちの人ですよ」

「え!?あっちが店長かい」

「そうですよ。と言ってもたまに間違われるんですけどね。そのくらい偉ぶったところがない気さくで良い店長なんですよ。島さんは」

「ハハハ・・・・そう言われりゃ確かにそうだな~」


 お客のほとんどはトラック乗りで、販売の傍ら取り付けや、簡単な加工などもして、その手間代が良い稼ぎになった。

 私が商談していると圭ちゃんが作業したり、時にはまったく逆のこともあるため、黙ってやっていると、どちらが主人かわからないと言う人もいた。

 トラック団地とも呼ばれる流通団地の一角にあるこの場所は、ある面仕事にも適しているとも言え、面白い店が出来たとトラック好きの目に留まると、お客もだんだんと増えて行った。


 初めの頃はそんな入れ替わり訪れるトラックを見ては、この間までの自分を頭に浮かべたりしたものである。

 作業の依頼があるとトラックの出し入れはもちろんのこと、場合によっては何日か預かることもあるのだが、少しだけ問題になることがあった。

 実は二人とも普通免許しか持っていなかった。


 つまりは無免許なのである。


 私もトラックを降りて間もないことから、ちょっとした程度の移動ならそれほど違和感を与えることもなかったため、誰も疑いも訊かれもしなかったようだ。

 表面上は極めて順調に見えた仕事も、無免許という罪悪感だけが唯一の気掛かりだった。

 そういえば、トラックに乗っていた頃も大型は時々頭を掠めていたが、小さい運送会社で、それこそ教習所に行く暇もなかった。若い時期は夢中でそれでもよかった。

 しかし、歳を重ねるにつれトラックでの肉体労働は、一生続けられる仕事なのかと疑問を持ち始めた。隣の社長と同席する機会が巡って来たのは、まさにそんな時だった。


 行き先てんでんのトラックを降りた私は、手には工具、あるいは人と商談するという今までとまったく違う生活に変わり、慣れるまではもちろん苦労の連続だった。それでもまるで勝手の違う圭ちゃんのことを考えると、私などましな方だろう。

 店が開いた時から閉まるときまで、すべてが圭ちゃんにとっては勉強で、それこそ時間が足りないと、深夜まで及んだ日も少なくない。


「──今夜は映画鑑賞なんですよ」


 笑いながら言う圭ちゃんにその内容を訊けば、レンタルで借りた『トラック野

郎』だったなんてこともあっただろうか。

 洋楽しか聞かない圭ちゃんが、そのテーマソングを口ずさんだ時など、その研究心に頭が下がる思いすら覚えた。それに加え泣き言も言わない。まったく頼もしい相棒だと感心したものである。

 良いパートナーを得て順調に仕事も進むほど、引っ掛かっていたものが気になり出したりもした。


 それが免許だった。


 あっても邪魔になるものでもないし、仕事には必要だからいつか暇を見て取りに行こう。

 そんなことを考えだしてから、あっと言う間に十年が過ぎ去ってしまった。

 奇しくも思い立った今は、稼げる免許としてあまり力を発揮しないものになってしまったが、これも致し方のないところなのだろう。

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