第39話 半人前の神



 右手で小石を拾い上げると俺は勇者に歩きで近づく。


 左手には神器の剣を、いつの間にか小石が血が付いた剣に変わっている。


 これはシャリルの足に刺さった剣だ。



 シュッ! と光の矢を俺の頬のすぐそばを通り過ぎる。


「あらごめんなさい。私たちは二人で貴方を殺すの。勇者と貴方の時間にされたら貴方が勝つもの。そんな見え透いた言葉で誘導したってダメよ」


 俺の口からチッ! と音が鳴る。


「僕は! アイツには負けない!」

「そうね。でも二人で倒せば、一人よりも簡単に倒せるのよ」

「へへ、それもそうか!」


 それもそうかって、嘘だろ。シャリルとか言う女はエロい修道着を着て、自己中の勇者の扱いまで完璧にこなしている。


 じゃあ、突っ込むか。




 俺は勇者の懐へ飛び込む。そして勇者の腹から右肩にかけて剣で振り抜いた。


 まだ俺を目で探しているらしい勇者を回し蹴りで腹にインパクトを残し、吹き飛ばす。


 シャリルが流石に俺の動きを捉えているのか、五発光の矢が飛んで来て、全てを神器の剣で叩っ切る。


 空間のスキルを使えば、俺にダメージを受けさせることが出来たシーンだった。


 レクシアの剣を警戒しているのだろうか。シャリルはレクシアの剣で神の力を失うまでになっているからな。



「痛てぇ、痛てぇえ! 痛い痛い!」


 大声を出している勇者に視線を向ければ、神器も放り出して子供のように泣き喚いていた、地面に転がりながら。


「杖!」

「そうか!」


 シャリルは杖と言うと、勇者は思い出したかのように杖を取り出す。すると杖を持った勇者は怪我が治って、服まで元通りになった。


 持つだけで回復するのか。俺も杖を持てばこの呪いが回復するんじゃないのか。


 レクシアの剣で杖のスキルを使ったみたが、傷の回復と呪いの回復は別らしい。


 危ない危ない。戦闘中に一つのことに夢中になっていたら殺られる。



 神器を持った二人を相手にか、キツイな。


 勇者をさっさと始末したいけど、シャリルが何を狙っているか分からないから、動けない。


 警戒された方が戦いやすいんだけど、ノロノロと勇者が準備しているのを待たないといけない。


 素人のラッキーパンチでも貰ったら俺は戦えなくなるだろう事を思えば、勇者の準備が終わるのも待とう。


 仮にも勇者だろ。あんなに痛がるとは思っていなかった。


 本当は勇者の両腕とも切っても良かったが、シャリルが何もして来なかったからやめたのだ。



 こんなことなら両腕ともに切っておけば良かった。そしたら俺がかすり傷でも貰いたくないと、シャリルにバレなかったかもしれない。


 いや、バレてるか。


「あれあれ、さっきみたいに攻撃をしないの? 勇者は追撃を出来るし、私の方に来てもいいのよ」


 先程勇者にしたみたいに懐へ飛び込み、そのまま切ろうなんてことは出来ない。シャリルを俺の目に入れておきたいと言うのが本音だ。


 シャリルに攻撃をするなんて、勇者を殺してからにしたい。


 人に成り下がった神。その神に手のうちで弄ばれてんな。


 なぜにこんなに強敵を前に俺は死にかけなんだよ。


 勇者歴で150番目の強さと言っても、弱いわけじゃない。しかも100番目は十分に高い。


 今の俺を俺の勇者歴で何番目に強いかと言ったら、1000番目でも今の俺は入ってない。


 そりゃそうだろ、ほっとけば死ぬ雑魚。一撃に気をつければ良くて、紙装甲の雑魚だ。


 その一撃も、十回も撃てない。



 キツイ。


 汗が止まらない。そして平気な振りをするのもしんどくなってきた。


 動けば加速度的に動けなくなって行き、動かなければ時間経過と共に動けなくなって行く。


 しかもかすり傷を負ったら、マナが暴発する。俺は制限多すぎて、負けに来たのかと言われたらハイと返事をしてしまいそうになる。


 勝つよりも、負ける方が断然簡単だ。


 俺はシャリルの言葉に言葉を返す。

 

「素人勇者と二人で一人前と、お前が言ったんじゃないか? だから勇者の回復を待って上げてるんだ。人に成り下がっちゃって大変な神に元勇者からのお情けですよ」


 ピクっとシャリルの眉が動く。


「そうね、神の血を飲むまでは貴方の言葉も受け入れるわ」


 この女は相当にプライドが高い。でも勇者みたいに一時の感情では失敗しないらしい。こういう奴は頭も切れる。


 勇者も杖をしまい、剣と刀を持って立ち上がり、俺を睨んでいる。


 俺はレクシアの剣を空中で離し、また掴む。杖の回復スキルをリセットした。


「へへ、待たせたな。次は僕からだ!」


 おっ! あっちから動いてくれるなら俺はシャリルに。


「待って、勇者様。今は耐えるのです」

「そ、そうだ。じっくり戦うって約束したんだった」


 そんな事も話していたのか。


 俺は二度目の舌打ちを行った。


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