第37話 意識


 俺は世界樹の木の上であぐらをかいて、集中している。


 遠くからテトナの勇姿も見える。勇者が慌ててる素振りをして女に金の弓をあげていた。


 もしかしてアイツが神から人に成り下がった奴か。


 人に成り下がったといっても神は神。勇者も神には逆らえないのかもな。


 危ない危ない集中集中。


 目を瞑り、集中していく。


 身体から流れ出そうになるマナを凝り固めていく。本来のマナは身体の中を循環して行く物で、凝り固めれたら身体の内から耐えられなくなって飛散する。


 今は飛散しないように集中して、固めていっている。


 戦闘時の強化はマナの流れを速くしたり、外から取り入れる事で爆発的な身体能力を手に入れることが出来る。


 妖精の国では人の国よりもマナが多く、何故かマナのコントロールがやり易い。


「おい、おい! まだなのか!」

「まだだ」


「まだなのか!」

「まだだ」


「早くしろよ。まだなのか!」

「……」



 俺の頬をちっこい手でペチペチと叩き、集中している俺にまだなのかと煩い羽虫。


 シフルは妖精の母のテトナが心配なんだろうことは分かるんだ。でも準備をしていない俺が行ったところで何も出来ない。


 足でまといが一匹増えるだけだ。シフルが行った方が力になると思う。妖精は繋がっているしな。


 そうだよ。


「妖精は繋がっているんだから、俺よりもお前が行った方が役に立つんじゃないか?」

「それは無理だよ、母様は私たちの繋がりを切ってるから」


 そうか。


 繋がったままだと、もし死んだ時に死まで繋がってしまう。


 テトナという神が死を意識するほどの相手。それほどの相手か。


 レクシアの剣。簡単に考えれば空間や時間の役割を持つスキルはレクシアの剣を持っていないと詰むほどのチートスキルだ。


 でも時間や空間を全員に平等に振り分けても何も変わらない。


 じゃあテトナよりも勇者たちの方が数が多い。ここで身体能力を上げるチートスキルを持った神器があれば、数が多ければ多いほどに有利になる。


 平等というのはそういう物だ。どこかしらに不平等が生まれる。


 俺はなんでテトナに剣をあげたんだ? まぁ、持っていても取られるからか?


 神の頃の記憶はない俺が考えても、埒が明かない。


 目をつぶり、集中集中。



 ペチペチと、ペチペチと、頬叩かれる。耳元で甲高い声でやめて! とか、危ない! とか、母様! とか。


 うるせぇ。


「母様、母様ぁ」


 甲高い声が終わり、小さくなった声。何があったんだと目を開けるとシフルが涙を流していた。


 そしてテトナを視界に捉えて、分かった。




 テトナの綺麗な羽根が人々の手で、無惨にも引きちぎられる姿を。


 集中が狂って、右腕にマナが暴発する。俺は暴発が全身に行かないように集中して、自分の気持ちを抑え付ける。


 すると横にいたソフィアが右腕を回復スキルで治してくれる。


 フー、フーと深呼吸して、マナを凝り固めることに専念する。まだダメだ、まだ神器持ち二人を相手には戦えない。それは俺が痛いほどに分かっている。


 シフルの涙を見た。昔からの親友と言ってくれるテトナに助けて貰った。そのテトナを傷つける輩を殺すために俺は戦闘の準備をしている。


 のんびり平和になんて、俺には訪れないかもしれない。でもノエルも救って、テトナも救う。俺にはそれを出来るほどの力がある。


 そう言って心に刻まないと、うっかり忘れて三下みたいに負けそうだ。



 深く、深く、意識を集中させる。





 どんぐらい経っただろう。まだそんなには経っていない。集中は一秒の垣根も超える。身体全体にマナが満ちている感覚。


 これなら助けに行けるが、戦うまでは力が持ちそうにない。



 懐かしい匂いだ。


 目を開ける。


「ノエル?」


 テトナが捕まっていた所に目をやると、ノエルが神器の盾を持ち、テトナを守っていた。


 さすがは俺の妹だ、勇者の手のうちでは狭いか。


 これで最高の準備が出来る。もう少し。


「ノエルは勇者のことをお兄様お兄様って言っていたのに、なんで勇者と敵対してんのよ」

「お前みたいにノエルは顔を見て判断しないからな」

「なによ。顔が一緒で、記憶喪失って言われれば信じない方がどうかしてるわ。ノエルみたいに嘘を見抜く目とか持ってないですし、魔王のスキルと言われればそうかなってなるじゃない!」


 俺の右腕の治療を終わったのか、ソフィアが立ち上がった。


「モーブルがここまで追い詰められてるって事は、神の力は魔王とは桁違いね」

「神の力? あぁ、俺が1000年間勇者やって来て、強さランキングがあるとしたら150位ぐらいに神の力は入って来ても可笑しくない」

「え? それ以上があるの?」


 ソフィアが大袈裟に一、二歩退いてビックリしていた。


「お前さ、俺は1000年間戦って来たんだぞ。そんな都合良く敵の強さが右肩上がりにドンドン強くなるはずないだろ。そんなことが起こったら俺はここにいない。俺はとっくに倒されて、人の国はどこかの魔王が支配している」

「でもそれじゃあ、貴方は神器を持った敵を倒せるの?」

「それを今から証明しに行く」


 俺は世界樹から降りた。


 よし、暴れてくるか。



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