第9話 綺麗な世界



 ソフィアさんは僕が勇者の身体捌きを身につけるまで、勇者のサポートとして魔王退治を手伝ってくれることになった。僕の記憶が喪失したことは、もうどうにもならないと言ってくれている。


 僕には妹がいるらしいけど、勇者に妹がいるとか聞いたことがない。


 ソフィアさんは僕が妹の家出に置いていかれた事がショックで記憶喪失になっている可能性があると言っていた。僕の記憶回復のために今は妹を探している最中だ。そんなに勇者にとって妹は大事なのか。


 ソフィアさんでも、妹の美貌には敵わないと言っていた、ソフィアさんは十分に綺麗だと言うのに。でもそんなに綺麗なら見てみたい、ブラコンらしいし。


 美人な妹に抱き着かれたらどうしよう。真顔でいる自信がない。



 唯一の勇者の使命は魔王を倒すことだが、この身体なら余裕に魔王を倒せるんじゃないかと剣を振りながら思う。


「ここまでよ、私と打ち合えるぐらいにはなったわね」

「まだまだですよ、早く魔王を倒したいです」


 ソフィアさんが剣を鞘に収める。僕は剣で素振りをしながらソフィアさんに答える。


「モーブル、記憶喪失になる前と全然違うわね」

「そ、そうですか? なにか悪かったですかね」


 や、やばいか?


「そうじゃない。ヤル気に満ち溢れてるから、頼もしいわ。魔王を倒して世界を救いましょう」

「はい! 魔王は悪ですもんね! 勇者が悪を倒して、正義を示します!」



 僕がカッコつけている時にメイドがやってきた。


「ソフィア様、魔王が出ました」

「どこに?」

「リファルの街です。魔王の名はルル・グランと報告にありました。勇者様、早く支度を」


 メイドが僕の方を向いて支度を急かす、僕が分かったと言うと、魔王の名前が引っかかった。


「ルル・グラン!?」

「知り合いですか?」

「し、しらない」

「そうですか」


 メイドは僕とソフィアさんに頭を下げて、失礼しますと言葉を残し、訓練場から出て行った。


 ルル・グランは僕の先生だった人で、ハーフエルフの転生者だ。


 なんで魔王なんかになっちゃったんだよ!


 悪に染まったら勇者が倒さないといけない。間違ったグラン先生を早く救ってあげなきゃいけない。


「行けるわね」

「もちろんです!」


 僕は、僕の使命を果たそう。






 報告によれば時間操作のユニークスキルをグラン先生は持っているらしい。グラン先生に聞いた時は回復スキルを持っていると言ってたな。


 馬車よりも、走った方が速いとなって、剣を携えて走った。


 僕、こんなに走れたんだ。


 後ろを見るとソフィアさんは馬を走らせて僕を追っている。


「先に行けるなら行って、被害が大きくならないように魔王を出来るなら討伐してもらえる。私も出来る限り急ぐから」


 ソフィアさんの声に僕はグーサインを残すと、


「ゲームで援軍が来る前に敵を倒すのは、燃えるんだよな」


 一気に加速した。







「これは酷いな」


 リファルの街が確認できた時、言葉にしたのが酷い、だった。


 もう建物すらない。リファルの街の建物が、全て倒壊していたのだ。


 まるで何十年、何百年と放置された後の街みたいだった。


「あっ! 助けないと」


 人を助けに来たんだ! やっと勇者の役目を思い出し、街の中へ入り、人を探す。探しても探しても壊れた建物だけで、人は見つからなかった。


 やたら不気味に盛り塩が至る所にある。



 人がいない? そんな時に七色の光りが見えた。あの光りは教会の光りだ!



 走って近づいてみると、教会は崩れていて、教会の中は外から見ても綺麗に残っていた。


 ヒビの入った剣。その前に両手を組んで祈る人が見えた。


「勇者です! 助けにきました。街を出ましょう」

「待っていましたよ」


 祈っていた人が立ち上がり、振り返る。


「グラン先生!」

「勇者に先生と言われる筋合いはないんですが」

「街の人はどこに行ったんですか!」

「白い砂が見えなかったのですか? それが人ですよ」


 至る所にあった盛り塩が人だったと。


「次はムーリク王国の人々を白い砂へ変えます」

「貴女は転生者のはずだ! なのに悪に落ちた貴女を僕は許さない!」

「悪に落ちた、ですか。やっと人らしい言葉が聞けました。やっと人を想ったことのない言葉が聞けました。あの二人は特別だったのでしょう。最後に神は、特別な時間を与えてくれたのですね」


 グラン先生は空を見ながら、惜しむように呟く。


「勝負です!」


 グラン先生はこっちを見ると僕の剣が服がボロボロと崩れていく。


 だが、使えなくなる、その前に剣を振り抜く。


 僕はグラン先生の鮮血を浴びる。



 力を込めた一撃は、魔王を一撃で真っ二つにした。


「わ、かって、ました、よ」


 グラン先生の瞳から光りが消えた。




 僕に時間操作は効かない。1000年のあいだ戦ってきた勇者に時間操作なんて不利なことは転生者なんだから分かるだろ!


「僕がグラン先生を魔王から救ってあげたんだ」


 よく良く考えれば、グラン先生は操られていたんじゃないか? 転生者が魔王になるはずないんだから、そうに違いない。


「グラン先生が言っていた。特別な時間を与えてくれたその二人が怪しい」


 ソフィアさんに転生者の事と操られていたこと、怪しい二人のことを報告しないと、またすぐに魔王が現れる。


 やっと僕の人生は面白くなってきたぜ。

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