第7話 都合
朝、走る。朝、走る。リファルの街は日が昇る前に動き出す。肌寒い街並みを背に俺は走る。俺はノエルと並んでカッコがつくように痩せないといけない。
走る、走る。
ノエルは朝が苦手なんだけど、頑張って起きるという。俺と一緒に朝のランニングをしたかったらしい。
でも今日起きたら、健やかに眠っておられるお姫様を起こすことは出来なかった。寝顔が可愛かったし。
昨日は馬車に揺られて、教会に寄って、宿を探した。相当に疲れも溜まっているだろうことは明白、疲れが溜まってない日に朝のランニングに付き合って貰おうかな。
勇者じゃなくなったんだ、時間はたくさんある。
ランニングも、足が痛くて、すぐに疲れる。やはり前の身体みたいにいかないな。
昨日剣を振ったら、両腕が折れたし、軽く振ったつもりだったんだが、それでもこの身体には強すぎたのだろう。
ノエルが回復スキルがあって助かった。あぁ、それでか、ノエルがランニングに付き合おうとしたのは。
「あっ!」
ポキポキと右足の痛み、体勢が崩れて、地面へダイブを決め込んだ。
仰向けになり、右足を見てみると、変な方向に曲がっていた。
「この身体、本当に弱いな」
「なにをしているのですか? モブオさん」
声のした方向を見てみると、昨日知り会ったグランさんだ。
「ランニングをしてたら骨が折れてしまって、どうしようかと考えていた所ですよ」
グランさんは俺の足を見たまま、止まってしまった。
「ん? グランさん?」
「あっ! あぁ、骨が折れたことを世間話みたいに話されたことはなかったもので、少し思考が止まっていました」
グランさんは俺の足を触る。
「すぐに痛いのは終わりますから、ユニークスキルの特殊な回復スキルが使えますので」
骨折も痛いが、もう慣れているので痛いと感じるだけだ、声を出す程じゃない。ノエルはスキルで触れたらすぐ治すが、グランさんのスキルは特殊だ。
パワッと、暖かい光が俺の足にまとわりついて、時間が掛かっている。魔王が使っているユニークスキルで、このスキルと同じスキルを見たことがある。
ユニークスキルは一人しか持てない特別な物で、俺がその魔王を倒したからグランさんに宿ったのだろう。
「これ、回復スキルじゃないですよね? 時間を操作しているんですか?」
「えっ!? 回復スキルですよ」
「そうですか。じゃこの街全体に回復スキルをかけてどうしようって言うんですか?」
グランさんの両の手が震え出した。
「な、なんのことでしょう。知らないですね」
「仮にそのスキルが回復スキルとしましょう。そのスキルを持った人物に心当たりがあってですね。グランさんは街全体にその回復スキルを覆った。ですが、その人物は国を覆いました」
グランさんは、ハッとなり、俺を睨みつける。
「いつ人に復讐するんですか? 魔王になるんでしょ」
「そこまで知られたら、殺すしかないですね」
グランさんは立ち上がる。
「待て待て、このスキルの準備は終わってないんだろ。俺が見たところ一ヶ月と少し掛かる気がする」
「だからなんですか」
「俺たちは一、二週間後に出て行く。俺たちに被害がないようだったら別に止めはしない。これは都合良く、首謀者が見つかったから言っているんだ。見つからなかったら言っていない」
俺も立ち上がり、グランさんと相対す。
「それを信じろと? 勇者に報告されれば私の計画は叶わずに終わってしまう」
「右足を治して貰ったってことでいいだろ、計画を黙っている理由は。俺を信じるか、俺に殺されるかの二択なんだから、信じる方が利口だぞ」
はぁ、と殺さないといけないのか。
俺が睨むと、グランさんの顎から汗が垂れる。
「し、信じましょう」
「そうか、賢明な判断だ」
グランさんは戦闘態勢を崩し、顔の表情も緩めた。
俺が勇者じゃなくなったら、すぐさま美女の魔王が現れたんですが。俺に対する嫌がらせかと思う。
「なぜ」
「ん?」
「なぜか聞いても?」
「なにをだ?」
グランさんは、俺に何を聞こうとしてるんだ?
「魔王になるために行動している私を、なぜ止めないんですか?」
「えっ? 止めて欲しいの?」
「いや、ただ疑問だったので」
「そうか。魔王ってなんで、魔王って呼ばれているか知っているか?」
「悪だからでしょうか? やっていることは悪でしかありませんし」
「悪って、誰が決める」
グランさんは何かを思って、下を見つめながら拳をギュッと握り、目に涙を溜める。
俺がグランさんの視線を右手に集めて、人差し指を顔の傍に持ってくる。
「そう、人だ。だから人に都合の悪い人を、人は魔王と呼んでるだけ」
シーッと、グランさんに秘密だぞ、と付け足しておいた。こんな事を他人に聞かれたら、人の国では暮らせなくなる。
「秘密ですね」
グランさんはそう言うと、去って行った。教会に向かうのだろうか。
たしか俺が勇者の時に殺した時間操作のユニークスキルを持っていた魔王は、村を焼かれたエルフだったな。
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