第5話 善意



 魔王が次から次へと現れるこの世界で、こんな平和なことを誰かのお陰と知っている人がどれほど居るのだろうか。


 モーブル・レディエントが居て始めて、この平和が約束されていると言うのに、民は助かって当然と思っている。これも何も求めない勇者という狂気が魅せた一時の幸せなのか。


 私は王女として、勇者の仲間として、今日こそは、ほ、褒めてあげるんだから! 私は王女、ソフィア・アリースト・ムーリクなんだから! 落ち着けば大丈夫よ。


「レディエント様が魔王討伐から帰ってきました。ここに通しても大丈夫ですかね」

「いいわ、通して」


 メイドが執務室へ来て、要件を聞くと退出する。


 ふ〜ふ〜と深呼吸して、モーブルを待つ。



 メイドが退出して、すぐにノックしないで、扉が開いてモーブルが現れた。私は資料を取り、資料を眺めて声を出す。


「魔王討伐ご苦労さま、次はファランシオ国の周辺に魔王が出現したみたいよ。そっちをお願いね」


 今日こそは、褒めるって思っていたのに、モーブルがノックしないから!!!


 いつもは「じゃ行ってくるよ」とだけ残して、さっさと国を出て行くのに、今日は扉の音が聞こえない。


「な、なによ」


 資料を置き、モーブルを見る。この目で見るのはずっと昔だった気がする。久しぶりに見ても、カッコイイわね。


「赤髪が綺麗で、金色の瞳も綺麗ですね」


 えっ!? あのシスコンが、私を褒めた? 天地がひっくり返っても、そんな事はあるはずがないのに。病気にでもなったのかしら。


「あの、僕」

「僕!?」


 モーブルの一人称は俺。僕なんか使っているところを見たことがない。


「僕、魔王のユニークスキルにより、記憶喪失になったみたいです」


 記憶喪失、記憶喪失、記憶喪失と私の頭の中に記憶喪失がこだました。


 じゃあ私がここで変われば、一歩踏み出せば、強い言葉で命令する関係から、フレンドリーな和気あいあいの仲になれるの?


 いや、違った。最初に思いついたことがモーブルに気に入られようなんて、随分とモーブルに失礼よね。


「魔王と戦えるの?」

「わかりません」


 記憶喪失ということは剣技を使えないということ。モーブルはスキルも無いのに剣だけで勇者にまで上り詰めた実績はあるけど、記憶を無くした状態ですぐに魔王を倒せたりなんてしないと思う。


 モーブルに甘えてきた罰ね。勇者が居なくなるという事態が起きる可能性は少なからずあった。でも不死の勇者の正義感に溺れて、対策をしなかった。


 対策が出来なかったと言うのが近い。人はすぐに死ぬ、永遠を生きる私にとっては本当にすぐだ。魔王に対抗する人を作り上げても、すぐに老人になり、死ぬ。


 そして魔王が出現すると、必ず現れる転生者。暮らしが良くなったのはこの転生者のおかげだろう。でも甘い思考や、自己中心的、ギルドに入ったかと思えば、高難易度クエストを無策で行って死ぬ自殺志願者が多いように思う。


 この転生者から、魔王の対抗手段にしようと言った案も出たが、なんでか魔王を倒すのに協力してくれと言うと、途端に手のひらを返したように傍若無人になり、そんな事を繰り返してやる転生者は扱いに困るとなった。



 考えても考えても、魔王の対抗手段はモーブル・レディエント以外になかった。


 絶対的な勇者が居たからこその、この平和がある。勇者が一度でも負ければ平和が終わり、水面下で黙っている魔王たちが一気に騒ぎ立てるかもしれない。


 記憶喪失なことがしれたら、モーブルが狙われる。


「あの〜ステータスを確認しても勇者のスキルが出ないんですけど、勇者はユニークスキルをかずえきれないほどに持っていると聞いていたので」

「あぁ、そんな噂もあったわね。モーブル・レディエントはスキルを持ってないわよ」

「えっ? なんて言いました!?」

「勇者の中でも瞬間移動や、次元斬が有名ね。私もどうやっているか知らないけど、スキルを持ってないことは知っているわ。私も勇者パーティーだったし」


 モーブルが膝から床に落ちて、両手を床につける。妹ノエルの弁当を落としちゃった時と一緒のポーズだ。





 モーブルが床に這いつくばったままに、メイドが部屋に入る。


「なによ」

「はい。食品配達担当の者の報告です。ノエル様が屋敷に居ないと言う事と、手紙が扉に貼ってあったと」


 ノエルに反応してか、モーブルが立ち上がった。私は手紙を取り出したメイドに向かって頷き、手紙を読むことを了承した。メイドが手紙を読み始める。


『お兄様には許可を取りました。私は屋敷から出て行きます。探さないでください。



         ノエル・レディエント』


 ブラコンの妹が兄を置いて、家出! そんなわけないじゃない。


「続けて、」

「まだ続くの?」


 この短時間に色々なことが固まりすぎている。記憶喪失、家出、そしてなによ。


「十六人の焼死体が、ムーリク王国からリファルの街に行く通りで見つかっています」

「十六人も!?」

「はい。まだ確定情報じゃないんですけど、この通りでは十人以上の盗賊が出るとかの噂があるらしいです。その死体は盗賊か、または盗賊に焼かれた人たちかのどちらかと思います」


 盗賊が犯人だったらギルドにクエストとして出すか、盗賊が死体なら自業自得ね。


「人を殺すなんて、最低なことをする奴もいたもんだ」


 モーブルが妹の家出をスルーして、焼死体の犯人を最低だと言った。モーブルの言葉に私はビックリした。


「アンタにも、人を殺して最低と思う心があったんだ」

「普通じゃないんですか?」


 私は初めてモーブルに善意があることを知った。


 

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