第4話 別れ分かれ



 僕の名前は佐藤司さとうつかさ、この世界では転生者と呼ばれるそうだ。前世では二十八歳のピザデブで、バイトの毎日だったが、いつの間にか異世界に赤ちゃんとして転生していた。


 死んだんだろうと思う。思い当たることはそれなりにあり、ゲームで睡眠時間がギリギリまで削ってバイトに行ってたり、料理はしないでカップ麺、廃棄のご飯、デリバリーのピザを食ってたりと、食生活のバランスが偏っていた。


 野菜はピザに乗っているピーマン、玉ねぎ、廃棄のご飯の隅にあるサラダで良いと甘えた考えで日々を暮らしていた。


 食生活を改善したとしても、前世では死んでいたような気がするが。


 転生者なら、知識チートで成り上がるぞ!




 と、思っていた時期が僕にもありました。身体が成長し、動き回ることが出来るようになると、この世界は豊かすぎることを知った。僕の世界よりも便利なんじゃないかと思うほど、冷蔵庫、エアコン、トイレ、お風呂、キッチン、何でもある。


 そこで知ったんだ、インフラ整備がもう整った異世界にいるのだと。


 僕が思い描いていた未来が呆気なく終了した。知識チートと言っても、僕が知っているのはうる覚えの理科だけ、小中学校の理科の知識だけじゃ異世界人はビックリしないことは僕でも分かった。


 そして五歳になり、転生者を知る。転生者は無条件でユニークスキルを所持していることがわかった。


 ユニークスキルの事は、リファルの街の学び舎を開いている桜坂さくらざかしずくという転生者に教えてもらった。異世界の名前ではルル・グラン。凄く綺麗な先生だ、エルフと人間のハーフらしい。


 五歳でチェンジ魔法の事を知って、僕の人生はスキルチートで最強になるんだ! と本気で思っていた。チェンジ魔法は目で見えるところなら生き物でも物でも、自由に入れ替わることが出来る。ただ目で見えないところは入れ替えできないと制限がある。


 ユニークスキルを練習中に、入れ替わって何するの? と当然の疑問が湧いてきた。それもそうだと思い、僕のスキルチートで最強になる物語も終わってしまった。普通にゴミスキルだった。



 僕の家は貴族とかではなく、農民の家庭で、十五歳になるころには前世と同じでデブになっていた。


「自分の出来ることを、出来るだけやればいいんだからね」


 と言う母ちゃんは優しかったが、その優しさが前世を経験している僕には辛かった。


 僕より年下の父ちゃんとケンカして、僕はトトル村からムーリク王国へ行くことにした。ケンカの切っ掛けは些細なことだったと思う。


「お前の気持ちはわかる、昔は大物になる力があると言っていたもんな」

「お前に僕の何がわかるんだ!」


 そう、父ちゃんは子供の戯言を懐かしんで言っていたのに、僕にはもうそんな余裕がなかった。煽られたのかと、その時の僕は思ってしまったんだ。


 僕は主人公なんだと、どこか期待したまま、何も起こらずに、日々を食い潰していく。父ちゃんに突っかかったのは、主人公じゃなかったと認めるみたいで怖かったんだと思う。



 ムーリク王国に着いて、一週間暮らしてみるとリファルの街よりも金が掛かった。カードの残金もなくなって、どうしようも無くなった時に勇者が現れた。


 勇者の顔は学び舎で写真を見たことがあった。しかも勇者は魔王と戦っていると聞いていたから、倒したのだろう。


 僕に持っていない物を全て持っているかのような佇まいが、羨ましくて、惚けていたら勇者とぶつかってしまった。


 僕が吹き飛ばされたけど。



 その時に勇者が手を出して来たんだ。


「悪かったな、少し考え事をしていて」

「チャンジ魔法!」


 勇者の差し出した手が光り輝いて見えて、咄嗟にユニークスキルを声に出して使っていたんだ。




 身体が軽いと身体中を見てみれば、勇者の身体だ。チェンジ魔法は触っている状態だと見えない心? 記憶? 脳? まぁ、原理はどうだかわからんが、僕の意識は勇者の身体に入っている。それは紛れも無い真実だ。


「やった、やったよ! これで僕は勇者だ!」


 ユニークスキルもゴミスキルと思っていたが、誰にでもなれる力だったのか。


 ステータスを見るとチェンジ魔法が無くなっていた。そうだよな、ここまで強力だと、一度きりのユニークスキルでも頷ける。


「お、俺の身体が! 俺の身体返してくれよぉ」


 おぉっと、勇者のことを忘れていた。これが外から見た僕? おぞましいな。理想の身体を手に入れて、もうこんな身体には戻りたくない。


 元勇者を脅しておくことにした。


「僕が勇者だ! 王女は君と僕、どちらを信用するかな!」

「そ、そんな……こ、とは……」


 勇者が知り合いに理由を話したら、凄くめんどくさいことになる。


 めんどくさいことになるだけだが。イケメンの僕よりも、こんなキモブタは相手にもしないだろう。


 僕は繋がったままのキモブタの手を払う。そして僕は王城に向かって走る。


「俺の身体だぁぁあああ! 許さないぞぉぉおおお!」


 僕を大声で呼んでいる。後ろのキモブタに笑みを深めて、首だけ振り返る。


『僕は主人公だ!』


 心でモブの身体に別れを告げる。


 首を戻し、僕はもう振り返ることをしなかった。

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