第2章 アリア姫とルナリア、それぞれの想い
第1話 アリア姫
「あたし、あなたのこと…嫌い!」
きっかけは些細なことだった。
「…あら、嫌いだなんて、わたしはあなたのことが、そう…あまり好きというか、嫌いというか、えーと…あなた、誰でしたっけ?」
アリア姫は相手の顔を見て考え込む。
「そういうところが、嫌いなの! 王族だからって、周りの人を人として扱っていないところが…」
王宮を出て、普通にしているつもりであるが、アリア姫のそれはいつも普通ではない。
「そうかしら、皆、いつもお辞儀をするから、わたしもそれに応えて手を振るだけで、なにか問題あるかしら?」
相手がかしづいても,それを当然と受け入れる王族の感覚。それは彼女のせいではなく、彼女の育ってきた環境が育んだせいだと分かっていても、ここは実力で評価され優劣が決まる魔術学校だ。
「問題がないと思っている感覚こそが問題なのよ。だから、わたしがその問題を教えてあげるわ!」
アリア姫と対峙した女子生徒の名はジャスパー。学園では男子生徒でさえ敵わない戦士と魔術師候補の女子たちで構成された武闘派のリーダー。当然、まともに戦えばアリアに勝ち目はない。
「おかしなことを言うのね。わたしは課外授業にお付き合いするつもりはないけど…」
と微かに腰を落として貴族風の挨拶をする。それが合図で合った。
アリア姫の影にいた二人の女生徒が突如、セフィに向かって全速で駆け寄ると手にした黒いナイフを横一文字に斬りつける。
「黒のタガー? 王都直属の暗部、毒攻撃か」
しかし、セフィの動きは速かった。背面飛びで左右のタガーの軌跡を交わすと、空中で強引に身体をひねると、その回転力で相手の頸椎にかかと落としを入れる。手応えはあったはずだ。しかし、
「おいおい、蹴りを入れられたわ」
「あいあい、全く大した奴だね」
まるで何も無かったかのようにアリア姫の影にいた二人は立っている。変な凸凹コンビである。目つきが悪いし、気色も悪い。
「おいおい、驚いた顔をしているわ」
「あいあい、それじゃあ、もっと驚いてもらおうかしら」
一人は背が低いのに更に身を低く構え、もう一方は背が高く、手を広げて胸を反らすように構える。
一瞬、二人は消えたように見えたが、低い方はセフィの脚の健を、高い方はセフィの目を狙う。“暗部のしそうなことだ”…セフィには二人の思惑が読めた。通常なら下がりながら攻撃を躱すところだが、大胆にもセフィは前に進んだ。“後の先”の一手である。相手が攻撃を始めてから達する迄の僅かな間に入り、相手に全力の魔力を込めた拳を打ち込んだ。
二人はアリアの両脇を抜け、彼女の背ろの廊下まで吹き飛ばされた。
「ふん、三下にしては台詞が多過ぎるのよ」
セフィは飛んで行ったアリア姫のボディガードを批評した。
「あら、本当にいきなり斬りつけるなんて、下品な奴らね」
アリアは後ろに転がっている二人を切り捨てるように言い、目をやることもない。
「あなたのために戦ったようにみせるけど、労わる言葉もないのかな?」
「さあ、勝手に動いたようだけど、かけるべき言葉はないかな…」
勝手に嚙みついて勝手に負けた犬なんて、わたしとは関係ないわ と微笑む。
「そう…」
ゆっくりとアリア姫に近づくセフィ。しかし、アリア姫には怯えも戸惑いもない。
「わたしたち、仲良くなれそうな気がするんだけど…」
笑顔を見せるアリア姫。
「無理!」
頬を叩く音が廊下中に響き渡る。
叩かれた頬に手をあてるアリア姫。
そして、アリア姫の前で向きを変えると、セフィは黙ってその場から立ち去った。
“王族とは大したもんね…、どこかネジが飛んでいるのかもしれない。”
叩かれたときさえ、僅かな怯えさえも見せないアリアに、セフィはどこか背筋が冷える思いをした。
”勝ったはずなのに、勝った気もしない…”
王族の持つ何かに、セフィは飲まれたような気がしていた。
これがアリア姫とセフィ、後の月姫との出会いであった。
* * *
“アリア姫の間”はその二つ名を“月光の間”といい、王の居住する“太陽の間”の西側、王宮から離れた位置にあった。
月光の間は、権力闘争が繰り広げられる王宮や議会から離れ、また慌しい日常に追われる市井の賑わいからも聞こえない、正にこの世の離宮である。その中心には白亜の宮殿があり、白き大理石の建築物の周りには専属の庭師が手入れする美しい庭園が広っていた。そこには、季節ごとに美しい花が咲き、丁寧に刈り入れられた青い芝生が敷き詰めれ、複雑に入り組んだ水路と役木によって、幾何学模様の区画化され、まるで緑の迷宮に守られているかのように、姫の御館を取り囲んでいた。
ここで聴こえる音といえば、美しい鳥の声か、風に揺れる木の葉の舞う音、そして、静かに流れるせせらぎの音しかなかった。
アリアはこの美しい庭園が好きで、鳥や花と見て過ごすのが日課であった。婚約をし、知らぬ間に恋をしたアリア姫は、いつか彼にこの庭を見せたい、そう考えるようになっていた。
しかし、その未来の夫が突然、暗殺されたという。
その悲報に、アリア姫はこの美しい庭園に姿を見せなくなり、ただ自室に閉じこもり、誰にも顔を見せなくなってしまった。唯一、アリア姫に会うことができるのは、月光の間を統括する第一執事の“月姫”だけであった。
アリアは月姫を“セフィ”と呼ぶ。
セフィ……そう…、学園内にいるときから幾度となくアリアと対立したあの彼女である。学生時代から幾度となく喧嘩を繰り返した二人は、最終的には互いに相手を理解し、尊重しあうようになっていたのである。
そのアリアが男性に恋をした。
アリアの性格を知っているセフィにとって、それは驚きであった。
人を人とも思わなかったアリア姫が、まるで蛹から蝶へと変化するように、一人の女性へと変化した。あれほど対立してきた彼女を、誰よりも知っているつもりだったセフィにとっては、アリアの一番奥の扉をいとも簡単に開いた勇者に対して、嫉妬さえ覚えたほどだった。
“すっかりかわってしまったわね”
セフィはまるで別人になってしまったアリアを見つめた。
「セフィ…相談があるの」
重要な相談があるとき、アリアは月姫のことを本名で呼ぶ。
「あの方が本当に殺されたと思う?」
アリアの言う“あの方”とは、暗殺された勇者の事である。
「実力から言って、暗殺はあり得ないと思っています」
アリア姫は、小さく溜息をついた。
「わたしは最初、あの方が死んだことに疑念を持ちませんでした。心も乱れていましたから。しかし、落ち着いてから、あの事件の情報を集めると、おかしなことに気がついたの」
セフィは、だまってアリアを話を聞いている。
「隊員たちの誰もが、最後は同じことを言うのです。”本当に殺されたのでしょうか?”と。あの方はあなたを含め多くの隊員たちの訓練をされた。だから誰もが勇者の実力を肌身で知っている。だから、皆、一同に“ありえない”と考えた。あなたもそうね…」
セフィは黙って頷いた。
アリアは父や大臣たちの言葉をそのまま信じていた自分を悔やんだ。その間に、できたことがあったかもしれないからだ。しかし、王宮の大規模な魔術探索でも行方が分からないという。手がかりはどこにもない。
「おそらく外部から手引きがあったのでしょう」
セフィが自分の推測を語る。
「あれだけの爆発と宮廷魔術師でも追跡できない転移魔法、勇者殿だけはできないでしょう。強力な魔術師が必要でしょう。おそらく…、勇者の仲間たちでしょうね…」
アリア姫は謁見したほかの冒険者たちを思い出した。あの中で魔術系といえば、エルフの女性に違いない。
“あのエルフの元王女…ルナリアという名前だったかしら?”
彼女にはルナリアの存在を、謁見の間で初めて見た時から気になったいた。
* * *
謁見の間に現れたメンバーは四人。ドワーフと、ホビット、人間の神官と、エルフだった。エルフが同席しているのにアリアは不思議に思った。
“エルフは冒険者パーティには、いなかったはずだわ?”
勇者の説明によると、どうやらエルフ王国内で仲間にしたらしい。最初は彼女を保護した形ではあっだが、実力を認められ仲間となり重要な戦力になったという。
冒険者らしいその服装は、王都にいる他のエルフと変わらない。しかし、そのエルフが持つ気品と美貌に、同じ女性として羨むべきものをアリアは率直に感じた。特に、赤いルビーの瞳、その中にある黄金の六芒星…、なぜか自分に挑まれているような眼差しに見えたのである。
アリアが感じたそのエルフの気品が、どこから来るのか、その理由はすぐに分かった。驚くべきことに、滅びたエルフ王国の王女、その人であるという。王国が残っていれば、自分よりも立場が上の人物だったのだ…。そんな女性が勇者と共に戦っていた…アリアは心の不安が大きくなっていく。
“なんで、あんなエルフが仲間にいるの?”
セフィに問いかけると、彼女も答えようがなかった。セフィが分かることと言えば、彼女の魔力が王宮にいる全ての魔術師を合わせても敵わないほど大きいのではないか、ということだけであった。
それほどの魔力であれば、冒険者の仲間になるべくしてなったのだと理解はした。しかし、理解と一人の女としての気持ちは別にあった。力では、とても太刀打ちできなくても、外見は?、気品は? と比べるも、どれも彼女に勝てない…、しかも、苦難を共にしてきた経験さえ持っている。そして、ルナリアが勇者と別れて、王宮を下がる時に見せた、哀愁の瞳をアリアをは見逃さなかった。
婚約が決まっても、アリアの不安は少しも消えない。月光の部隊にルナリアの行動に目を開かせた。しかし、それは普通の町娘のようなものだった。
「彼女は王宮を下がり、小さな宿でふさぎ込んでいます。近くの酒場で飲食ばかりの日々のようです。」
セフィは報告する。
「彼女には多くの求婚者が集まっていると聞いたのだけど…」
アリアとしては、できれば誰かと結婚してほしいと思っている。
「はい、あの美貌ですから。それに、彼女は元王女。西方大陸の利権もあり、いろいろ思惑があるのでしょう。王族、貴族などからもひっきりなしだそうですよ」
それなら…と期待したが、どうやら彼女は誰一人として選ばないらしい。
「皆、断ったようですね。しつこいと半殺しにあったという輩もいます」
同性として、痛快だとセフィは思っている。そして、同性としてあのエルフが何を思っているのかも察していた。
「おそらく勇者を慕っているのでしょうね。」
アリアにとって、この恐るべきライバルは看過できない存在である。
「王が婚礼を前倒しにしています。王国もあの王女は邪魔な存在だと判断しているようです。暗部が動くのではないでしょうか?」
恐ろしいことをさらりと言うが、アリアにはあの元王女に同情する気が起きない。
「そう…」
そうなれば、まあ、仕方ないわね。かわいそうだけど…。
しかし、その翌日に事態はする。ルナリア王女は身の危険を感じたのか、王宮を去ったと報告が上がったのだ。その知らせに、アリアは胸をなでおろした。さらに、暗部が動いたという情報が続いたが、残念ながらこちらは失敗したらしい。
ともかく、これで彼女の大きな不安は消えた…彼女はそう思っていたのだが…。その二週間後、あの事件が起きるのである。
* * *
「とにかくあの事件の黒幕にあのエルフの娘がいる、ということね」
アリアの瞳には復讐に燃えた。
“死んだように偽装して、人の婚約者を盗むんて…”
ゆるさない…あのエルフ、絶対に…。
いくら親たちが勝手に決めた婚約だとしても、事実は事実。横取りは彼女のプライドが許さない。王は勇者を政局のコマ程度にしか思っておらず、暗殺もまあ仕方ない程度にしか思っていない。
しかし、アリア姫は違った。
なんとしても、勇者をエルフから奪い返す。そう心に決めた。
しかし、彼女には力がない。セフィや執事たちが強くても、自分も力がなければならない。欲しいものは力で持って奪わなければならない。今までは王族、彼女の地位が、それを保証していた。
だが、彼女が今ほしいと感じているものは、王族という地位は役に立たない。なぜなら、それはあの人自身がそう思っているからだ。ライムは地位も名誉もまったく望んでいない。彼をを奪うには、アリア自身の力でなければならない。あのエルフも自らの力でもって奪ったのだ。その点において、彼女はルナリアを認めた。確かに憎い相手ではあるが、己の力で自分の欲しいものを手に入れたのである。
たからこそ、彼女は自分自身の力を欲した。そして、そのカードが彼女には残されていた。それは、亡くなった母、王女から密かに受け継いだ力、女性の王族だけが扱えるという『メルセゲルの力』を手に入れることであった。
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