第6話 グラント

 「はぁ、グラントさんですか…」

 ギルド長のアランは、グラントの冒険者カードを見て疑わしい目つきでグラントを見ている。


 ”疑われても、仕方ないが、ここは通さないと困るしな”

 グラントとしては、ここで下手に逃げるよりも、ギルトに納得してもらうしかなかった。この街も逃げては、いつまで落ち着ける場所がない。事故として押し通したい。


“かなり無理があるがな…”


 本来であれば、交渉はルナリアに任せたかった。しかし、彼女はアイリスに治癒されても、全身が血だらけで、奥の医務室でまだ眠っている。ライムはこういことが苦手だし、チャイはガラの悪い連中との駆け引きは得意だが、ギルト長の相手には不向きだ。アイリスは…無表情に拒否し、もちろん無理である。

 グラントが気が重くなりつつも、自分しか選択肢がなかった。


 埃だらけの四人は、ギルト室の応接室にいた。

「皆さんの冒険者レベルがEランク。グラントさんのレベルは21ですか…」

 少し低すぎるかとも考えたが、地方都市ではレベルDランク以上は珍しいので、このレベルに落ちついた。ギルドカートの偽造はほぼ不可能だと言われている。しかし、チャイならできる。


「チャイさんと…、ライムさん、そして」

 グラントの後ろに立っている二人を眺め、最後にグラント横に座っている女性に目をやる。

「アイリスさんですか…」

 あの戦闘で気を失ったアイリスだが、一時間ほどで目を覚ましていた。その手にはあの魔剣がない。突き刺した店内の床から消えているが、彼女は探す素振りさえみせない。魔剣の行方が気になるが、それはライムに任せるしかないだろう。


 アイリスに自分以上に厳しい目が向けられていることに気づいたグラントは

「そうです。この度はいろいろとご迷惑をおかけして、申し訳ございません。」

 慌てて取り繕うように続けるが、当のアイリスはまるで表情を変えずに、愛想笑いさえもしない。他人事のようである。


「今回は、こいつの所有しては魔鉱石が暴発してしまいまして、何やら、魔力を溜め過ぎたらしくて…」

 こいつ、と言われたとき、アイリスの睨むような視線を感じたが、それをいちいち気にするグラントではない。

「アイリス! アランさんにお見せして」

 そう促すが、それを無視をするアイリス…。見かねたライムが後ろからアイリスに近づくと小さく声をかける。その声にビクッと身体を震わせると、小さく溜息をついて、おもむろに袖の下から小さな結晶を取り出すと、アランの前に置いた。


 紫色の小さな結晶である。


 ”紫水晶…だと!”

 目の前に置かれた紫に光る魔石水晶を見て、グラントが唸った。彼も見たことがない色だ。希少品だというのはすぐにわかった。


 魔石水晶は、魔力を封じ込めるできる非常に希少な水晶だ。まず、採掘される量が少なく、流通している量もわずかだ。

 採掘時の魔石水晶には魔力がほぼ含まれてはいない。そのため、魔法力を持つ者が少しずつ魔力を魔石水晶に溜めて使用する。必要に応じて、そこから魔力を補充できるので、魔術士にとっては重宝な水晶である。

 欠点は、エリクサーのように瞬時に魔力補充ができない。無理に魔力を放出させようとすると、魔石水晶そのものを破壊してしまう。


 これが恐ろしい。急激に魔力を放出させる、あるいは物理的に水晶を破壊すると、溜まった魔力は一度に解放され、水晶を中心に巨大な魔力爆発を起こす。破壊力は非常に大きく、通常の爆弾の比でない。魔石水晶は、魔力を溜めると“魔石爆弾”になるのだ。


 この魔石爆弾は、エルフなどに比べ魔力の弱い人間などの種族には、貴重な魔法攻撃力になる。魔石爆弾の保有量は人間の魔法軍事力を表すことになる。よって、この水晶は黄金よりもはるかに価値がある。


 魔力量は水晶の大きさと、魔力密度によるが、魔力密度だその密度は水晶の色によって決まる。無色から、亜麻色、緋色、紅色、赤紫色、紫色、黒色まで、急激に密度は高くなる。市場に出回るものは緋色以下だけである。


 紫色の魔鉱石を見て、グラントは驚いた。

 ”こいつ、こんな危険なものをさらりと出すな…”


 緋色でもかなり高価で、魔力を全回復させる非常に高価なくエリクサーの100倍以上の魔力がある。赤くなると非常に稀で、魔法一師団を支えられる。紫は一つの都市を破壊できる。黒水晶は小さくても物理魔法の禁呪、熱核魔法に匹敵し、国家でも一つあるかないかという代物になる。


 グラントは紫水晶を見て思った。

 ”こういうものを個人で持つのは、国家転覆を謀る輩、テロリストなんだけどねぇ

 アイリスさん…”

 グラントは引きつった顔をしながら、心の中で必死に突っ込んだ。


“これでは疑ってくださいと言っているようだ…”

 グラントは苦笑した。


 当然、アランの他、同席していたギルト専属の騎士や魔法士が唖然としている。これほどの魔力密度のものを見たことはなかった。誰かを呼ぶように近くの兵士に耳打ちをする。


「これは、その…本物ですか?」

 アランは少し震えているようだ。彼も紫水晶を見たことはない。かなり小さいが、これでも、おそらくこの街を半壊させそうだ。


「これほどのものを…、なるほど、これではあの凄まじさも納得できる」

 皆、口々に相談しているようだ。事件を魔鉱石が原因だというグラントの話を信じているのか、眼前の貴重な品に圧倒されて正常な判断がされていないのかが、分からない。



 しばらくすると、先ほどの兵士が奥の扉から戻ってきた。兵士が連れてきたのは、一人のドワーフらしい。その顔を見て、グラントが苦笑する。

 ”オルキヌスか! 面倒の奴が出てきたぞ”


 一同を見回して、席に座っている同族に気がつくと、十年ぶりにあった親友を懐かしがるような”素振り”をすると、大袈裟に手を広げて、この対面を歓待するように声を上げる。

「やあ、グラント君じゃないか!」

 その目に驚きはないところから見ると、事前に自分がいたことを知っていたに違いない。つまらない役者気どりだ。


「相変わらずの冒険者ぶりだね。今回もその力で酒場を一つ吹き飛ばしたとかで、いや、その活躍には頭が下がるよ、グラント君!」

 ドワーフ王の直系の血筋で、王に似て何事も表裏がない。しかし、思ったことを口にしてしまう性格は、悪意はなくても政敵を作りやすく、地方に飛ばされているらしい。彼とはかつて故郷で何度が話したことがる。


 背はグラントより低く、ドワーフにしては太っておりで知的な印象を与えるフチなしの眼鏡をかけている。糊のきいた白いシャツとタイ、紺藍のスーツに身を包み、胸に細い金の鎖のタイをつけている。明らかに戦うドワーフではない。

 一方で、筋骨隆々で全身に傷跡の多いグラントだ。陽に焼けた肌、藍鉄色の癖のある髪、使い古されたがよく手入れをしている皮の服で、目に前に現れた王族ドワーフとは対照的である。


 このインテリ風の王族ドワーフが、ギルド長の隣に腰を下ろす。どうやら紫水晶のことの相談を受けて来訪したらしい。

「今回は非常に魅力的なものを持参しているとか…、さすがだよ。王を裏切って逃げただけのことはあるな。アハハ。君には敵わないな、グラント君」

 笑いながら、余計なことを言う奴である。


「あなた、裏切者だったの…」

 アイリスがキョトンとした顔でグラントを見る。目が笑っている。面白いネタを仕入れて嬉しいのだろう…。


「い。いや、そうではなく…」

 と説明をしょうとすると

「いや、照れずに、遠慮せずに説明したまえ、グラント君!」

“いや、照れてないし…ていうか、なぜ、最後に俺の名前を言うんだ、コロブス君!!”

 とグラントは言いたい。


 ギルド長はこの口数の多い街の有力者でもあるドワーフの話が、言葉の洪水となってこの部屋が水浸しにする前に、彼の話を断ち切ることにする。

「オルキヌス君、その話はまた今後にしてほしい。君はグラント君をよく知っているようだな? 率直に聞くが、どうなんだ? 彼は信用できるか?」


 ギルド長の言葉を受けて、彼は少し考えるように上を見ると

「信頼できる奴ではあるよ。王は裏切ったがな…、それも事情があるのだろう」

 彼にしては慎重に言葉を選んでくれたようだ。


「そうか…、ならば一先ずは尋問は止めることにするか。実際、冒険者は何かしらの事情を抱えている。そこを気にしているとギルドは成り立たない。冒険者は素性よりも結果主義だ。敵対するより味方にしたい。」

 流石にギルド長は、冒険者の扱いに卒がない。



「問題は、こちらだ。この魔石水晶の見解を聞かせてほしい」

 ギルド長に促されて、オルキヌスは実物を手に取ると、陽に透かすように鑑定をする。

「うむ、これは本物だな。わたしも紫色の魔石水晶を見るのは初めてだ。非常に小さいが、この大きさでもおそらく三億は下るまい。」

 その金額を聞いて、他の戦士達は驚嘆の声を上げる。


「紅色以上の水晶は基本、登録制だ。流通も換金も禁止されているので、実際にはその金額は手に入らない。期待して盗もうとするなよ!」

 驚愕する冒険者たちを見回し、くぎを刺す。


「さて、しかし、これは非登録の魔石水晶だな。つまり盗品でもないようだ。登録されている印が水晶に見えない。」

 さすが王族であった高価な水晶の知識もあるようだ。


 紫水晶を丁寧にアイリスの前に戻すと、彼女に”どうだろう…”と一つ提案をした。

「これはあなたのものと聞いたが、これをギルドで預からせてもらうことはできないだろうか? これだけのものは市場にはもちろん、闇市場でも扱いにくい。個人で持つには危険だ。登録作業と代金はなんとか工面しよう。」

 さすが王族、お金には頓着しない。

 しかしアイリスはどうなんだろうか?


「わたしは構わないわ。ライムはどう考えているのかしら…。わたしはこの人の考えに同意するから…」

 ライムは”構わないよ”と小さく頷いた。この二人と奥で寝ている王女様は、お金などに縛られない…とグラント思った。



 その言葉を聞いてギルド長は頷くと、オルキヌスの提案するところの背景を語る。

「この地方都市は辺境にあり、魔物も襲撃も少なくない。王都からは遠く軍事的な支援を要請しても派遣に時間がかかる」

 昨年に大きな襲撃時で対応に苦戦し、少なからず犠牲も出た。王都へ応援を打診をしたが、その対応は遅れに遅れた。しかも、実際に派遣された部隊はこちらの要請の十分の一程度しかなかったという。どうやら最近の王都の対応には、ギルドはもちろん、地方都市の上層部も不満が高まっているらしい。


 それを受けて、オルキヌスがこの場を収束させるべく話をまとめる。

 「グラント君、君の事情はなんとなく推測しているよ。どうだろうか、アラン殿。ここは穏便に済ましてしまおう。これは事故としてまとめてしまった方がいい。王都の時間のかかる支援よりも、この紫水晶の方がはるかに防衛力は上がる」

 アランとはしては異存はない。グラントもそれでこの地で穏便に暮らせるのなら、いいではないかと皆の同意を求めた。


 ライム、チャイも反対はしない。アイリスはライムに同意だ。後はルナだが…これもライムには反対しないだろうということで、手を打つことにした。




 なんとか、事が収まったとホッとしているグラントに、オルキヌスは声をかける。

「もう一つ、相談があるのだよ。グラント君。」

 オルキヌスは少し申し訳なさそうに言う。この男が“申し訳なさそう”に言うのが珍しい。

「おいおい、難しい問題ならよしてくれよ。」

 オルキヌスはグラントのすぐ左側のある席に座る。


「いや、簡単な話だ。実は、君たちにわたしの酒場のお手伝いをお願いしたい。今回、君たちが破壊した下の酒場の経営者は私なのだ。」

 なに、すると損害賠償先はお前か! とグラントは苦笑する。

「それは…すまなかったな…代償の要求ということか?」

「いや、代金は紫水晶で十分以上なのだ。君たちに負債があるわけではない。だから、言っただろう、これは“相談”だと…」


 “そのお前の困る相談内容が不安なのだがな…”と話を促す。

「この都市にはわたしの経営する酒場が何店かあるのだよ。その一つの店が破壊されたのでな、残りの店で何とか従来の売り上げを確保したいのだ。」

ここまで前提を話すと、相談内容の核心に進む…。

「そこで、君たちの、そのメンバーには絶世の美女が二名いると聞いてな…」

といって、アイリスを見る。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 接客業はしないわよ! わたしは見たわよ。ロリゴシックな服にバニー風のうさぎの耳をつけていたわ。神官のわたしが人様にあんな姿をして、愛想笑いをするなんて!」

 神官と言うよりも、破壊の天使みたいな暴力で店を破壊したのは、誰でしょうかね? という言葉をグラントは飲み込んだ。


 そのグラントの心を読んたかのように、オルキヌスはアイリスに問う。

「しかし、破壊したのは君たちの(痴話)喧嘩だと聞いているが?」

 アイリス相手に、命知らずの奴だな…。グランドは恐る恐るアイリスの表情を伺うと、そこには予想外の彼女の表情があった。


 大きく目を開き、この無謀なドワーフに怒る気配を見せないアイリス…。


 オルキヌスは、悪気も邪気もないのだ。ただ思ったことを子どものように口にしている。この男は、おそらく強大な怪物の前でも、正しいと思えば、恐れもなく怪物にそれを指摘するだろう。これはむしろ、勇者に近いのかもしれない、とグラント思った。


 アイリスにとっても、嫌な気分にさせられず核心だけを突かれたので、反論する気にならない。“確かにその通りね…”と思ったのだ。


「酒場が復旧するまでの間でいい。君たちがこの街に隠れてこそこそと暮らすのではなく、街に溶け込んで暮らした方がいいのではないか? 酒場はそれにはよい環境だ。ほかの冒険者たちの誤解も解き、さりげなく暮らす。当面の住居の確保、生活に必要な物質の手配もしよう。酒場は情報の宝庫だ。いろいろ役に立つ。」

 この王族くずれは“人を口説く”のが上手いな…、グラントは感心した。


「じゃ、俺はウェイターをするかな」

 とライムは面白そうにいうが、アイリスは不満いっぱいである。





 こうして、われわれな辺境の地方都市で住居を確保し、酒場で働くことになった。


“しかし、大丈夫だろうか?” 

 いや、大丈夫なはずがなかろう…。冒険者たちを震え上がらせ、酒場を破壊しないか…と、誰が言える? 酒場は長くはもたないだろうね。グラントはそう思った。

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