第3話 アイリス
「あ、あの…、ライムさん?」
声をしぼり出すルナリアの頭は暴走している。身体が火照ってたまらない。
”あたしたち、責任を取ってもらうほどの進展はなかったと思ったのだけど…”
”それとも、あれ? わたし無意識に何か、やらかした?”
勝手に不埒な考えを巡らせて、その羞恥心にどこかに隠れたくなった。しかし、どこまで記憶を遡っても、手さえ握った記憶もない…。(戦闘中とか、男女として意識しないときは、あったとは思うけどな…)
残念だけど、わたしたちの関係ってまだ、恋人未満のさらに未満でしかない。
でも、考えても埒が明かない!
”こうなれば… 責任を取ってもらおうじゃない”
前向き思考に切り替えた。
「あの、ライム…」と彼に上目遣いで近づくと、
「責任は、その具体的に、どう取ってくれるのかしら?」
できるだけ笑顔で語りかけるが、”ここは具体的な言質を取りにいきたい!”という下心と本音が見え隠れして、笑顔もどこかぎこちない。
「うん…」とライムは考えると
「ルナがいいと思ってくれないと困るのだが…」
と言うと、少し恥ずかし気にこう続けた。
「一緒に暮らさないか?」
「えつ!」
その真っ直ぐな言葉に、彼女はまた倒れそうになった。ここで気を失ったら一生後悔するぞ、と自分の舌を噛んででも、意識を保つ。
確かに彼は”一緒に暮らさないか”と言った…。
そうよね! そう言ったよね!
”その言葉を待っていたの…”
とルナリアは世界中に叫びたかった。
”皆さぁーん、このルナリアが、遂に、恋を実らせましたぁ!!”
「おい、どうでもいいが、声が出てるぞ!」
グラントが横で呆れ顔だ。チャイが腹を抱えて笑っている!
「嘘っ!」恥ずかし…。
でも、彼女はこの奇跡に感謝したかった。
”二人で暮らせるなんて…”
そう考えるルナリアを見て、チャイがライムに笑いながら、
「で、俺らも一緒でいいか?」
と言った。
”はい? 何を言っているの?”
ルナリアはこの”場を読まないホビット流”の冗談を聞いて、いかにして”ホビットを絶滅させる魔術を編み出すか”を真剣に検討すべきだと考えるほどに呆れた。
ところである…。
次のライムの言葉は、さらに”場を読まない”言葉だったため、彼女の”ホビット絶滅計画”は白紙撤回される。
「それもいいな…グラントもどうだ!」
その言葉を聞いて…ルナは天国から地獄へ堕とされ、チャイは驚いた。
”こいつ、俺様のホビット流ジョークを超えたかもしれない…”
チャイはライムのジョークのセンスに驚愕したとか、しないとか…。まあ、実際はかなりのドン引きである。
しかし、このときのライムの胸中にあったものは、冗談ではなく、残された時間を二人きりでいると、最期にルナを苦しめないか、ということにあった。だが、その理由を彼女に語ることはできない…。
ルナリアはもう喜んでいいのか、怒っていいのか、泣けばいいのか、分からなくなった。
「あんまりよ! ライムなんて、大っ嫌い!!」
そう言うと、大泣きに泣いた。
さすがに苦笑しながら、グランドが言う。
「ライム! 冗談はその位だ。こいつがどれだけ想っているか、知らないわけではないだろう? しばらくは二人で暮らせ」
チャイも”お前の冗談には負けたよ”と笑いながら…
「子どもでも、できたら、俺たちは会いに行くよ」
お節介な言葉だが、チャイ流の祝福した言葉である。
仲間たちの言葉と、泣いているルナを見て、ライムは両手を挙げた。
「わかった! わかったよ! 二人で一緒に暮らそう、ルナ。」
と照れたように笑う。
その言葉で聞いて、ルナリアは泣き止みながら、
「ほ、本当?」
とライムに恐る恐る聞いてみる。
「ああ、本当だ」
「噓じゃない?」
「ああ、嘘じゃない!」
そう! 本当なのね。みんな、ありがとね。大好きよ!
心に思っているままに言葉が出ていることに気がつかないルナリア。
涙が溢れながら、笑っていた。
ルナリアは、ライムに抱きつきたいと強く思った。
”うん! 抱きついてもいいわよね?”
そう思いながらも、実際には一歩も動けない…。恋愛初心者には難しいのだ。
すると、ライムがスッとルナリアを引き寄せた。
”え!”
突然の抱擁にルナリアの気持ちは舞い上がって、何も考えられなくなった。
不思議と涙が浮かび、今度は嬉し泣きで泣いた。
ルナリアは幸せになれる、そう信じていた…。
ところが、彼女が想っていた理想の未来は、最後のメンバーの登場によって、いとも簡単に崩壊してしまう。あの(ルナリアにとっては)悪魔がやって来たのだ。
それは突然、背後から静かに、ゆっくりとした拍手と共に登場した。
彼女の拍手には見事な演技に感動と感謝の意を示すのではなく、無様で滑稽な三流役者の舞台に、冷笑な評価を下す、乾いた”冷たさ”が伴っていた。
「いいわ、いい。とても面白かったわ。とっても…ね?」
”この声は!”
ルナリアが驚いて振り向くと、そこには、かつての冒険者の仲間、大神官・アイリスが立っている。彼女が立つその場所は、今にも雪が降ってきそうな冷気を帯び、静寂を支配したかのように、いつのまにか店中の音が消えている。
「お久しぶりね…、皆さん」
美しいその顔にわずかなに微笑があるが、そこに感情は全く見られない。少しあごを引いてこちらを見つめるその顔は、青白く病的でさえある。漆黒の髪は柔らかな曲線を描きながら腰まで伸び、手足も身長もルナリアより、長く高い。彼女を形作るあらゆるものが、冷たく、生気を感じさせないが、その青い瞳の中には、怒りとも嫉妬とも思える、激しい炎が燃えているように、ルナリアには感じられた。
ゆっくりと仲間たちに近づくと、半ば強引にライムとルナリアの引き裂く。その華奢な体には似つかわしくないほどの力だ。彼女は肉弾戦もかなり強い。ドワーフと互角に殴り合いをしたこともある。気に入らないものには、容赦なく牙をむく。ルナリアにはそれがよく分かっていた。
アイリスは二人の間に平然と入り込むと、最初からそこに居たような顔をして、かつての仲間たちを見回す。
「あらあら、やっぱり、かなり酔っているようね…」
小さく吐息を吐くように喋る。
「さっきの、皆さんの芝居…あまりに面白かったから、声をかけそびれちゃって
ごめんなさいね」
ちらりとナリアに視線を送ると
「でも、脚本が最低ね…、ルナリアさんも、そう思うでしょ?」
嫌味な女だ。彼女もライムを狙っているはず…昔と同じなら…。
聖なる神官服を着ているが、胸元の留め方が適当で豊かな胸が見え、細い腰と長い脚は、同じ女性として、女性的な魅力ではかなり負けているのが悔しい。
”この艶美な雰囲気は、いつ見ても神官というより、邪神官に見えるのよね”
しかし、実際はその聖なる力で何度も助けられた。彼女がいるから他の仲間は攻撃に集中できたのだ。そして、彼女の持つ強力な魔法ロッドも大きな神聖力を秘めていた。ある魔人から奪ったものだと聞いたことがある…。しかし、彼女の手にはそのロッドがない…。おかしい…。異常なまでに固執し、決して他人には触らせず、常に肌身離さず所持していたはずなのに…。
「いつものロッドは?」
そう言葉にしたとき、彼女の背に、黒くて長いものを背負っていることに気がついた。
「ああ、これ?」
ルナリアの視線に気がついたかのように、背中にある黒いもの右手でつかむと、おもむろにそれを突き出した。彼女が握っているのは、一振りの剣だ。
「こちらの方がね、圧倒的に強いのよ、だから、あれは…もう捨てたわ」
そう言うと、彼女は器用に剣を目の前で回して見せた。
一この禍々しい感じ… 漆黒の剣…。この剣って…。
「ちょっと、待って! これって、まさか…”ネクロマンサー”じゃないわよね?」
隣にいるライムも驚いたようにその剣を見つめている。それは勇者が銀の地底湖に沈めたはずのものだったからだ。もう現世にはあってはいけない武器である。
ルナリアはこの剣の力を知っている。ライムが”脅威”を打ち滅ぼすために使用した恐るべき魔剣なのだから…。
あらゆる死を司る魔剣・ネクロマンサー。
漆黒の魔剣を手にして、アイリスの妖しげな瞳が一層、強くなった。
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