勇者は誰にも渡さない! 戦うエルフ・ルナリアの“恋と冒険の物語”<改訂版>
ルグラン・ルグラン
第1章 ルナの願い
第2話 責任
夜が明けると、勇者が暗殺されたという知らせに、王宮は騒然となった。彼の部屋は完全に破壊され、跡形もなく消えさり、死体の確認もできなかった。残された現場の状況から、わずかに残された”脅威”による暗殺によるものだろうと公表された。(実際には王宮内で誰もそうだとは思ってはいなかったが…)
突然の将来の夫の不幸に、姫は驚き悲しみ寝込んでしまう。勇者は優れた戦士であったが、王宮の色に染まることはなく、むしろ諫言をすることさえあった。”偉そうに…”と思う輩は王宮に多かった。そんな勇者を姫は、”うまくやってほしい”と遠くから願っていた。
しかし、彼は違った。自分の信念を曲げることはなく、時間があれば己を鍛えるか、姫を護る専属の衛兵たちを指導した。王宮の中心へ足を向ける回数は日に日に減っていく。自分の存在を誇示し、人脈の育成や王への具申を謀ることが、王宮での”権力闘争”ではあるのに、夫となるはずの人は、全く関心がない。彼は権力にも、地位にも、領地にも興味を示さない。姫は勇者という存在が、今まで王宮で見てきたいかなる者たちとも”異なる場所に立っている”と感じた。
彼の実直さに触れて、自分の感情の中に、何か理解できないものが芽生え始めていた。優雅な生活を避ける勇者の行動に、彼女は振り回されたが、それは決して不快なものではなく、むしろ、新鮮で温かかった。そして、姫はおそらく生まれて初めて、男性に恋をした。しかし、それはあまりに呆気なく、彼の死によって幕を閉じる。
姫は夫となるはずの、あの不思議な男性が、突然、目の前から消えたと聞かされた瞬間、その存在が如何に大きかったかを思い知らされた。そして同時に、姫は自分の心に空いた空洞を、残された人生において、どうしても埋めることはできないと直感した。数日、数週間と、姫は自分の部屋に閉じこもり続けた。悩みに悩み、考えに考えだ末に、姫は王宮を揺るがす事件を引き起こすことになる。それは”アリア姫の事件”として人々の記憶に残ることになる。
姫の正式な名は、アリア・ハイ・アガバンサス。アガバンサス王家の第一長女にして、王位継承第一位であった。このアリア姫の引き起こした事件は、ライムたちが消えてから、約二か月後に起きることになる。
さて、今は”アリア姫の事件”の前に戻り、脱出した四人を追うことにする。
勇者の暗殺者は誰なのか? 民衆の間では”勇者は王族に暗殺されたのだ”という噂が誠しなやかに流れた。実際、ライムたちが自作自演で暗殺を演じなくても、遅かれ早かれ、似たような事件は起こったであろう。
当然、王たちは面白くなかった。プライドをかけて、宮廷魔術師たちにその痕跡を探らせた。検索の範囲を王宮から100キロに広げ、徹底的に探してみたものの、何も痕跡を見つけられなかった。
そのはずである。ルナリアがこの作戦用に造った転移魔法の距離は1500キロもあった。いくら探しても見つかるはずがない。それほど、ルナリアの魔法技術は突出していたし、今回の作戦にかけるの想いも半端なものではなかった。
王族の気持ちを逆なでした”王族暗殺説”も、所詮は噂話。民衆が面白がって脚色した風評でしかない。それが忘れ去られるのに、数週間も時を必要としなかったのは当然だろう。
王都を遠く離れて、事の成り行きを見守っていたルナリアは、”期待通りになった”と笑った。これからは自由に行動してもいい。これで昔のようにライムの近くで、羽根を伸ばして、楽しく笑えるようになる。作戦はを成功したのだ!
”良かった…、無事に助けられた”
ルナリアは毎日、心配で眠れない日々が続いた。早く脱出計画を実行しようと、仲間たちを何度もけしかけていたのだ。
祝杯を上げようと酒場に着くと、久しぶりに豪快に騒いだ。だれも勇者の顔など、王族を除けば、知らないのだ。なぜなら、勇者ライムは”仮面の勇者”として表舞台に登場し、最後まで素顔を見せなかったからだ。
”仮面の勇者”。この案を練ったのもルナリアだ。この元王女は、王宮内の権謀術数が渦巻く世界を熟知している。将来、勇者がかつての自分のように、つまらない権力闘争に巻き込まれることを懸念した。そこで、ライムが勇者として王国から認定されるのを機に、彼に”仮面の勇者”を演じることを提案した。もともと、功名心の無かったライムは、それも一興と同意した。あらゆる状況を想定して考えるこの王女は、当時から、勇者が勝った”その後”を考えたのである。
だれもがルナリアの戦略眼には深く感心している。確かに、よく先を読む。しかし…、である。彼女は自分が関わることになると不器用過ぎた。ある意味、勇者よりも酷い。
ライムは鈍感すぎて、優しすぎる。ルナリアは考えすぎて、自滅する。自分の気持ちを戦略の要素には加えないのは、戦場で冷静に判断するには重要だが、色恋の戦略に当てはめる時は、例外にしないといけない。彼女にはそれができない。つまり、アリア姫と同じように、ルナリアも恋愛経験がほぼないのだ。
いつも、ライムのことになると彼女の判断はおかしくなる。今回の救出用の転移魔法を1500キロにすると聞いたとき、”やり過ぎだろう…”と二人は呆れたが、止めても無駄だとも知っていた。彼女は一心不乱に、前人未到の大魔術を編み出したが、”ライムを連れて帰る”ための魔術を作れるのが本当に嬉しくて、常識という範疇が明らかに壊れていることに、まったく気がついていなかった。
そういうこともあり、仲間たちは、ルナリアの想いををなんとかしたかった。
「まあ、これで二人でゆっくりと生活すればいいんじゃないのか?」
グラントも”いい加減にくっついてほしい”のだ。
「な、何いっているのよ!」
赤くなったルナリアは、横を向く。
「わ、わたしはエルフの王女だったのよ! そんな簡単にいくわけないの…」
すかさず、チャイが反論する。
「ライムは一時期は王子になったんだぜ。位としては同じだよ。それにあんたの国は滅んでいるし、ライムもすでに国を捨てた。これ以上のカップルがいるのかね?」
と指摘する。
「そ、それは…」とルナリアが深く考え始める。
”また、はじまったよ…”
グラントとチャイは、互いの顔を見てに苦笑する。
「ライムはどう思っているんだ? ルナのことを何とかしろ!」
”この男がはっきりしてくれるのが一番なのだがな…”
それは、ライムを除く全員が思っている。悲しいかな、それを期待するのが難しいのも知っている。
ルナリアは”きっと、ハッキリと言わないだろう”と考えていた。”この人はそういう人”だと…。だから、ライムが立ち上がると、突然放った台詞に驚いた。
「わかった。責任はとる!」
酒場中に響き渡るその声に、店にいる全員の会話が止まり、ライムを振り返る。グラントとチャイは勇者を見上げたまま、口に入れたビアを飲み干せない。すぐ隣の机では、バニー姿の店員が差し出したジョッキを握ったまま固まり、客の頭にビアを注いでいる。
”責任とるって?”
静寂に包まれた店内は、時間が停止したようだった。
ルナリアの頭だけは通常の100倍を超えて加速していたが、それも一瞬だけだった。心に秘めていた自分の気持ちが堰を切って溢れ出すと、彼女の思考も停止した。
心臓が音だけが、せわしない教会の鐘のように身体中に鳴り響く。驚きと酔いと恥ずかしさのあまり、ルナリアはよろめきながら立ち上がろうとしたが、その場で気を失ったかのように倒れ込んでしまった。
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