第二章第七話〜第九話

第七話


 7月の半ば。試験も終わり、夏休みまであと少し。5日間の試験休み中。

雪村はその後は夢は見ていなかった。……と言う事は、ノートに追加は無かったのだが、今朝の雪村は、起きるなりまたノートに書き留めた。


 その内容とは……。

(2035年7月21日。近所で放火騒ぎが有った。放火犯人は、陽光台消防署前に車を駐車し、出動妨害しゅつどうぼうがい。この出動妨害のせいで対応が遅れ、一戸建て一軒全焼。薄暗い中の騒動の様だが、時間は分からなかった。)


 ベッドの雪村はため息をついた。

「凛には話さないでおこう。また気にし過ぎると可哀想かわいそうだしな……。」

 

 新しいノートの方は机の引き出しにしまっておいた。


雪村はスマホの日付を確認した。今日は7月16日。

 「あと5日か……。薄暗い夢だった。夜明け前か、夕方って事だな。燃える家がやけに明るく見えて印象的な夢だった。ま、あまり気にしないでおこう。」


 キッチンで歯磨きして顔を洗う。

 「今日もバイトだし、凛もバイトでしばらく来てない。今日辺りは晩ご飯食べに来るかもな……。」

 そうつぶやきながらバイトに出掛ける支度したくを始めた。


 凛の方はと言うと、こっちもバイトに出掛けるところ。


 「今日はバイトから戻ったら雪村の部屋に寄ろうかな。」


 2人共似た様な事を考えながら家を出た。


 試験休み中のいつもの日常がまた始まっていた。


 その日の夜。雪村はバイト帰りに買い物をしてアパートに戻った。凛からのLINEが入る。

 (雪村バイト終わった?私、今終わったからそっち行く。)


 (おつ。俺は今部屋に戻った。食材買い物してあるから、晩ご飯食べに来れば?)


 (あ、買い物してから寄ろうと思ってた。私は手ブラでだいじょぶ?)


 (うん、飯も今セットしたとこ。麦茶しかないから、好きな飲み物買ってくればいいよ。)


 (りょ。)


 そんな話の流れで、雪村は珍しく料理に取り掛かる。炊き上がるご飯に合わせて食材の仕込みをしている。


 そして15分後……。

 凛が部屋に入って来た。


 「お疲れー。あれ?雪村が料理?」


 「お疲れ、凛。もうすぐ飯が炊けるから、タイミング見て作ってるんだよ。」


 凛は小さなテーブルに食器を用意してから、

 「どお?最近は夢、見た?」


 「引き出しにノート入ってる。21日のを見たよ。」

 フライパン片手に返事をする雪村。


 凛は机の引き出しからノートを取り出して、ベッドに寄りかかりながらノートを開いた。


 「年月日が出てきたわけだ。……陽光台消防署、住宅火災の夢ね。……雪村、時間が書いてないけど?分からなかったの?」


 雪村はテーブルの皿に肉野菜炒にくやさいいためを盛り付けながら、

 「時間は分からないけど、薄暗かったから、多分明け方か夕方じゃないかなと思ってる。」


 キッチンに戻っていく雪村。洗い物まで済ませている。

 凛は炊き上がったご飯を配膳。

 こんな食卓になってきたのは、1年位前からだが、2人共手際てぎわが良すぎて感心する。


 冷蔵庫( これも小さい大きさ)から麦茶を取り出して、テーブルまで持ってくる。

 凛が受け取り、マグカップに注ぐと雪村に戻した。

 で麦茶を冷蔵庫にしまうと、雪村がテーブル前に座り、晩ご飯の準備完了。


 「いただきまーす。」2人は言って、肉野菜炒めに舌鼓を打つ。


 「どお?たまには俺の作った料理もイケるでしょ。」


 「うん。美味しいよ。……で、21日はバイト入ってる?」


 「俺はシフト決まってないから、まだ未定。2日前には分かると思う。凛は?」


 「私、休みだから。朝からここに来ようかな。」


 「朝じゃなくて明け方からじゃないの?」


 「雪村の夢、半分は気にしてる。明け方に騒ぎが起こったらLINE入れるから。」

 

 「近所だし、明け方騒々しかったら、事の始まりって思ってたら?マジ気にしない方がいい。」



 そして21日の明け方……。

 火事騒ぎは起こらず、陽光台消防署周りも静かな朝を迎えた。


 朝、目が覚めると、凛は雪村にLINEを送った。

 今日は雪村もバイトは休みになり、寝ているところだ。


 凛のLINEに気が付いた訳ではないが、雪村はそのタイミングで目覚めた。


 (おはよ雪村。今朝は何も起こらなかった。となると夕方って事?)


 (おはよ。正夢になるなら、夕方薄暗くなってからって事になるね。)


 (出動妨害ってどんな?あの消防署の前って広いよね?)


 (そこがよく分からなかったんだよ。車が停められてたのか、中に突っ込んじゃったのか……。出動が遅れたって事が分かっただけだからさ。)


 (また誰にも知らせようが無い訳ね……。)


 (燃えちゃったお宅には気の毒だけど、何処どこの家かも分からないし、どうにもならないよ。)


 (そうだよね……。)



第八話


 みらいだいら駅から東に広がる住宅地陽光台。その一角。

 他県ナンバーの車が1台。ゆっくり走っている。


 日が暮れ始め、その車は人気の無い古い一軒家の前で止まった。


 助手席からガソリン携行缶けいこうかんとガストーチを取り出し、男は家の横に入っていくと直ぐにガソリンの臭いがしてきた。

 家の周りにガソリンをいているらしい。


 ガストーチで火を点けると、トーチは建物の木材剥き出し部分に向けて立てて置く。


 間も無くして火の手が上がる。男は車に乗って去っていった。


 

 陽光台消防署。緊急車両2台が出入り出来る幅の間口まぐちふさぐ様に車が停まる。

 車から急いで出て、走り去る男の姿。


 そこへ署内に連絡が入り、緊急出動指令。建物の赤い警告灯が回り、署員にアナウンスが始まった。


 黒い煙が立ち上るのが消防署前から見えてくる。


 署員が、停められた車に気付いたのは、ちょうどこの頃。


みらい平駅構内のゴミ箱に、作業用グローブを捨てると、ホームに着いた電車に乗って去っていった。


 消防署前に停められた車は、署内で使用している大型ジャッキで移動するところだ。


 そうこうしている間にも火の手が家を包む。

黒い煙と炎で家の周りが熱くなってきている。


 近所の人達が集まって来た。


 1台目の消防車が到着して、消火準備に入ったのは既にPM6:00近かった。パトカーも周囲の道路規制を始めている。


 騒ぎを聞きつけ、雪村は自転車で陽光台消防署の近くに来た。

凛にLINEする雪村。


(騒ぎが広がって来たから、消防署近くに来てみた。犯人らしき男が消防署の前に車を放置して立ち去ったらしいよ。)


(薄暗くなってるのは夕方だったからなんだ。)


(放火犯は直ぐ見つかるんじゃないかな。じゃ、これで帰るね。)


(うちの周りにまで焦げ臭い臭いがするわ……。じゃ、29日の結果で。)


(その後の8月は色々重なってる。どうにも出来ないのが歯痒いと言うか、悔しいと言うか……。29日はバイト休みで部屋にいるから、凛のバイトがなければ来るといいよ。じゃまたね。)



2035年7月23日。小笠原諸島の南に台風が発生。ニュースや天気予報では今後の台風の進路を頻繁ひんぱんに伝えていた。


ギリギリかすめて北上するか、最悪上陸する予報となっている。


発生時に930ヘクトパスカルという大きな台風で、間違いなく暴風域が関東地方に掛かってくる。


気象予報士は口を揃えて、直撃に備えてだとか、浸水対策を呼びかけている。


2035年7月28日。千葉県館山沖に暴風域が迫って来て、上陸はほぼ確定。

TVニュースは、上陸被害の予測に報道内容がシフトし伝える様になった。


ここみらい平でも、夜になって風が強くなり、目抜き通りに植樹されたフェニックスが大きく揺らいでいる。


(雪村、起きてる?)


(うん、まだ寝てない。つか、窓の隙間すきまがビュービュー音立ててうるさい。)


(完全に通過するね。外の風の音が凄いね。)


(天気予報だと夜中にこの辺直撃……。雨漏りしそうなアパートだから心配……。)



第九話


 雪村と凛のLINEの間に強くなって降り続いた雨は、地元陽光台の南西を流れる小貝川や、その上流の鬼怒川きぬがわおびやかしていた。


 未明を過ぎても勢いは変わらず、明け方には土浦市に台風の目が通過した。


 鬼怒川や小貝川の水カサは増すばかり。小貝川に至っては、既にサイクリングロードにまで水があふれ、決壊は時間の問題だった。河川事務所からは緊急避難警報が発令され、非難する人が続々と高台の公民館や、中学校、高校に集まった。


 明るくなると、遂には小貝川堤防が決壊し、みらい平の南の地域は完全に水没。流された家もかなり出た。


 上空には、レスキューヘリや報道関係のヘリコプターの音が聞こえる。


 その音で目が覚めた雪村と凛。またLINEしていた。


 (おはよ、凛。もう起きた?)


 (うん。かなり前に起きて、家族でニュース見てた。)


 (堤防の決壊では有名な小貝川だし、俺の夢が無くても起こっただろうと思う。)


 (確かに、台風直撃であの雨の量はハンパなかったよね。)


 (雨止んだら来れば?)


 (うん、そうする。じゃまたねー。)


 午後4時になってようやく雨が上がった。

 雪村の部屋に凛が入って来た。


 「堤防決壊で、TVのニュースにもなってる。雪村見てた?」

 

 「スマホのニュースだけ見た。今回はSNSに呟かなかったよ。台風直撃なんだから当たり前だろ、みたいなリツイートばっかじゃ気分悪いから、ニュース見て静観。」


 「私も、家族でTV見てて、いずれは決壊するって話してて。雪村の夢を考えなくても起こった事だろうとか……。」


 雪村は膝を抱えながら言った。

「夢の後で直ぐに知らせたところで誰か対応したのかな?とかって考えると、今まで通り静観してるしかないよね。」


 凛はノートを手にして、8月以降の夢を読んでいた。


 「直近は8月3日。それから7日、13日、20日、22日、29日って6日間有るよ。」


 「全部年が書かれてるでしょ。……多分……全部起こると思う。でも、大した内容じゃないでしょ?」


 夢ノートの8月のラッシュはこう書かれている。


 (3日、みらい平学園高校サッカー部。県大会優勝。7月末の台風の影響で決勝相手校が辞退。実質不戦勝。生徒会が駅に横断幕を張る。)


 (7日、昼。常磐自動車道、守谷市からつくばみらい市に入って直ぐの場所にヘリコプターが不時着に失敗。炎上。道路は下り線が通行止め。)


 (13日、午前中。凛のクラスの友達が家出。凛と一緒に俺の部屋にやって来た。親と大喧嘩おおげんかの末、凛に泣きついたらしい。時間は午前中だが、夏なのに日が低かった。多分朝方?)

 (同じ13日、PM3:00。ぼう有名人が結婚記者会見。噂が有っての結婚にあまり騒がれない。)


 (20日、バイト帰り、凛と待ち合わせて部屋に帰る途中、交通事故を目撃。直ぐに110番する。通報者としてその場で事情聴取じじょうちょうしゅ。)


 (22日、朝から大雨とひどい雷。学校に落ちたのを翌日23日に知る。)


 (29日昼頃?、近所のゴルフ場に雷が落ち、林が燃える騒ぎ。植林した木が燃えて、まるで山火事みたいだった。)

 (同じ29日昼、航空自衛隊の百里基地で訓練機からミサイル落下事故。訓練用のダミーミサイルだったので、建物に穴が空いただけで騒ぎは収まった。)

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