僕は死ねない

沙英

死ねない僕のお話


 僕は死ねない。

 死にたいわけじゃないけれど、どういうわけか僕は死ぬ事が出来ない。僕が僕である前、つまり僕の前世、そこに答えがあった。

 前世の僕は実の親から酷い虐待を受け、挙句の果てにたったの3歳で亡くなったそうだ。死因は餓死。こんな不幸な前世の僕に神様は同情し、そしてチャンスをくれた。「あなたが次にこちらの世界へ来る時は他人からの優しさや愛情であなた自身の心が満たされた時です。どうか来世では慈しみ深い人々に出会い、素敵な暮らしを送れますように。」そう言われて目が覚めると、見慣れない天井、自由に動かせない手足、言葉を発することも出来ず、ただ泣きわめくことしか出来ない僕がいた。これが生まれ変わりというやつだ。両親にとって初めての子供、それはそれは大切に、目一杯の愛を注がれて育った。友人にも恵まれ、やがて愛する人にも出会えた。「幸せ」だった。こうして満たされて死んでゆくのだろう、ずっとそう思っていた。さて、現在の僕に話を戻す。とうとう来月で150歳になってしまう。が、体はすこぶる健康、これまで人間ドックで引っかかったことなんて1度もない。記憶力もバツグン、なんせ生まれた時のことを鮮明に覚えているのだから。車が空を飛ぶ時代になってしまったというのに、ロボットが各家庭に1台ずつあることが当たり前になった時代だというのに、当の僕には全く変化がない。なぜだ。

 心当たりはただひとつ。

 神様は僕に人よりも感受性豊かで繊細で、綺麗な心をくれた。些細な優しさや、思いやりを受け取れるように。日常の小さな出来事に幸せや喜びを感じ取れるように。しかしだ、これは言い換えればどんな感情に対しても過敏に反応してしまう。自分とは関係のないこともまるで自分や自分の大切な人の身に起きているかのように感じ取ってしまう。SNSが急速に発達し、聞きたくも見たくもない情報が心の中を勝手にかき乱す。それでも情報を完全にシャットダウンすることは不可能だ、天気予報を見ようとテレビをつければ毎日のように垂れ流される凄惨な事件や、いじめ、汚職や権利問題のニュース…。あぁ、世の中にはこんなにも穢れた人がいるのか。そう思うたびに僕の優しさや愛情で満たされた心はすり減っていった。

 家族や愛する人のとの別れ、苦しいけど僕に出会えてよかったとそう最後に残してみな旅立った。悲しかったがそこにまぎれもなく愛があった。僕もあの時一緒に死ねれば…。なんて考えているとまたロボットから最新のニュースが流れてくる。現代の人々はおいていかれることを嫌うのだ。最新のニュース、トレンドを知らない奴は恥だ、そういう時代になったからかロボットはこちらが求めずとも様々なニュースを決まった時間に垂れ流す。静寂だった部屋にロボット特有のたどたどしい日本語が流れ始めた、「現在世界の平均寿命は145歳を超えました。これは記録的な数字です。医療の発達のおかげでしょうか…」もしも神様が同情してくれてチャンスを与えてくれたのが僕だけではなかったら?僕と同じようにこんな世界で死ねないならひとがいたら?それとも本当に医療の発達のおかげか?なんて考えていれば、次のニュースが流れる。「速報です。先ほど××県○○市にて通り魔殺人事件が発生しました。犯人は現在逃亡中で…」「次のニュースです。いじめを苦に自殺をしたとみられていた少年の件ですが、通っていた学校側が先ほど会見を開き、はなからいじめなどはなかったと証言しており…」「実の娘を虐待し、死亡させたとして22歳のA氏が逮捕され…」


 …どうやら僕はまだまだ死ねそうにない。 

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僕は死ねない 沙英 @sae_17

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