第3話 小さな子犬


 小学校3年生の良太は、動物が好きです。特に子犬が大好きです。


 良太は犬を連れて近所を散歩する人を見るといつも羨ましく思っていました。


 誕生日やクリスマスのプレゼントに両親に犬が欲しいと何度もねだってみましたが、住んでいるマンションではペットを飼ってはいけないということで両親は犬を買ってくれません。



 いつもは友達と一緒の下校なのですが、今日は珍しく良太一人です。そこの角を曲がると良太のマンションです。曲がり角には一本の電信柱が立っていて、その横がゴミ捨て場になっています。そのゴミ捨て場の脇の方から小さな鳴き声が聞こえてきました。


 そこには、どんぶり型をしたカップ麺の容器が置いてあり、容器の底の方にガーゼを敷かれていて、その上に良太の拳ほどの小さな黒い子犬が乗っていました。


 子犬は、生まれたてのようで目をつむって『ミャー、ミャー』鳴いています。きっとお腹がすいているのでしょう。良太は急いでその容器を持ってマンションの自宅に帰りました。


 今の時間は良太のお母さんはパートに働きに出ているので、家の中には誰もいません。


 流し台の上に子犬の入った容器をいったん置いて、おなかのすいた子犬に飲ませようと冷蔵庫から牛乳を取り出しました。牛乳が冷たいことに気付いた良太は小皿に牛乳を入れてレンジで温めました。良太は皿の中に指を入れて牛乳の温度を確かめます。


――これくらいかな。


 スプーンで牛乳をすくって子犬の鼻先に持っていくと、子犬は目をつむったまま、ぺちゃぺちゃとスプーンの牛乳を飲みます。すぐに一杯目がなくなったので、二杯目を飲ませます。二杯目を飲み終わった子犬はお腹がいっぱいになったようでガーゼの上で小さく丸くなって眠ってしまいました。


 良太は子犬が起きないようにカップ麺の容器を大事に持ち上げて、自分の部屋に運びました。


 部屋の中にちょうどいい大きさの段ボールの空箱があったので、その中に子犬の入ったカップ麺の容器をそっと入れました。子犬はその中で、おとなしく寝ています。安心した良太は箱の蓋を閉めておきました。


 夜になって段ボールの蓋を少し開けて中を見てみると、カップ麺の容器がひっくり返って、小さな子犬が段ボール箱の中であっちへうろうろこっちへうろうろしています。


 そのうち良太が上から覗いているのに気付いた子犬は良太を見上げながら、小さな尻尾をこれでもかと振ります。


 良太は段ボール箱からカップ麺の容器とガーゼを取り出し、代わりに畳んだタオルを段ボール箱の中に入れてやりました。


 両親が寝静まったの見計らい、温めた牛乳を小さな子犬に飲ませてやりました。


 次の日も、同じように良太は子犬の世話をしてやりました。そして、次の日も。良太は小さな子犬にクロと名前をつけました。


 不思議なことに、良太が世話をするクロは一日ごとに小さくなっていきました。最初は良太の拳くらいの大きさだったクロが、今では親指くらいに小さくなってしまいました。


 親指くらいに小さくなったクロが段ボール箱の中で走り回っています。


 クロを飼い始めて2週間ほど経ちました。クロの大きさは今では、小指の先ほどです。


 小学校から帰った良太は、さっそく段ボール箱の中のクロの様子を見ようと自分の部屋に戻りましたがクロの入っているはずの段ボール箱が見当たりません。


 いくら探しても、どこを探しても、家じゅう探しても段ボール箱は見つかりません。


 夕方。パートから帰って来た母親に、自分の部屋にあった段ボール箱を知らないかと尋ねたところ、


「中から変な黒い虫が出てきたから捨てたわよ。出て来た虫を丸めた新聞紙で叩いたら、赤くなっちゃった。何を食べてたのかしらね」



 大人になった良太は、動物が苦手です。特に子犬が苦手です。

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