第2話 赤い花


 むかしむかし、ある国のお城に美しいお姫さまがいました。


 お姫さまのお母さまはお姫さまが幼いころ亡くなっています。お姫さまのお父さまは新しいお妃さまを迎え、そのお妃さまとの間に数年前、男の子が生まれていました。お姫さまは弟にまだ会ったことはありません。



 お姫さまはその弟が生れたころから体調を崩し、今では一人では歩けないほどです。お姫さまの世界はもう自分のお部屋と窓から見える四角い中庭だけでした。


 四角い中庭のまん中には丸い池があり、池の真ん中に立つ石像の女神さまが両手で支えるかめの中から水が流れ落ちていました。


 池の周りには花壇が四つ。四つの花壇の花は春、夏、秋、冬、四つの季節ごとに赤、黄、青、白と色を変えていきます。


 今は冬なので窓から見える四つの花壇の花はみんな白い花を咲かせています。その白い花の花壇に囲まれた小さな池に立つ石像の女神さまは北風にさらされとても寒そうです。


――女神さま、寒そうでかわいそう。


「ケホ、ケホ。ケホ、ケホ」


 お姫さまが咳をすると、口に当てたハンカチに赤い血が付いていました。


――もう一度、赤い花が見たかった。


 お姫さまのほおに涙がひとしずく落ちました。


 


「ケホ、ケホ。ケホ、ケホ」


 次の日もお姫さまが咳をすると、口に当てたハンカチに赤い血が付いていました。赤い血は昨日よりももっと多くなっていました。


――もう一度、赤い花が見たかった。


 お姫さまのほおに涙がふたしずく落ちました。


 


「ケホ、ケホ。ケホ、ケホ」


 その次の日もお姫さまが咳をすると、口に当てたハンカチに赤い血が付いていました。赤い血は昨日よりももっともっと多くなっていました。窓から見える石像の女神さまは寒さのためにつららが垂れ下がっています。


――もう一度、赤い花が見たかった。女神さま、わたしの願いをかなえてください。


『おひめさま、わたしはお庭のお池の中に立つ石でできた女神です。

 お池の中は寒くて寒くてこごえそうです。

 お姫さまの着ている暖かそうなガウンをわたしに着せてくださいな。

 ガウンを着せてくれれば、お庭の花壇の花を赤くしてあげましょう』


 お姫さまは四角いお庭に生まれて初めて自分の足で出ることができました。お部屋から庭に出る扉は普段は鍵がかかっていたのですが、今日は鍵がかかっていませんでした。


 


 冷たい北風の中、お姫さまは自分の着ているガウンを脱いで凍えるような水の張った丸い池の中に素足で入って行きました。


 池は少しずつ深くなり、お姫さまが腰まで冷たい水に浸かってしまいました。お姫さまはそれでも手にしたガウン離さず、なんとか石像の女神さまの前に立ち、女神さまに手にしたガウンを着せてあげました。


 女神さまの持つかめから流れ出る冷たい水がお姫さまの着ている赤い寝間着にかかります。


 不思議なことにお姫さまはもう寒くはありませんでした。



 次の日の朝、四角い庭の四つの花壇のなかで、一つだけ花の色が赤くなった花壇がありました。



[あとがき]

どこかで聞いたようなお話でした。

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