7話 絆


「俺たちのパーティー【深紅の絆】はな、元々【栄光の賛歌】っていうパーティー名で、メンバーは五人だったんだ……」


 話は、ガムランのこの一言から始まった。


「以前は黒魔導士のジンと、戦士のエリックってのがいてな。はっきり言って、この二人が俺たちの攻守の要といってよかった。俺たちは、あいつらに引っ張られるようにしてC級パーティーまで駆け上がった。一度の失敗もなく、順調そのものだった……」


「……」


 なるほど、C級までいっていたのか。粗さはあったが、G級パーティーにしては結構手慣れてたしな。


「あのが起きるまでは……」


「……忌まわしい事件?」


「そうだ。思い返したくもねえがな……」


 ガムランが露骨に顔をしかめる。おそらくここからが話の核心部分なんだろう。


「ガムランさん、そこからは僕が話しますよ」


「い、いや、ワドル、これくらいかまわねえって」


「ガムランさんはリーダー同様、彼らと親しかったですし、僕は最後に入りましたからね。その分ダメージは少ないんです」


「じゃ、じゃあ頼むぜ。この話をすると気分が重たくなるからよ……」


「はい。ではモンドさん、続きは僕からお話しします」


「あ、あぁ……」


 語り主がガムランからワドルに変更された。どうやらかなり重い内容みたいだな……。


「僕たちは半年かけてC級の依頼を三つ攻略して、いよいよパーティーのB級昇格が見えてきた頃でした。カイゼル渓谷という場所でアビスゴーレムを討伐中、イレギュラーが起きてしまったんです……」


「討伐中にイレギュラーとは、タイミングが悪いにもほどがあるな。一体何が起きたんだ?」


「背後にモンスターが発生したんです。それがなんと、レッドドラゴンでして……」


「レ、レッドドラゴンだって……!?」


 レッドドラゴンはS級パーティーの討伐対象なわけで、そんなのが出て来るなんてイレギュラーすぎるな……。


「左右が切り立った崖、前にはゴーレム系で特にタフで知られるアビスゴーレム、後ろにはドラゴン系で最も火力の高いといわれるレッドドラゴンという過酷すぎる状況の中、戦士のエリックさんが声高に叫んだんです。自分が囮になるから、早くゴーレムを倒すようにと」


「……」


 レッドドラゴンのファイヤーブレスは、食らったら骨どころか灰すら残らないといわれる。そんな化け物を相手にして囮になるなんて、死を覚悟しないとできないことだ。


「エリックさんは普段からひょうきんなことを言って、みんなを笑わせてくれるムードメーカー的な存在でして、遊び人になったほうがいいなんてよくからかわれてましたが、このときばかりは違っていましてね。僕たちを懸命に守ろうとする勇敢な戦士そのものだったんです……」


 確かに勇敢な男だ。戦士とはいえ、相手がレッドドラゴンなら逃げ惑ってもおかしくない状況だからな。


「僕たちは必死にゴーレムを倒したんですが、直後にエリックさんはレッドドラゴンの突進を食らい、僕の回復魔法も及ばないほどの瀕死の重傷を負ってしまいました。それをなんとか助けようと、特に彼と仲が良かった黒魔導士のジンさんが肩を貸して逃げ始めたんです」


「それじゃ、逃げられないだろうな……」


「モンドさんの言う通りです。僕たちは補助魔法をかけて全力で走ったんですが、レッドドラゴンの執拗な追跡から逃れられるわけもなく、気付けばすぐ後ろまで迫ってきていました。そんな中、エリックさんがジンさんを突き飛ばし、後方に走ったんです」


「ま、まさか……」


「エリックさんは、自分はもう助からないとこぼしていたので死ぬつもりだったんでしょう。ジンさんは追いかけようとして、それを僕たちが力尽くで止めたんです。エリックを見殺しにするつもりかというジンさんの叫び声と、その直後にエリックさんに放たれたファイヤーブレスが、今でも脳裏に焼き付いてます……」


「……」


 話を聞くだけでも衝撃的だったし、俺もその場にいたら一生忘れられないだろう。


「それからジンさんは酒に溺れるようになり、ギルドで何度も喧嘩沙汰を起こすようになりました。そのペナルティによって、僕たちのパーティーはどんどん降格していったんですが、それでもリーダーは彼を追放することはしませんでした」


「追放しないのは、エリックを死なせてしまったことの負い目かな……」


「新参の僕ですら引き摺ってるくらいですし、それもあるでしょうね。いよいよF級まで降格してしまいましたが、リーダーは動きませんでした。これ以上、大切な仲間を失いたくはなかったんでしょう……」


「それで、最後の最後に追放を……?」


「いえ、F級に降格してからしばらくして、ジンさんは自らパーティーを脱退し、そのあとは行方不明になってしまいました。リーダーは、今でも待ってるんです。彼が戻ってくるのを。だから、ほかの黒魔導士を正式なメンバーにしたら、帰る場所がなくなってしまうんじゃないかって、それを危惧してるみたいで、あのときのことを忘れないようにと、【深紅の絆】というパーティー名に変更を……」


「なるほどな……」


 よくわかった。グロリアがどれだけ仲間との絆を重んじているか。


「――ジン……貴様、いい加減戻ってこい……私は待ちくたびれたぞ……」


「……」


 グロリアが起きたと思ったら、ただの寝言のようだった。


「グロリアもよ、多分わかってるんだと思うぜ。あいつが……ジンが帰ってくることはもうないって……」


 ガムランが絞り出すように声を発する。


「僕もそう思います。今回、臨時メンバーとはいえ、黒魔導士のモンドさんを受け入れたのも、気持ちに整理がつきはじめている証拠でしょうしね」


「なるほど……」


「だから、モンド。今回、どうなるかはまだわかんねえけど、もしまた依頼を一緒にやることがあったら……そのときは、俺たち【深紅の絆】パーティーの正式な一員になってくれ。もちろん、無理強いするつもりはねえからよ」


「モンドさん、僕からもお願いします」


「気持ちは嬉しいけど、まだ先のことはわからないし、それにリーダーの許可も……」


「――モ、モンド、貴様っ、私の手から逃れようなどと、そうはいかんぞ……!?」


「「「……」」」


 グロリアの寝言がまた聞こえてきて、俺たちは呆れたような笑顔を見合わせた。


 ジンが帰って来る可能性だってまだあるだろうし、簡単に決められるわけもないが、俺にとっても居心地のいいパーティーだから、また一緒になる機会があったらそういう選択肢もありなのかもな……。

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