第三章、黄昏を征く者
十、陽と影
シュラと新芽の久方ぶりの再会に水を差すわけにはいかないと、ソルとアリアは別れの挨拶もそこそこに彼らの惑星から箱庭へ帰還した。
今回の遠征は今までの中でも短期間で成功したこともあり、こちらも久方ぶりの休息を満喫することが出来ると喜色ばんだ笑みで箱庭への扉を開いたソルを待ち受けていたのは、視線だけで人を殺せると定評のある眼光の持ち主にして、アリアの父――ルーシェルであった。
「ヒッ……! ルーシェル様、どうしてここに」
「何だ? 俺がここに居て何か不都合でもあるのか?」
「い、いえ、滅相もありません」
疲労なんてどこ吹く風。
恐怖がどっと押し寄せて顔色を青くしているソルの背中からアリアが姿を見せる。
「お父様? 天界で何かあったのですか?」
「いや。お前たちが上手くやっているのか気になってな。少し様子を見に来ただけだ」
娘の顔を見たことによって幾分か柔らかくなったルーシェルの表情に、ソルがほっと胸を撫で下ろす。
そして、金と銀が合わせ鏡のように並び立つ姿を横目に、ソルは聖剣を聖水が湧き出でる泉の中にそっと突き入れた。
アマテラスが『いきかえる~』と酒場で酒を煽る中年男性のようなセリフを零しながら泉の中に姿を見せる。
それに気が付いたルーシェルが興味深そうな表情でソルとアマテラスとを交互に見比べた。
「アマテラスを起こすことに成功したのか」
「はい。ですが、ほとんど荒療治だったので、ツクヨミを起こすまでには至りませんでした」
「この短期間で召喚したことを思えば、上々だろう。小僧の器で片割れを使いこなすとは、余程性質が近いようだな」
「性質、ですか?」
アリアの問いに、ルーシェルがソルの手首を徐に掴み上げた。
「小僧の身体に、焔と雷の二つの魔力が流れていることは知っているな?」
「ええ」
「焔と雷はどちらも陽の気を表す。アマテラスは陽の魔力を具現化した精霊だ。加えて、男も陽の気質が備わっていることから、小僧とアマテラスの性質は限りなく近く、呼応しやすいのだろう」
ぺちぺちとソルの腕を叩きながらアリアに説明を終えたルーシェルは、今度はそのアリアの手を厳かに掴み、聖剣のもう一対である影刀ツクヨミに触れさせた。
「では、こちらのツクヨミの性質が何か分かるか?」
「……も、」
「黙示録に問うことは禁ずる」
「うっ」
近頃のアリアは黙示録の使い方を間違えているのではないか。
天界で議題に上がることの増えた題目を思い出し、ルーシェルは娘の言を咎めた。
己で考え、それをまた黙示録に示すことも大切な業務の一環である。
うーん、と首を捻ったアリアだったが、すぐに陽の対となるものが何か思い出した様子で、嬉しそうに破顔した。
「陰の気ではないですか?」
「正解だ。では、何故ソルにツクヨミが起こせなかったのだと思う」
これには、ソルも睫毛を震わせた。
あのとき、アマテラスははっきりと言ったのだ。
『つーちゃんと一緒はダメだからね』
アレはどういう意味だったのか、とずっと気になっていた。
あのタイミングでは追及する間もなく、戦闘に移行する他なかった。
けれど、冷静になった今なら分かる。
聖剣の保持者であるとソルのことを認めているのであれば、それに宿る精霊もまたソルの言うことを聞くはずなのだ。
いくら魔力が未熟であるとはいえ、保持者であるソルの言うことを聞かない、なんてことが起こり得るはずもない。
「……剣が二振りあるということは、持ち主も二人?」
アリアがぼそりと呟いた言葉に、ソルはルーシェルの目を真っ直ぐに見つめた。
彼はただ真っ直ぐにソルを見つめており、彫刻のように作り物めいた美しさの中で獰猛な光を宿す眼だけが猛る炎のごとく揺れている。
「僕が聖剣の力を最大限に引き出せないのは、僕『だけ』が主ではないから――ですか?」
明けの明星がきらきらと瞬いた。
「二人の言を一つにして、正解と言ったところか」
「つまり、陽刀アマテラスの主がソルで、影刀ツクヨミの主は私?」
「惜しいな」
「でも、先程ルーシェル様は、アマテラスの性質は僕に近いと言っていました。それならば、アマテラスは僕が持った方が良いのでは?」
雛鳥が戯れるように二人はルーシェルに質問を繰り返す。
その様子は、かつて自分たちが育てていたはじまりの人間であるアダムとイヴを彷彿とさせた。
堪えきれないと言わんばかりに喉を逸らして笑ったルーシェルは、乱暴な手付きで眼前の二人の髪を掻き乱した。
「同じ気を持つ者がそれを持ったとしても能力に差異はない。我らの神々は互いに補い合う関係こそが美しいものだと語られた。であれば、答えは分かりきっているだろう?」
そう言いながら、アリアの手にアマテラスを、そしてソルの手にはツクヨミを握らせたルーシェルが満足そうに微笑んだ。
「万物は皆、互いに補い合う関係性を持っている。お前たちも然り。ソルが持たぬものはアリアが。アリアが持たぬものをソルが。そうして補い合ってこそ、聖剣の力を引き出せるというものだ」
柄を強く握ってみろ、とルーシェルに促されて、ソルとアリアはそれにおとなしく従った。
身体に流れる魔力が手首を通って、指先に集中していくのが分かる。
まるで、身体の一部になったかのようにピッタリと吸い付く手触りに、アリアがほう、と溜め息を零した。
「私は殺生を禁じられた身です。それ故に剣を振るうという行為自体が頭から抜け落ちていました」
実際、何度か剣を持った経験はあるものの、アリアがそれを振るうといったことはなかった。
そうなるより前にソルが彼女を手助けに来ることもあったし、そうでなければ黙示録や水鏡の力を用いて、難を逃れてきたのである。
「羽休めのついでに、精霊と対話をするといい。獣の監視も大切だが、互いを知ってこそ、より威力を発揮できるはずだ」
それには、ソルとアリアのことも含まれていたのだろう。
あとになって、ソルはこのときのルーシェルの言葉に深い感謝の念を抱いた。
そうでなければ、きっと。
獣を操る獣に、打ち勝つことが出来なかったから。
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