第9話 セカンド

 南門に近づくにつれ、耳を打つ銃声の音量が上がっていく。金属と火薬が織りなす不協和音が無遠慮に鼓膜を叩き、脳までも揺らすように頭痛をもたらす。伏龍組拠点の廊下を駆け抜けつつ、純姫は軽くこめかみを押さえて呟いた。

「全く……あいつら、制音器サプレッサーくらいつけられないのか……」

「おおかた、警察には俺らが話通すと思ってンだろ。一応社長には出撃するって連絡入れたけどよ……」

「わぁ霧矢まっじめー!」

「テメェがやんねぇからだろ!!」

 背中から斧を引っ張り出しつつ無邪気に笑う紅羽。そんな彼女を怒鳴りつけ、霧矢は軽く前方に跳んで純姫と並走する。

「……つか、そこはしゃあねェだろ。サプレッサー付けれる銃ってそんな多くないって社長が言ってたぜ?」

「そこは案ずるな。皇会内部にしか流さない、改造銃だから……っと、止まれ!」

 鶴のいななきのような鋭い声に、霧矢は足を止めた。一拍遅れて紅羽も止まろうとして、つんのめりながらも着地する。腰の刀に手をかけ、純姫は切れ長の瞳を警戒するように細めた。

「……紅羽、獣の操り手は確実に付近にいるだろう。お前はそいつを撃破しに向かってくれ」

「っ!」

「……は? 単独行動か? 本当にいいのかよ? 紅羽だぞ?」

「むっ! 失礼なぁ!」

 両手を腰に当て、紅羽は盛大に唇を尖らせた。光のない瞳が不機嫌そうに細められる。彼女は斧を持っていない方の手で薄っぺらい胸を叩き、言い放った。

「あたしだってこの位できるよ。多分! ……それに、今回の件は余計な手出しされたくないし。あの誰だっけ……山本くん? あいつはあたしの獲物だから!」

「……葬仇院そうきゅういんだな」

「誰だよ山本って」

 二人の言葉は軽くスルーし、紅羽はバトンか何かのように斧を指先で回した。標的を定めるようにそれを構えると、空いた片手で敬礼する。

「というわけで! 白銀紅羽! 出撃します!」

「お、おい! ……ケッ、行きやがった」

 霧矢の制止も聞かず、勘だけでさっさと行ってしまう紅羽。肩をすくめ、霧矢は三白眼で純姫を見上げる。

「……私たちは正面から行くぞ。側面背面は他の構成員が包囲しているはずだ。首領級は落としたい者も多いだろうから、私が引き寄せに回って他の構成員に撃破させた方が楽だ。……流石にを使うような事態にはならないだろうが、そこも織り込んで」

「まァな。つか切り込むの好きだよな、お前」

「それとこれとは別だ。霧矢、お前はどうする?」

「……盤面見て、テキトーに遊撃やっとくわ。初期配置は側面で」

「わかった。……頼んだぞ」

「おう」

 最低限の作戦確認を挟み、霧矢は陣の裏側を動き出す。それを横目で確認しながら、純姫は堂々と陣の中に躍り出た。打刀を抜き放ち、将軍のように声を上げる。

「――伏龍組組長、皇純姫はここにいる! 命が惜しくない奴からかかってこい!」


 ◇◇◇


 神経を研ぎ澄ます。血と硝煙の匂いに混じった、特定の人物の雰囲気を追いかける。獲物を探す肉食獣のように、紅と黒の少女が夜空の下を疾駆していた。捻じれたポニーテールが勢いよくなびいている。

(こっちな気がする! ……よかったよ、わかりやすい空気出してて!)

 その八割以上は勘と嗅覚だ。人間のくせに無駄に優れた嗅覚を生かし、彼女は迷いなく掻けていく。そして、その鼓膜を獣の唸り声が叩いた。反射的に爪先で方向転換し、斧の刃先保護カバーを外す。

「みつけたぁ!!」

 うずくまっている人影に向け、外したばかりのカバーを投げつける。そのままアスファルト上で立ち止まり、西門側の壁際に座り込む少年をズビシッと指さした。

「えっと……誰だっけ!」

「誰だっけ、じゃねえええ! ……そ、葬仇院そうきゅういん夢斬むざんなりッ!」

「あっそ! とりあえず君は私が倒す! 異論は認めないよ! ……異論って何だろう?」

 自分でも何を言っているのかわからない様子の紅羽。そんなことは関係ないとばかりに頭を振り、即座に踏み込む。一般人離れした脚力で少年に肉薄するが、傍に控えていた豹が二人の間に躍り出た。反射的に飛び退った紅羽は、まずその前足に狙いを定めて飛び出す。斧の刃先が風切り音と共に獣の前足に迫り――すんでのところで間合いからその姿が消えた。

「っ、上!」

 特に意味なく口に出し、紅羽は軽く跳び退った。その身を引き裂くはずだった爪が空を切る。獣が体勢を立て直す前に、後方に回って勢いよく斧を振りかぶる。そこに何の前触れもなく、少年の甲高い声が響いた。

聖霊堕天魔獣リベレイテッド・ビースト――セカンド!」

「っ!?」

 ――背後にまた別の気配が影を落とした。全神経に電撃が走るような感覚に、紅羽は思わず立ちすくむ。脳裏に響く警鐘を無理やり振り切って、眼前の獣に斬りかかり――しかし、彼女の背を研ぎ澄まされた爪が切り裂いた。


「っ、だぁっ!?」

 思わず膝をつき、紅羽は荒い息を吐き出した。引き裂かれた背中が熱を持ち、爆発的な痛覚信号をとめどなく送り続ける。頭が上手く回らない。視界すらもちかちかと明滅するようだ。

 突如出現したが、紅羽の背後で唸り声を発する。裂かれたブラウスの背から赤々とした血が流れ、夜のアスファルトに落ちた。苦痛と嫌悪感を隠そうともしない紅羽を眺め、痛々しい少年は彼女を見下して嘲笑う。

「くっ……くははははっ! これは我を散々に侮辱した罰である! 我と同等程度には強大であるはずの天賦ギフトすら使おうとせず、舐めプをキメやがった罰であるっ! 痛かろう? 苦しかろう? そのまま恐れおののけ、首を垂れて命乞いをするがよいのだぁっ!」

 痛々しい少年の声も最早、半分も耳に入らない。爆発的な痛覚が思考回路を侵食して、元々ない頭が余計に働かなくて。それでも彼女は両脚に無理に力を込めた。何度か倒れかけながらも立ち上がり、獣の挟撃から逃れるように跳び退る。

「……こうなったら、やるしかない……よねッ!」

 斧を雑に構え、同時に襲い掛かる獣の攻撃をいなす。身を捻って片方の爪撃を避け、カウンターでその胴に斬撃を喰らわせた。ついでに蹴りを入れて距離を取り、彼女は前方に向けて手を伸ばす。軽く咳き込んだのち、光のない瞳をカッと見開いた。

「――おいで! レッドカードくんっ!」

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