第3話 “奴” 絡み

「ただいま。……しかし困っ」

「社長社長しゃちょー!!」

 オフィスに戻った唯が最初に見たのは、子供のように両手を振り回す紅羽の姿だった。ねじれた黒髪のポニーテールが左右に揺れまくる。いつすっ転んでもおかしくなさそうな姿を、雛乃が羽交い締めして押しとどめていた。

「こら! 暴れんなっス! 子供かーっ!!」

「17歳は子供だもんっ!」

「ふざけんな! 17歳は子供じゃねえっス!」

「どっちでもいいわよ……」

 弱冠15歳の社長の前で、一体何を言い争っているのか。半目で二人を眺める唯に、雛乃は紅羽の脇腹を叩きながら叫んだ。それこそ干した布団を叩くのと同じノリである。

「この人が! 皇会の抗争に! 自分が行くって言ってきかないんス!」

「いーじゃん! 行ったっていーじゃん!」

「ダメっス! アンタのことっスから、皇会の構成員の方喰いかねないっしょ!」

「ひどいなー! 砂肝会の人が美味しいとは限らないじゃん!」

「美味しそうだったら喰うって言ってるみたいなもんっしょソレ! つか砂肝会じゃねーっス! 皇会っスよ! す・め・ら・ぎ・か・い!」

「……はぁ……」

 非常にやかましい。そのうえ、くだらない。思わず額を押さえ、唯は深々と溜め息を吐いた。紅羽は周囲のIQを下げる天賦ギフトでも隠し持っているのではないのか、と疑いたくなるほどだ。というか、そんなコントに付き合っていられるほど唯も暇ではない。軽く手を叩き、会話をぶった切る。

「二人とも、不毛な言い争いはその辺で終わらせなさい。紅羽は皇会の名前をちゃんと覚えること。……まずは相手方の情報を一通り見て決めるから、二人は適当に遊んでなさい」

「りょっス……ウチ今度こそ音ゲするんすから、邪魔しないでくださいね紅羽サン。今日でランキングイベ終わるんすよマジで。ほんと何で邪魔するんスか……」

「はーい」

 やれやれ、と肩をすくめ、雛乃は改めてデスクに腰を下ろした。ヘッドフォンを装着し、スマートフォンを起動する。その隣のデスクに大人しく座り、紅羽がジャーキーをかじり始めた。それらを見届けると、唯は社長用デスクに腰かける。純姫から受け取った封筒を開き、相手方の戦力に目を通しはじめた。


(……まぁ、平凡な暴力団ね)

 皇会への攻撃を企てているという暴力団……白河組。襲撃に参加する可能性のある構成員の情報を、一通り頭に入れていく。だが、特筆すべき戦力は見当たらない。

(本来なら皇会……いえ、下部団体の伏龍組だけで充分返り討ちにできるレベル。というか身の程を知ってる普通の暴力団なら、まず皇会に喧嘩売ろうなんて思わないはずよね……純姫も言ってたけど、やっぱりキナ臭い)

 ページをめくる手を速める。犯人探しに逸るように。一通り白河組の面々の情報を頭に入れ……ふと、その手が止まった。


 ――少年の顔写真。弱冠15歳の唯よりも、さらに幼げな顔立ち。染色じみた不自然な銀髪。片目を隠す眼帯と……もう片方の目の下に描かれた、閉じた瞼のような意匠のフェイスペイント。見知ったそれを刺すように見つめ、唯は薄い唇を引き結ぶ。

(……の手の者だと表すペイントね。やっぱりあいつ絡みじゃない……いえ、あいつの手の者だと身分を偽る目的かもしれないわね。過敏になりすぎるのも良くないわ)

 深呼吸をし、早まりかけた心拍を抑えつける。この程度で動揺してはならない。紅茶のカップに口をつけ、少年の情報に目を通す。

(葬仇院そうきゅういん夢斬むざん……? 随分と痛々しい名前ね。偽名かしら? 天賦ギフトは……『暴虐の獣』。紅羽と似た系統みたい……っと、そうね)

 書類に記された情報を見て、唯は立ち上がった。呑気に音ゲに明け暮れている雛乃の背後を通り過ぎ、ジャーキーを貪る紅羽の肩に手を置く。

「んみゅ? ほーひはのどうしたのはひょー社長?」

「せめて食べてから喋りなさいよ……」

「はーい」

 食べかけのジャーキーを口に押し込み、紅羽は光のない瞳で唯を見上げる。対し、唯は尊大に腕を組み、言い放った。

「紅羽、今度の依頼にはアンタを派遣するわ」

「えっ!?」

「はああ!?」

 ――隣で雛乃がヘッドフォンをもぎ取り、絶叫を上げた。宇宙人でも見るかのような視線を送ってくる彼女に、唯は書類を突き付けて語る。

「相手は恐らく生物召喚系の天賦ギフトの使い手。もしかしたら、この依頼は強化につながるかもしれないわ。……まぁ紅羽一人じゃ不安だし、お目付け役を誰か派遣するつもりだけど」

「不安どころじゃねーっスよ社長! いいんスか!? つーかこれ、こんなアホの手に負える案件なんスか!?」

「いろいろ酷くない!?」

「できないようなら最初から打診しないわよ」

 紅羽の叫びはあっさりスルーして、唯はそう言い渡す。しかし、お目付け役は誰に頼もうか。雛乃はやらなさそうだし、千草も雫も真冬もスケジュールが合わない。となると……。


 ◇◇◇


「うぃーす」

 自動ドアが開き、学生服姿の少年がオフィスに足を踏み入れた。着崩されたワイシャツには目立つ汚れこそないが、黒いスラックスの裾辺りは赤く濡れそぼっていた。乱れた黒髪を掻きむしりつつ、少年――夜久霧矢は自分のデスクに乱暴に腰かけた。そんな彼に、唯は一枚の書類を差し出す。


「おかえり、霧矢。これ報告書ね」

「へいへい……」

「それと、明日から四日くらい依頼を入れたいんだけど、構わないかしら?」

「急だなオイ……とりあえずソレよこせ」

 言いつつ、書類を引ったくって目を通す。そこに記された概要を眺め、三白眼気味の目を細める。

「……皇会絡みかよ。相っ変わらず肩入れしてんなァ」

「そういうわけじゃないわよ。放っておいたらこっちにも飛び火しそうってだけ。……で、アンタには紅羽のお目付け役を頼みたいの」

「は? ンなもん千草か雛乃辺りにやらせとけや」

「スケジュールが合わなかったのよ。……本当は別の社員を向かわせたかったんだけど」

 後半の言葉は、霧矢には聞こえないように。が絡む案件に霧矢を向かわせることはできる限り避けたかったけれど……背に腹はかえられない。別の手を打っておくしかないだろう。そんな物思いには気付かずに、霧矢は書類をパラパラと捲る。

「そーかよ……で、暴力団間の抗争か。まぁ悪くねーじゃん。受けるわ」

「……本当、アンタが単純で助かるわ」

「あ? 誰が単純バカだ」

「バカとは言ってないでしょ。わかったらさっさと報告書出してご飯食べて休みなさい。くれぐれも明日に響かないように」

「へいへい……」

 面倒そうに応じ、机上のシャーペンを掴む霧矢。それを見届け、唯は自らのデスクに戻った。

(まずは純姫に連絡しなきゃ。……が霧矢に目をつけたら、この上なくまずいもの)

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