第2話 皇会の若頭
「失礼する」
自動ドアが軽い音を立てて開き、黒い姿が静かに入室する。真っ直ぐな黒髪が空調になびき、戦闘用に改造された羽織袴が緩く揺らめく。その腰に差された打刀の鞘以上に、少女の紫色の瞳が鋭くきらめいていた。
研ぎ澄まされた刀を思わせる威圧感に、雛乃は思わず唾を飲む。明らかに堅気の人間ではない……それ以上にどこか異質な気配が肌を刺す。興味津々らしい紅羽の頭を押さえつけつつ、雛乃は唇を引き結ぶ。そんな二人の視線の先で、MDC社長が一歩進み出た。ゴシックロリィタの裾をつまみ、令嬢のような仕草で一礼する。
「――お待ちしておりました。いらっしゃい、純姫」
◇◇◇
――時は少し遡り。
「すめ……なんて? 誰?」
「はっ……!?」
呑気な紅羽の声に、雛乃は瞳を大きく見開いた。わなわなと震える指先で紅羽を指さし、脊髄から出たような絶叫を叩きつける。
「ちょ、知らないんすか!?」
「知らないけど」
「知らないけど、じゃねーっス! このバカ! アホ! あたおか! たわけ! キチガイ!」
「そこまで言う!?」
「言うっすよ!」
バッ、と盛大に腕を下ろし、雛乃は盛大に言葉を続ける。
「皇会ったら、日本でも有数の暴力団っスよ!? んで、純姫サンはその若頭で、敵対勢力の粛清を担う下部団体『伏龍組』を率いてて……!」
「ふーん」
「興味を持て興味を!!」
額に自分で包帯を巻きつつ、紅羽はすっと目を逸らした。雛乃のこめかみの血管がビキビキと音を立てる。溜め息を吐き、唯はそんな二人の間に割って入った。
「こんな時に揉めるんじゃないわよ。全く……。とにかく、その純姫が今から来るの。今はそれなりに友好的な関係を築けているけど……本当に、失礼のないようにね」
「っス」
「おっけー」
そして、現在に至る。
◇◇◇
「ああ。久しぶりだな、唯。……そうかしこまるな。こっちが居づらい」
「最低限の礼儀ってやつなんだけどね……まあいいわ。おかけになって」
「ああ。では、失礼して」
頷き、少女――皇純姫はオフィスの片隅の応接用ソファに腰を下ろした。鞘ごと刀を抜き、流れるような仕草で隣に立てかける。それを子供のように見つめている少女二人に、彼女はふと目を向けた。切れ長の瞳から威圧するような光が消え、穏やかなそれに切り替わる。
「……彼女たちは? 見ない顔だが」
「社員よ。オフィスにいるのは珍しいけど。それより何か飲む?」
「いや、いい。……用件は手短に済ませるつもりだ」
一度視線を伏せ、純姫は紫色の瞳を唯に向けた。自身もソファに腰を下ろしつつ、唯もマリンブルーの瞳を瞬かせる。促すように頷きかける彼女に、純姫は薄い唇を開いた。
「白河組……皇会の敵対勢力が、近々うちへの襲撃を企てているそうだ」
「無謀なことをする輩もいるものね。で、その情報はどこから?」
「うちの組の者だ。諜報系の
「……そう」
頷き、唯は顎に手を当てて考える仕草を見せる。それを横から眺めつつ、雛乃は盛大に肩をすくめた。気付け、その程度――と吐き捨てようとして、やめる。
「何か裏がありそうね……天下の皇組が、たかだかその程度でうちに助けを求めるとは思えない。罠だとは思わないけど……何か別の目的があるんでしょ?」
「はは……流石は唯。全てお見通しというわけか」
観念したように笑みを吐き出し、純姫は姿勢を正した。切れ長の瞳を少し細め、薄い唇をゆっくりと開く。
「……この抗争のため、先方は別の団体から人を雇ったそうだ」
「別の団体……?」
「ああ。詳細は不明だが……どうもキナ臭いんだ。奴が絡んでいる可能性がある」
「っ!」
――ガラスにひびが入るような幻聴が響いた。唯が息を呑み、純姫の頬に冷や汗が流れる。……奴。それが何者かは不明だが、ただ事ではないことは空気からひしひしと伝わってきた。茶色の瞳を見開く雛乃の首筋に、冷たい汗が流れる。隣に立つ紅羽も、先程から妙に静かだ。
「……あいつが関わっているかもしれないなら、手を打たざるをえないわね」
低い声でそう呟き、唯は静かに顔を上げた。マリンブルーの瞳を瞬かせ、堂々と言い放つ。
「その依頼、受ける方針で進めるわ。スケジュールと希望人数を教えて」
「ああ。……諜報役の話だと、協力者の到着は二日後。仕掛けるのは明後日以降になるだろう、という話だ。その情報自体がブラフである可能性も考えて……急ですまないが、明日の昼頃から四日間のスケジュールで頼む」
「ええ。その辺だったら何人か空きがあるはずよ。……ただ、うちの社員数の問題で、二人くらいしか派遣できないと思う。あと、片付けたらすぐ帰還させてほしいわね。他の依頼との兼ね合いがあるから」
「問題ない。承知した」
頷き、純姫はおもむろに立ち上がった。傍らの刀を取り、改めて腰に差す。同様に立ち上がってスカートの皴を直す唯に、純姫は黒い封筒を差し出した。
「敵方の情報はこの中の書類にまとめてある。社員選定の際の参考にしてほしい」
「わかったわ。ありがとう」
「報酬はそちらの要求に合わせる。……明日の昼頃、改めてこちらに赴こう。では、失礼する」
「ええ。玄関まで見送るわ」
黒い封筒を受け取った唯と、黒髪を翻して歩き出す純姫。二人の少女が玄関へ続く階段へと消えていく。
……それを見送り、雛乃は盛大に息を吐いた。緊張から解放されたように大きく伸びをし、気の抜けたような声を上げる。
「あー……マジ緊張したっスー」
「……」
「……ってか、紅羽サンなんでこんな大人しいんスか。腹減ってんすか?」
「ひどいなー。ちょっと考え事してたの」
「ッ!?」
何気なく放たれた言葉に、雛乃は反射的に飛び退った。その背が棚に叩きつけられ、派手な金属音が響いた。肩で息をしつつ、雛乃は未確認生物でも見るように紅羽を凝視する。
「紅羽サンが……考え事……ッ!?」
「そそそそ」
「へ、変なデストリエル能力者にでもとっ捕まりました……?」
「そんなわけないじゃん」
言い放ち、紅羽はゆっくりと歩き出した。自分のデスクに戻り、例のジャーキーの袋を開ける。その端をかじり取り、呑気に口を開いた。
「……あの辺だったら、あたし、予定空いてた気がするし空いてなかった気もするけど……あの依頼、受けてみよっかな」
「はぁ?」
「レッドカードくんの制御方法、もしかしたら掴めるかもしれないし?」
「んな曖昧な……」
呆れたように腕を組み、雛乃は盛大に溜め息を吐いた。同様に自分のデスクに戻り、さっきまでいじっていたゲーム機を手に取る。
「ウチはやんないっスよ。ただでさえめんどくさい依頼なのに、アンタへのツッコミまでやってられっかっつの。つーかウチそういうの向いてないっスし」
「そっか!」
「そんな満面の笑みで流されるのも癪っスね……ったく。今から音ゲやるんで話しかけないでくださいっスー」
それだけ言い捨てて、雛乃はヘッドフォンを着用する。
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