第107話 おやすみの微笑み。
「奏太くん?」
琴葉に頬を触れられた奏太は、琴葉に同じ事をやり返す。琴葉が良くて奏太が駄目なんてあるはずがない。
「琴葉の体は冷たいな。……心配になるくらい」
「………心配になるのなら、抱きしめてくれてもいんですよ?」
そう言って琴葉は、体をクルリとひっくり返した。近距離にあった顔は反対側を向き、奏太の方に背中を向ける。
(何で後ろ向いたんだ?)
奏太の頭にはそんな考えが浮かんだが、正面で抱き合うよりかは心臓への負担が少なそうなので、正直救われた。
「じゃあそうするか」
「はい、」
小さくこじんまりとした背中に手を伸ばし、奏太は琴葉を抱き寄せた。片方の手を頭の下に持っていき、腕枕のようにする。もう片方の手で琴葉を包み込んで、キツくならないように優しく触れる。
「奏太くんの触れ方は、とても優しいです」
「そうか?」
「私を、女の子を気遣ってくれるのが伝わってきます」
「そりゃ琴葉の事を力づくで掴んだりはしないだろ」
「………した事もないですね」
「まあ、な」
何故だろうか。今になって琴葉と出会った時の事を思い出した。そして自分に聞いてみた。あの時の自分は、琴葉の事を優しく触れられていたのかと。だが、それをすぐに頷ける自信はなかった。
何故なら、琴葉との最初はお互いに寂しい気持ちを体で慰め合ってしまったから。結果としては、これっぽっちも慰められたりはしていない。
だから簡単に頷けなかった。相手の事を想って、優しく接しられていたのかを。
「………奏太くんは最初から最後まで優しかったですよ?なので気にしなくていいんです」
「顔も見てないのに良く俺の考えてる事が分かったな」
雲一つない声色は、奏太の顔を見てすらいないのに自信に溢れていた。まるで心を読んでいるかのように。
「見なくても奏太くんの考えてる事くらい分かりますよ。それくらいお人好しだから」
その声が聞こえると、琴葉の体が奏太の腕の中で動き出した。急に反対を向いた体を再び正面に戻して、目が合う。
顔を見つめ合ったと思えば、琴葉は自然に瞳を閉じた。両手の指先を奏太の腕枕に添えて、幸せそうに表情を崩す。
「私思うんです。肉体的な快感よりも、心理的な快感の方が比べ物にならないくらい心地良いって」
「何だよ。急に生々しいな」
「事実ですから」
コロコロと猫のように愛らしい顔を無防備に晒して、奏太の心を揺さぶった。反射的にモフモフしてしまいそうになる魅力さがあったが、琴葉がまだ話を続けようとしているので、ギリギリで止まる。
「だから、こうして心から想われて抱き寄せられると、比較にならないほど癒されるし、気持ちがいいんです」
琴葉は心の底からリラックスしているのかもしれないが、奏太はそうは行かなかった。プルプルとした唇が動くたびに腕に当たり、抱きしめた片方の腕には琴葉の柔らかな体が密着している。
しばらくすれば琴葉の腕も奏太の体に回ってきて、体のあちこちに琴葉が当たった。伸ばしきった足がぶつかれば、琴葉は「ひゃっ!?」と甘い声を発する。
暗闇の部屋にはその声が甲高く響いて、奏太の頭には何度も流れ込んできた。
「………その両方が同時に来たらどうなるんだろうな、」
「えっ、と?そ、、それは……どうゆう?」
琴葉の実体験を含んだ話は、いつになっても奏太の中から消えようとはしなかった。もちろんそれを試そうとしているわけじゃないし、試したいわけでもない。
ただ今と昔の違いが気になっただけだ。自分は成長出来たのかと。それが気になりすぎて口から溢れてしまったのだ。
まあ奏太も健全な年頃の男子高校生なのに変わりはないので、そういう面では抑えられない物もある。承認欲求が強いわけではないが、昔よりも頼られると考えれば誰でも嬉しく感じるだろう。本当にそれだけだった。
「あっ、ごめん。何でもない!忘れていいから!」
「ででですよね。びっくりしました」
あまりの発言にに呂律が回らなくなった琴葉は、バッと顔を上げて奏太の瞳の奥を見つめた。奏太の心理を物色するかのように真剣な瞳をしている。
普段奏太はそういった発言はしないので、彼女である琴葉からすればリアリティさが増して感じるのかもしれない。もちろん一つになりたいとか、そんなつもりは一切ないのだが、発言を素直に受け止めれば、下心しか感じられないだろう。
なんとか誤解は避けれたが、琴葉はまだ気奏太の発言がに掛かっているらしく、頭を悩ませていた。
「でも、もしそうなったら私は……」
「言わなくていいから!」
ポロッと口から溢れてしまった言葉なのに、琴葉は真剣になって考えている。よほど集中しているのか、奏太の言葉は届かない。
そして、質問の答えが琴葉の口から返ってきた。
「はっ、はじけちゃい…ます」
琴葉のそのセリフが聞こえてから数秒間、奏太は停止した。想像していた答えと違ったというのもあるが、琴葉が尋常じゃないくらいに恥ずかしがっているので、どう反応すれば良いか迷った。
「は?」
迷った挙句、奏太は戸惑いの意味を込めたその言葉を言葉に発する。
「だからはじけちゃいます……!」
「あ、そう……」
微妙な反応で返していれば、琴葉が恥ずかしがりながらもいじけたような顔をするので、可笑しく感じる。これが、暗闇の視界が薄暗い時でなければ、その可愛さと面白さは倍に上がっただろう。
奏太はついに堪えられなくなって、笑みが抑えられなくなった。
「何で笑うんですか!?」
「だって、そんなの物理的に不可能だし」
琴葉からすれば真剣な回答だったらしく、奏太に笑われた事をムスッと顔に表している。
「んっ!信じてませんね!?」
「信じれるわけないだろ」
今にも奏太の体をポコポコと叩いてきそうな勢いではあるが、それも奏太の腕の中に入れば行動に移すことはない。
一時は焦ったものの、変に落ち着きがないのに違和感を覚え、冷静さを取り戻した。
「まあ、気持ちは伝わったよ」
「そうですか……。良かったです」
不貞腐れた返し方だが、奏太に気持ちが伝わった事が分かれば、パァと顔は明るくなる。
「あの、一応言っときますけど、私が別にしたいわけじゃないですからね?」
「分かってる」
「……私がしたがってると誤解されては嫌ですので。私だって女の子なので、、」
しゅん、と気落ちした琴葉を、先程よりも強い力で腕に寄せ、顔を覗き込む。
「でも、奏太くんがどうしてもと言うなら、それは……」
「言わないから。というかしないから。何回か言ったろ?」
「知ってますよ。それくらい優しい人だって」
奏太と瞳を見合えば、琴葉は和らげな優しい笑みを浮かべる。琴葉の場合、奏太が求めたら本気で答えてくれそうなのだから注意しなければいけない。
ニコッと微笑んだ琴葉は、ほんの少し、奏太の近くに体ごと寄せて腕を回す。そして消え入りそうな声で小さく呟いた。
「今は、これだけで十分過ぎるので……」
天使的魅力を目の前で見せつけられながらも、奏太はその気持ちを言葉に出来ず、胸の中で叫ぶ。本当、朝から晩まで心臓に悪い彼女だ。
「奏太くん、明日も楽しみましょうね?」
「おう」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
最後にそう言った琴葉は、そっと静かに眠っていく。可愛らしい寝息を立てたのを見届ければ、奏太も続けて眠りにつくのだった。
【あとがき】
・次回、琴葉が奏太を○○する?
お楽しみに!
まあ正確に言うと、○○するのは次の次くらいです。
まあ予定なので、期待しないでお待ちください!!
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