第108話 風邪と反省

「だるい……」



琴葉と一緒に眠った夜の次の日の朝、重い瞼を開いて体を起こした奏太は、体にだるさを感じた。体全体におもりでもついているのかのように、思った通りに動かない。



 どうしたものかと一歩二歩と歩めば、体はふらついて倒れる。「ドスッ」と鈍い音を立てて床に尻をつけた奏太は、そのまま座り込んだ。



 深い眠りについている琴葉は、大きな物音が鳴っても起きた様子はなかった。そこだけにホッとしつつも、体に異常があるのは間違いなかった。




「そういえば暑いな……」



 昨日の夜からだったか、そんな事を思った気がする。あの時は琴葉に心拍数を上げられて体温が上昇したのだと思ったが、どうやらそれは違った。



 奏太は祭りの後に雨に濡れ、その後は琴葉の体調を崩さないようにする事に尽力をつくしたので、自分自身の体調管理が疎かになっていた。



 その時はお風呂に入ったりドキドキしたりと、体調の悪さが誤魔化されてはいたが、精神的に落ち着いた寝起きの今では、それを誤魔化す物が何もない。



 もしかすると自分は熱があるのかもしれない。そう自覚すると、一気に体が倦怠感を覚えた。自分の額に手を置けば、いつもとは比べ物にならないほどに熱い。



 

(何とか隠さなければ……)



奏太は瞬時にそんな考えが頭に浮かんできた。多分だが、熱があったとしても今日旅行に来た人々は奏太を責めたりはしないだろう。



 それでも、琴葉の初めての経験や皆んなとの予定、それらを奏太一人が崩してしまうと思うと、とてもじゃないが名乗り出る事なんて出来なかった。


 


「んっ、、………奏太くん?」



 とりあえず顔を洗おうと立ち上がれば、上手く動かせない体が小さな物音を立て続けていたようで、琴葉が寝ぼけ眼で奏太の事を視界に入れた。




「起きたか琴葉」

「奏太くんは先に起きてたんですね」

「そうだな」



 顔をぴょこんと出した琴葉は、横に倒していた体を縦にした。寝ている時に帯が緩んだのか、琴葉の着ている浴衣は所々肌を露出しており、あちこちに色香を散らした。




「琴葉、浴衣はだけてる」

「っ!……すみません」



微かに開いた胸元に、真っ白な純白の太腿が、奏太の指摘と共にすぐに直される。相変わらず細々とした肢体に目のやり場に困ったが、きちんと着直せば刺激は収まった。




「………なぁ、もう少し寝ててもいいんだぞ?」

「いきなりですね。でも駄目ですよ。今から寝たら朝食の時間に間に合いませんし」



 時計を指差しながら、琴葉は奏太の提案を断った。奏太は一度水で顔を冷やして落ち着こうと思ったのだが、琴葉がいるとどうしても怪しまれる。



 そのためにもう一度寝てもらおうと思ってたが、あと1時間と少し経てば朝食の時間になるので、二度寝は適切ではない。



 そんな怪しさマックスの提案に違和感を覚えた琴葉は、まだ寝ぼけて四足歩行のような姿勢で奏太の方へと近づいてきた。




「………何だよ」

「いえ、奏太くんの様子がいつもより変だなぁと」

「変じゃないから」



 じっくりと奏太の顔全体を見回した琴葉は、やはり違和感を抱き始めているようで、口に言葉を出しながらも、奏太の体を凝視し続ける。




「何」

「奏太くん、私に何か隠してませんか?」



 ギクリと分かりやすく肩を竦めれば、琴葉は何かあると確信した目つきに変わった。




(バレるの早すぎだろ)



 若干目を細めて散策を始める琴葉からは、何だか恐怖を感じる。




「………何も隠してないから、」

「本当ですか?心なしか普段よりも顔が赤い気もしますが……」

「それは気のせいだから」

「若干唇の色が薄い気もします」



 顔を近づけて、今にも触れそうな距離で感想を述べた。奏太は自分の顔を鏡で見る前にここで立ち止まってしまったので、どんな仕上がりなのか把握は出来ていない。



 奏太は何と答えるべきか迷い、頭の上にハテナを浮かべて首を傾げた。




「どうかしました?」

「………いや、、よくそんなの覚えてるな、と」



 咄嗟に思い浮かんだ言葉はそれだった。これといって気になっていたわけではないが、頭の片隅にはそんな考えがあったらしい。



 奏太の溢した言葉は、琴葉からすれば自分が何で奏太の顔の一部一部を覚えているのか答えなければいけないので、起きたばかりの朝から頬を染めていた。




「そ、それはそうでしょう……。だって私達、ほとんど毎日一緒にいるんですから」

「まあそうだけど」

「それに、奏太くんだって私の顔色とか変わってたらすぐ気づくと思います」

「そりゃ気づくよ」

「なら私も気付きます!」



 うまく丸め込まれたような気分になりながらも、奏太の事を心配して少しずつ距離を近づけてくる琴葉に静止をかける。 




「分かった。言うから」



 奏太が折れる形で事情を説明する事となり、琴葉は耳を傾げた。




「それで、何を隠してるんですか?」

「別に隠してるってほどの事じゃないけど、俺体調悪いかも」



 数秒時間が空けば、琴葉が遅れて反応を示す。




「なるほど。通りで顔が赤いのに唇の血色が悪いわけです」

「そうなのかもな。知らんけど」



 琴葉は奏太からの答えで全て納得いったようで、執拗に状態を尋ねてくる事はなくなった。奏太は、まあ琴葉くらいになら知られても良いだろうという、甘い考えだった。




「拓哉達には内緒にしててくれ、」

「………何故ですか?」

「俺のせいでこの旅行を台無しにしたくない」



 自分がそれを隠していた理由を述べれば、琴葉はどこかしんみりとした顔をした。


 


「台無しになるなんて、誰も思わない気がしますけど」

「そうだとしても、罪悪感が残るんだよ。まあちょっと体がだるいけど我慢出来ないほどじゃないし、」



 奏太だって、琴葉と同じ事を思ったりはした。しかし、体調を崩した事を許してくれたとしても、その後に奏太の事を気を遣って行動に制限をつけたりするはずだ。



 奏太はそれが嫌だった。他でもない琴葉がいるからこそ、全力で楽しませてあげたかった。例え自分を犠牲にしてでも。




「わかりました」

「………ありがと」



 自分の思いを汲み取ってくれた琴葉に感謝をするが、同時になんだかちょっとだけ寂しかった。自分から気にしなくていいとお願いしたのだが、本当に気を遣われないのは複雑な気持ちだった。



 それが面倒な性格なのは分かっている。でも心のどこかでは心配して欲しいと思っていたのかも知らない。




「………何て言うわけないじゃないですか」

「え?」

「奏太くん、ちょっと頭を私の方に寄せてください」



 さっきまでの少し明るい雰囲気とは違い、今回は怒った雰囲気を感じる、真面目な目をしていた。もちろん抵抗する事なく額を琴葉の方へと寄せて、ぶつからない距離で止まる。



 すると琴葉が自分の額にかかった前髪ごと後ろにあげて、奏太の額と琴葉の額で触れ合った。




「ほら熱い。結構熱高いんじゃないですか?」

「測ってないから知らない」

「多分熱かなり高いですよ」



 額で測った後に、今度は手を当てた琴葉は、奏太の体温の高さについて話をした。奏太の体が熱いのではなく、琴葉の体が冷たすぎるのもあるのだと思うが、それでも客観的に触れてみて熱があるのは間違いなさそうだった。




「何してるんだ?」

「七瀬さんと中島さんに連絡するんです」



 熱を感覚で測った琴葉は、奏太の気づかぬ間にスマホを手に取っていた。本当に連絡をするみたいで、画面をスクロールしながら眺めている。




「やめてくれ、俺は琴葉に色々な思い出を作って欲しいんだよ」



 自分自身でも、その言い方はずるいという自覚があった。なにせ琴葉は、自分の事を思われて行動される事に弱い。そういう経験がなかったからこそ、喜びに満ち溢れるのだろう。



 事実奏太は琴葉のためを思っての選択と行動をしているつもりなので、発言に嘘はない。ただ、絶対にそれを押し切って電話する事はないという考えの元、琴葉の行動を否定したのだ。




「………気持ちはとても嬉しいですけど、奏太くんが風邪を引いたのは、私のせいなので、見て見ぬ振りは出来ません」

「琴葉のせい?そんなわけないから…」

「庇おうとしなくていいんです。ちゃんと私のせいだという自覚はあります」



 流石に琴葉も馬鹿じゃないので、そう易々と話は上手く進まない。そして琴葉は、奏太に過保護に管理されているという認識があるようで、自分の意思を貫くようだった。




「………奏太くん、昨日は雨に濡れた後に私の事ばかり考えて行動していたから、自分の事を放ったらかしにしましたね?」

「うん」

「なので奏太くんは風邪を引いたんです。すなわち、自分1人で対処できなかった私が悪いんです」



 そう言われると、言い返す言葉がなかった。だが、奏太が自分の事を考えて行動していれば風邪を引かなかったという保証もないので、琴葉の話には粗がある。



 でも、反論する気にはならなかった。何故なら、それほどまでに琴葉の瞳が奏太の心を思う気持ちで溢れていたから。




「奏太くんが罪悪感を覚えるというなら、私だって同じ罪悪感があります」

「………」

「なら私のする行動は一つだけです」



 それが琴葉の言い分だった。奏太には奏太に非があるように、琴葉にも琴葉の非がある。そう言いたかったのだ。




「じゃあ俺1人で帰るから、琴葉はここに残って……」

「奏太くんが帰るなら私も帰ります」



 良くも悪くも今日が最終日。奏太達が帰るのは夕方になっているので、奏太だけ朝に帰るなら支障はないだろう。



 もし心配をしてくれるのなら夕方にでも様子見に来れるし、問題はない。我ながらに良い考えだと思ったが、琴葉はそれを受け入れる事なく否定した。



 他の案を出そうと口を開けば、琴葉が指を伸ばしてそれを阻止した。




「私は、どんな時も奏太くんと一緒がいいので……、、」



 何故だろう。体温計で測っていないので分からないが、自分自身の体温が大幅に上昇しているのを感じた。









【あとがき】



・前話の○○の答えが分かった方もいらっしゃるでしょう。そうです。その通りです。



まあ思った以上に長くなりそうなので、あと2話後くらいです。早く書けるように頑張るので、応援お願いします!!

 

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