第95話 屋台とキス
「あれ何ですか?」
「りんご飴だな」
「美味しいのですか?」
「人によって感じ方は違うから、食べてみないと分かんないかもな。まぁ、俺的には普通だ」
お面売り場から近くの屋台を回れば、チョコバナナやたこ焼き、ポテトや焼き鳥などの、美味しそうな食べ物がずらりと並んでいた。
それらの付近を通れば、湯気と共に出てくる食欲をそそるような香りが、2人に襲いかかる。その中でも、琴葉はりんご飴という物に興味を持ったようだった。
りんご飴やチョコバナナは、日常生活では滅多に目にしない物なので興味を持ったのだろう。
「買いに行く?」
「行きます」
「決まりだな」
早速購入する物が決まれば、すぐさま列に並ぶ。祭りにしては比較的並んでおらず、前方にも数名しかいなかった。
「奏太くんも買うんですか?」
「折角だし買う」
今晩は祭りに行くという事で、拓哉の祖父母には夜ご飯は用意してもらっていない。その方が旅館側に迷惑もかけないし、琴葉にも色々と食べさせてあげられる。
りんご飴を特別食べたい理由はないが、久しぶりの味を思い出すのも良いだろう。琴葉に一口貰うのも良いが、どうせなら一つ丸々食べきって欲しいのだ。
「買うんですね」
「買わない方が良かったか?」
「いえいえそんな事は。………奏太くんは男の子なんですから、肉を買えばいいと思います」
琴葉の話に少し間があったが、今は気にしなくても良いだろう。琴葉の中で、奏太が男の子という認識なのは気になる所だが、悪い印象を抱かれていないのならまず安心だった。
「肉というか、焼き鳥とかは買うぞ?」
「そうですか」
奏太の言葉を聞いた琴葉は、ホッとした顔を浮かべる。
「……そんなに痩せて見えるか?」
食べる量が増えた事に安心されては、そう心配になってしまう。最近の奏太は筋トレ真っ最中なので、痩せていると言われたら、ちょっとだけショックを受けそうだ。
「痩せているというよりかは、全体的にスラーっとしています。それでいて筋肉はしっかりとついているので、その、、良いと思います」
やけに長々と語ってくれた琴葉は、瞳を左右に揺らす。
「だったら肉を食べるべきなのは琴葉の方だろ」
「太ります」
「琴葉は細すぎるから、もう少しくらい肉づいても問題ないだろ」
琴葉は小柄で細身なので、見ていて心配になる。心配になるとは言っても、栄養失調を疑うレベルではないが、やはりもう少しくらい肉がついても良いと思う。
琴葉も女子なので、自分の体型を維持する努力をしている可能性だってある。それもあってあまりしつこくは言わないが、奏太的には、ほんのりと丸くなってもらう分には全然困らない。
かといって丸くなりすぎるのも良くはないが。
「前にも言いましたけど、奏太くんにご飯を作ってもらってから私ちょっと太ったんです」
「変わってないように見えるけどな」
「それでも太ったのです」
琴葉が体重を気にするようになったのは、言うまでもなく奏太との接点が出来てからだった。人間的にも丸く、温かくなってきた琴葉は、自分を女性としてもちゃんと意識するようになっていた。
奏太と関わる前は、主にコンビニの弁当を食べていたので、寂しさを誤魔化すためにも自分で運動もしていた。
そのおかげで今の細身の体型があるのだが、奏太に出会えたという嬉しさと幸せから、寂しさを紛らすための運動はしなくなっていた。
なので琴葉は数値的に太ったと言っているのだろう。
それでも琴葉は体質的に太りにくいのか、体に肉が付きにくいのか、奏太には変わったようには見えなかった。
「私が肥えても離れませんか?」
「離れるわけないだろ。だから安心して肥えていいぞ」
「ん!優しくしてくれるのは嬉しいですけど、肥えませんから」
琴葉がそう言うのと同時に順番は回ってきた。一度冷静になるために深呼吸をした後に、りんご飴を2つ頼む。
もちろん代金は奏太が支払った。琴葉からは後から代金を受け取るという名目で。こう言わないと納得してくれないので、琴葉に何かを奢るのというのは難しい。
りんご飴を待っている間にソワソワしている琴葉を眺めれば、その美貌のあまり、アイドルなんかと隠れて付き合っているような気分になった。
「結構大きいんですね」
店員から商品を受け取って琴葉に渡せば、想像以上の大きさに驚きの声を出す。
「あそこで食べるか」
「何かこういうのいいですね!」
「テンション上がってるなぁ」
「雰囲気とかが楽しいです!」
座って食べれるような広場があったので、そこに向かった。歩きながらりんご飴を眺める琴葉は、幼さ全開で見ていて微笑ましい。
「ここ砂なんですね」
「しゃがんで食ベるしかないな」
「立ちながら食べるよりはマシですね」
来てみたはいいが、残念な事に砂だった。芝生ならまだ良かったが、贅沢は言ってられない。その広場には他のカップルなんかもおり、皆同じように隣同士になってしゃがんで食べていた。
それを見習って、奏太達も隣り合ってしゃがみ込む。
「じゃあ、さっそくいただいてもいいですか?」
「どうぞいただいてくれ」
「では、いただきます」
琴葉はどうやって食べるのか、りんご飴の全体を数秒眺めた後、小さな口を開いて大きなりんご飴に唇をつけた。
「意外と硬い……?」
「頑張れ………!」
口からりんご飴を離せば、かなり小さな一口が見えた。うさぎを見ている感覚になりながらも、奏太もりんご飴にかぶりつく。
りんご飴は本来切って食べる物らしいが、生憎と切る道具は持ち合わせていない。他にも舐める食べ方もあるそうだが、この量を舐めていればかなりの時間を要するだろう。
食べている最中に前方から視線と囁く声を感じたが、人も大勢いるので自分達ではないだろうと、無視をしながら無言で食べ続ける。
「……奏太くん、こっち向いてください」
「向けばいいのか?」
下を向いてりんご飴をかじっていた自分の顔を、琴葉の方に向ける。
「んっ…」
それは不意打ちだった。瞬きをして前を見てみれば、自分の唇についていたのはりんご飴ではなく、琴葉のりんごのように紅い唇だった。
どのくらいの時間重なったかは分からない。あまりに唐突だったので、時間が経つ事も感じなかった。
「………飴本来の甘さと、りんごの優しい味がします」
りんご飴と見比べたくなるほど赤く染まり始める琴葉の顔は、恥ずかしそうな表情をしながらも、真っ直ぐな瞳をしている。
奏太が瞬きすら忘れて見つめていれば、琴葉はゆっくりと口を小さく開いた。
「女の子は、時に我慢出来なくなるものなのです」
琴葉の言葉を耳にしながらも、奏太は手に持ったりんご飴をかじる。不思議と、さっきよりも味が薄く感じた。
-----あとがき-----
・何か青春って感じではないでしょうか。
飴の甘さと、りんごのフレッシュさというか酸っぱさは、2人の関係を良く表しているのでは?と勝手に思ってます。
まぁ、りんごも充分甘いですが。
次話もお待ちを!
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