第96話 キスのありか
(俺は琴葉に我慢させてたのか、)
今は琴葉の顔を直視できず、ひたすらにりんご飴を眺める。どれだけ飴をかじっても、琴葉の述べたセリフが頭から離れなかった。
琴葉のやりたい事はやらせてあげたいし、辛い経験をした分、幸せになって欲しい。そう思っている手前、我慢させていたと聞くとちょっと自分にがっかりしてしまう。
琴葉の言った言葉にドキドキしたし、鼓動も高まった。ただ、それと同じくらい琴葉のやりたい事を制限してしまったのでは、と疑ってしまうのだ。
「奏太くん………?」
墓穴を掘って顔を赤くしていた琴葉は、未だに顔に熱が昇っているのが分かる。そんな顔で、奏太の事を覗き込んだ。
「嫌でしたか?私とキスするの……」
キスの後、奏太が1人黙っていたからか、琴葉は羞恥心よりも不安の方が大きかったらしい。それもそのはずで、いきなりキスをした相手が急に黙り込んだら流石に不安になる。
琴葉とする事に嫌な物なんてないが、自分の出来の悪さに失望していた。
憂わしげな顔をしている琴葉は、奏太からの返答を待つ事なく、話を続けた。
「………下品な女だと思いましたか?」
琴葉の心には不安さがどんどん広がっていき、心なしか口調も悲し気なオーラを出している。
聞けば聞く程マイナス思考になっているので、辛い過去の事を思い出させてしまうかもしれない。そうなってしまうのなら、割って入ってでも止めるべきだろう。
遅いながらも、奏太はとりあえず自分の事を考えるのは辞めた。
「確かにあんな事もしたので綺麗な体ではないですけど……」
「違うよ琴葉」
それ以上先は言ってはいけなかった。というよりも、それすら言うべきではなかった。それは今までの苦しみや頑張りを否定してしまうから。琴葉が過去に悩まされた意味がなくなるから。
琴葉がそんな悲しい事をまた考えてしまっているのにも関わらず、奏太はまた自分の事だけを考えてしまっていた。
(………我慢させていたかもしれないと考えるより、これからどう幸せにするか、だよな)
哀しさが詰まっているのに真っ赤な琴葉の表情を見れば、不思議とそう思い立った。奏太も人間なので、完璧に何かをこなすのは不可能だ。
琴葉とは考え方も感じ方も違うので、自分の思い通りに進む事なんてあるはずがない。なら、その行動に後悔するよりも、新たな行動に出た方が良いはずだ。
「俺が悪いんだ。琴葉ごめん」
「はい?」
「俺がロマンチストだった」
琴葉の言った通り、奏太はロマンチストだった。タイミングや場所も大切だが、それよりも大切なのは、誰とするかだった。
「場所とかタイミングとか、そういうのばっか考えてた。琴葉が幸せなら、そんなのどうだっていいのに……」
奏太の言葉を聞いた琴葉は、小さく左右に首を振った。
「奏太くん、私は言いましたよ?奏太くんと一緒なら何でもキラキラして見えるって」
「言ってたな」
琴葉はその言葉を何回か奏太に言っていた。奏太は琴葉の心情の変化を表しているだけで、深い意味はないと思っていた。
「奏太くんといる時に嫌な時なんてないです。どれもこれも新鮮で、私には全てが眩しく見えるんです」
隣にしゃがんでいた琴葉は一歩、奏太の近くに寄った。
「近くにいるだけで安心できるし、落ち着くんです」
そっと肩が触れ合えば、奏太はりんご飴を地面に落としてしまう。拾ってみれば、砂がついていて食べられそうにはなかった。
それを見た琴葉は、ちょっとだけ口角を上げて、数回瞬きをした。
「私にはタイミングも場所も、奏太くんの隣なら全てが良い場所、………いえ、幸せな場所だと思うんです」
隣にこじんまりとしゃがむ琴葉の顔を、今度は奏太が覗く。自分に嫌気が差したわけではないと分かったからか、琴葉は憂わしげな表情はしておらず、とろけるような安堵に満ちた顔をしていた。
全てを映すかのような美しい瞳は輝いており、ハイライトが光を表す。
「もしかして奏太くんは、私に我慢をさせてしまった、とか思ってました?」
「おっしゃる通りです」
奏太の心理をズバリ当てた琴葉は、口元をニヤリとさせて、奏太の耳に手を当てた。
手を当てたと思えば、顔も近づけて来る。そして小さく息を吸った後に、言葉を発した。
「………もう私を我慢させる物はないですか?」
吐息混じりなのに透き通る甘い声は、奏太の耳を強く刺激する。片耳だけ赤くなれば、琴葉が嬉しそうな顔をして奏太の目をじっと見つめる。
「今のところはない、、かも」
「あったとしても、奏太くんなら我慢しなくていいって言いそうです」
「言う」
奏太の行動や言動を予想するようになったのか、琴葉はこの瞬間だけで2回当てて見せた。それほど難しい問題でもなかったが、自分の事を理解してくれてる気がして、心がじんわりとあったまる。
「これでも食べて覚悟しておいてください」
「りんご飴?琴葉食べないのか?」
「差し上げます。なので……」
今度は耳ではなく、面と面を合わせる。まるで小悪魔の顔をしている琴葉は、真っ赤だった顔を一段階上の赤さへとランクアップさせる。
「奏太くんが嫌になるほど甘えますね?」
「もう好きにしてくれ」
ここまでくれば、今更奏太には手に負えなかった。どちらにせよ、琴葉から目を離すつもりもないし、これからも一緒にいるつもりだ。
後悔するよりも新しい道を見る事を掲げて、琴葉から貰ったりんご飴を大きくかじった。
味覚的にはさらに味が薄くなっているが、感覚的にはこれまで食べたりんご飴の中で、一番甘く感じた。
-----あとがき-----
・実は琴葉ちゃん、奏太くんに自分のりんご飴を食べて欲しかったんですよね。前話でも、その前触れみたいなのは分かりやすく書いてます。
本当は関接キスで止まるつもりが、奏太くんも買っちゃったので、行動(キス)に動いたというわけですよ。………多分ね。
あとは花火見て、部屋に戻るのか。さてさてどんな部屋割りなのだか。
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