第91話 離れちゃ……やです。

「行こうか」

「行こ」

「琴も行くよー」

「行きます」



 浴衣に着替え終えた拓哉達が戻ってくれば、旅館を後にした。七瀬は琴葉とは違って、明るめのピンク色の浴衣を着ており、拓哉は灰色っぽい浴衣を着ていた。




「祭りがある場所、ここから近いらしいから割と遅くまでいれそうだな」

「遅くまでといっても、せいぜい花火くらいまでだろ」

「確かにな」



 何でもこの祭りはそれなりに大きな祭りのようで、最後には花火もあるらしい。花火は祭りのフィナーレとの事なので、残るとしてもそのあたりまでだろう。



 琴葉には色々と見てもらったり楽しんでもらったりと、意外と時間はかかりそうなので、それくらいがちょうど良かった。




「今年は花火2回目だな……」

「あれ?もう見に行ったのか?」

「あー、まぁ」



 気を抜いて、日菜さんとの遊園地の事をつい漏らしてしまえば、後ろから強く気配を感じた。



 琴葉にはあらぬ心配をかけぬよう、あの日の事はあまり話していないので、奏太の今の発言が気になったのだろう。




「奏太くん、もう花火見に行ってたんですね」

「それは、、、不可抗力というか……」

「むぅ……私は2番目なんですか?」



さらに深く掘ってしまえば、あの日は頬にキスもされた。当然琴葉には話していないし、日菜さんとでさえ、その事については触れていない。



 嫉妬しているのか、琴葉は少しだけ頬を膨らませていた。そしてそこに立ち止まったまま動こうとしなかった。



 拓哉と七瀬はやばいオーラを感じたのか、それとも聞かない方が良いと気を遣ってくれたのか、奏太達と歩いていた時よりも、早足で祭りに向かって行った。




「琴葉が1番だよ、」

「でも花火は2番目です……」

「それはごめん」

「謝っても結果は同じです…」



  かなり憤りを感じているのか、奏太が隣に来ても、頬を膨らませたまま変わらず動こうとしなかった。




「見てくれるって言ったのに、、、嘘つきです」

「ごめんなさい。でもちゃんと見てます」

「………嘘つきな人は、やです」

「ごめんなさい」



 実際、あの時は奏太だって抵抗のしようがなかったので、仕方がないと許してもらいたい。



 しかし、今の奏太には『ごめん』としか言えなかった。




「もう奏太くんなんて知りません!」



 琴葉はぷいっ!とそっぽを向いて、胸の前で腕を組んだ。こうもあからさまに怒った琴葉は初めて見た。



 この旅行では新たな琴葉を多々見る事が出来たが、こればかりは素直に喜べなかった。




「………ごめん。ちょっと頭冷やしたいから1人に……」



 琴葉の隣に立っていた奏太は、文字通り頭を冷やすために水の出る所に向かおうとしたが、横から浴衣の裾を掴まれた。




「嘘です!嘘!……2回目なのはちょっと悲しいですけど、怒ってないですので」

「そっか、気を遣わせたよな。でも、俺が悪いのは事実だし」



 悲しいと思わせてしまった事に変わりはないし、日菜さんとの一件だって、自分の不甲斐なさが原因だ。



 そこに彼女が反応するのは当たり前の事だし、自分に非があるのは分かりきっていた。




「………奏太くんに、、………から、」

「何て?」



 通り過ぎていく人混みの中では、小声で呟く琴葉の言葉は部分的にしか聞こえない。




「奏太くんにもっと見てほしいから、わざと……」

「え?」

「奏太くんにもっと見てほしいから、わざと怒ったふりしたんです!」



 琴葉のその言葉が聞こえた時には、奏太の耳が赤くなった。誰であっても、突然そんな可愛い事を言われたらこうなってしまうだろう。



 それもタイミングがタイミングだ。自分に非を感じている時にそんなセリフを言われては、防ぎようがなかった。



 奏太に自分をもっと見てほしいから、わざと怒ったふりをするなんて、どこでそんな事を覚えたのだろうか。



 怒ったふりでもしないと、日菜さんだけでなく、今後他の人にも1番目を取られてしまうかもしれないから。そう思って行動したのだとしたら、それは天使すぎる。




「だから、その………離れちゃ、やです」



 奏太の顔だけでなく、琴葉の顔も赤く染まり、未だに奏太の裾を引っ張る。恥ずかしさからか、琴葉の瞳は潤んでいた。



 その瞳と目を合わせれば、奏太の心は魅了される。



 悪魔の誘惑とでも言うべきか、小悪魔のような琴葉のその言葉と表情に、奏太は抱きしめる事しか思い浮かばなかった。




「変な事言ってごめんなさい」

「悪いのは俺だから、琴葉は正しい」

「しばらくは、このまま離さないでください//」



  浴衣越しでもはっきりと分かる、琴葉の柔らかい体。嫉妬という今までは大きく抱く事はなかった感情に、少し心配になっている琴葉の顔を抱きしめながら覗く。



 

(体だけでなく、心もしっかりしないとな)



 

 こうして、奏太の心はさらに琴葉へと染まった。








-----あとがき-----


・今日で総投稿話数が100話越えました。ありがとうございます!本編の話も100話に近いので、今後もよろしくお願いします!

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