第92話 手を繋ぐ
「……俺らもそろそろ行くか」
道の途中でお互いに抱きしめ合っていたからか、奏太達は通り過ぎていく人達からの視線を集めた。
「そうですね、のんびりしすぎる訳にもいきませんしね」
「そうだな。それに琴葉の初めての祭りだし、なるべく色々と見たいしな」
「そこは気にしなくてもいいですのに…」
琴葉は左手に巾着を持ち、右手で奏太の浴衣の袖の部分を握っていた。まだ照れが残っているのか、頬はほんのりと赤い。
「気にしない訳にはいかないだろ。そりゃ楽しんで欲しいし」
「奏太くんはやっぱり優しいですね」
「……彼氏なんだし、普通だろ」
奏太は、ここ最近ようやく彼氏としての実感が湧いてきた。琴葉に告白したのは奏太だったが、それでも彼氏だという事を自覚出来ない時だってある。
自覚するためにも、体や心を鍛えねばと、心に火がついた。
「私は嬉しいです。奏太くんが近くにいてくれて……」
「今更離すわけないだろ」
「奏太くんはいつも不器用ながらも優しいです」
「俺は優しくない。これが普通なんだよ」
過去に琴葉のおかれた状況が悪すぎるだけで、奏太は特別な事は何もしていない。近くにいた、ただそれだけだ。
何も知らない人からしたら、『それだけ』と感じるかもしれないが、琴葉にはその『それだけ』が、たまらなく嬉しかった。
「おい見ろ、めっちゃ可愛いぞ」
「あれはレベル違うな」
奏太に向けて笑みを浮かべる琴葉は、立ち止まっているだけで周りの人から噂される。当然その声は奏太の耳にも届いていた。
海では水着姿で人目を集め、祭りでは浴衣で注目を浴びる。彼女がそこまで可愛いと誇らしく思う半分、やはり心配になった。
琴葉は慣れているのか、周りに噂される事に対してあまり戸惑いを見せなかった。
「琴葉、お面買おう」
「お面ですか?」
「そうお面」
「……奏太くんなりの優しさですね」
「自分の彼女が注目を浴びるのは嬉しいけど、何か嫌だ」
もうこれは独占欲でしかなかった。琴葉の可愛らしい表情も、自分だけが見ていたいし、それ以外の人には見せたくはない。
琴葉が奏太に対してどう思っているのかは分からないが、奏太はそう感じていた。
「私だって……」
「何か言ったか?」
「いいえ何もないです!早く行きましょ!」
平然とした様子を見せていた琴葉は、何故か慌ただしくなって前へと進み始めた。
「きゃっ、」
現在は浴衣に合わせて下駄を履いているからか、慣れない感覚に足元をふらつかせ、そのまま足を滑らせた。
「っ、危ない……」
足を滑らせた琴葉が地面と強打する事はなく、ギリギリの所で奏太が抱き寄せた。強く引っ張ったので少々痛かったかもしれないが、転ぶよりはマシだろう。
折角の浴衣を着ているし、昨日の夜みたいに怪我をさせる訳にはいかない。
「琴葉………ちゃんと足元見て」
「す、すみま、、せん……」
奏太の胸で抱きしめられている琴葉は、申し訳なさからなのか、恥ずかしさからなのか、どちらなのか区別のつかない声を出した。
顔は驚いたような顔をしており、ドギマギと手足を少しだけ動かしている。その表情と仕草を見れば、こちらがドキドキした。
「ん、」
「……これは?」
「琴葉がまた転ばないように」
抱き寄せた琴葉を離し、ぴしゃりと真っ直ぐ立たせる。長時間抱き締めては『子供扱いするな』と文句を言われそうなので、割と早い段階で離した。
奏太は琴葉が転ばないように、目の前に手を差し伸べた。伸びた手を見た琴葉は、迷う事なくその手を握ってくれた。
「奏太くんのそういうさりげない所、私好きです」
「琴葉が転ぶから仕方ないな、それに離れないで欲しいんだろ?」
揶揄いを交えてそう言えば、琴葉は声を出さずにコクリと可愛く頷いた。琴葉は羞恥からか、芯から茹っていそうである。
「いじわる」
そんな琴葉の手を握り返して、手を繋ぎながら歩き始めれば、後ろからそんな声が聞こえてきた。
-----あとがき-----
・まだ屋台にもなんにも行ってないのに、2話使っちゃう僕は罪深い……。
奏太くんがどんどんイジワルになって、琴葉ちゃんはどんどん可愛くなる。そんな永久機関の始まりですね。
文字数の少なさと、投稿の遅さはお許しください。
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