第89話 夜景と流れ星
「おー、遅かったなぁー」
「ってあれ!?琴ってば、奏太におんぶしてもらってる?」
琴葉を背に乗せたまま山を登り、そのまま展望台がある場所まで辿り着いた。途中、琴葉は背中から降りると何度か言っていたが、『旅館に戻りたいか?』と聞けば、大人しくなった。
拓哉達はまだ展望台には登らず、その下の広場のような所で待ってくれていた。
「そ、奏太くん!本当に降ろしてください!」
「駄目」
「駄目って何ですか!?」
「いいから!星見るんだろ?」
「………見ます」
奏太達がいる場所にはちょっとした平地があり、そこも絶景スポットなのでわざわざ展望台に登らなくても綺麗な星空は眺められる。
展望台に登るのにはあと数十秒くらいなので、どうせ見るなら良い所から見た方が良いだろう。
「たっくんー、私もおんぶしてー」
「ったく、しゃーねーなー」
「わーい、やったー!」
奏太がおんぶしているのを見たからか、七瀬も拓哉におんぶを要求していた。展望台を登るカップル2人組、どちらもおんぶしているなんてシュールな光景だ。
運の良い事に展望台には誰もおらず、4人だけだった。
「貸し切りだな」
「ラッキーだね」
階段を登り終え、そこから景色を眺める。展望台からは、ひたすらに綺麗な夜景と雲一つない美しい星空が目に映った。
展望台を登り終えたら、琴葉は背中から下ろした。
「星も夜景も、綺麗に見えるぞ。来た甲斐があったな!」
「……です、ね」
琴葉が怪我の事を気負わないように、奏太は明るく接する。あからさまな変化だったので琴葉も奏太の心境に気づいたが、奏太の格好をつけされるためにも、そこには触れなかった。
「……流れ星とか見れないかな」
「あー、でもここ数日は何回か見れたらしいぞ」
「本当!?」
「俺はそう聞いたけど」
拓哉と七瀬のそんな会話を耳にした琴葉は、興味津々の顔を奏太に見せた。
「流れ星、見れるといいな」
奏太は柔らかな口調で琴葉に告げ、手をそっと頭に乗せた。ポンポンと優しく叩けば、真っ赤な唇を尖らせた。
「………親みたいです」
「琴葉が子供みたいだからな」
「むぅ…」
今度は頭を上下に撫でてみる。そうすると、ぷくりと頬を膨らませた。
「私は子供じゃないですよ?」
「知ってる」
「ならいいです!」
琴葉が肉体的に子供ではないのは出会った当初から知っている。なんせ、出会い方が出会い方なのだ。
だが、心を開いてからの純粋さや純情さの方が、今の奏太の心を大きく刺激していた。
「単純だなぁ」
「またバカにしましたね」
「素直な感想だ」
「なら余計タチが悪いです」
その単純さや純粋さが、琴葉の良い所であり悪い所なのだろう。だからこそ、奏太もこうして惹かれたわけだ。
「………それにしても、綺麗な星空…」
奏太との話が終われば、琴葉は前に進んで柵に手を置き、身を突き出した。
「危ないからもう少し下がって」
「お気遣いは凄くありがたいですけど、いくらなんでも落ちませんよ」
「琴葉は足を怪我してるから何があるか分からないだろ」
奏太の言う事も一理あると伝わったのか、琴葉は柵から一歩下がってくれた。油断して落ちるなんて冗談でも笑えないので、琴葉の周りにある危険になりそうな物は極力避けておきたい。
「……流れ星?」
他にも危険になりそうな物がないかを探していれば、1人そう呟く琴葉の声が聞こえた。
「わぁー!流れ星だ!」
「すげぇ!運良すぎだろ!」
一つ、二つ、と次々に暗い星空を流れる星は、七瀬と拓哉のテンションを大きく上げた。琴葉は表情を変えず、ただ立ち尽くして眺めていた。
奏太が琴葉の隣に近づけば、その瞳には鏡のように、流れ星を映していた。
「流れ星に3回お願い事をすれば、それが叶うらしいぞ」
「へ?」
奏太が声を発すれば、琴葉はハッと目を大きく開いた。その後に何度か瞬きを行い、奏太の方に体を向けた。
「本当に叶うんですか?」
「あくまで言い伝えだからな、詳しくは知らん」
「………なら、叶えてもらいます」
「え?」
琴葉はそう言い始めれば、自分の両手で指組みをした。指組みした手を胸の前に持っていき、瞳も閉じた。
綺麗な流れ星をバックに、映画のワンシーンかのような演出で、琴葉は静かに口を開いた。
「…………ずっと一緒にいられますように」
その言葉を3度口にすれば、琴葉は閉じた瞼を上に上げた。ラピスラズリみたいな輝きを出す、海のような瞳は、奏太の事を真っ直ぐに見つめた。
「口に出したら叶わないそうだぞ」
奏太の言葉を聞いた琴葉は、分かりやすく顔を変える。しかし、その後すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「………今だけは、奏太くんが私の流れ星です」
遊園地の時にも聞いた、どこか似たようなセリフがもう一度耳に入り、奏太は不意にドキリとする。
バックの流れ星だけでなく、琴葉の周り自体にもフィルターがかかって見えて、琴葉の顔に浮かぶ表現をより高い物にする。
真っ直ぐに降りた長い銀髪は夜風で靡く。輝きを持つ青の瞳とは対象的な色を表す頬に、ピクピクと揺れるまつ毛。琴葉の感情を表現する大きく開いた口。
それらが揃えば防御のしようがなかった。
「ずっと、、琴葉が離れませんように」
「口に出したら叶わないのでは?」
「………俺は自分で叶えるよ」
ドキリとしながら発する言葉は、なぜか体が震えた。
「あ、ありがとうございます?そうしてください………//」
未だに流れる星に、綺麗な夜景と夜空。今日は今までで1番忘れられない夜になりそうだった。
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