第88話 わがまま
「………重くないですか?」
「軽い軽い」
応急処置を終え、顔に熱が昇っていた琴葉を少しだけ待てば、奏太は琴葉をおぶった。
怪我した足では歩きづらいだろうし、再度怪我をされてもお互いに困るので、奏太がおんぶをした方が良いだろう。
自分の彼女1人くらいは何なく持てる、というのを表す良い機会にもなった。
「私のわがままなので、重かったら遠慮なく降ろしてくださいね」
「降ろさないし、重くないから」
事実、琴葉を背負っても重さは感じない。琴葉を背に乗せて、しゃがんだ状態から起き上がる時には多少重みを感じたが、歩き始めれば問題なかった。
羽のように軽いとは言い過ぎだが、表現的にはそれくらいに軽かった。羽とは反対に、歩くたびに柔らかな弾力が押しつけられている事は、琴葉には黙っておく。
落ちないように手で押さえている太腿は、すべすべでプルンプルンだ。細いのに柔らかく、モチモチとしている。
堪能しすぎると目的が変わってしまうので意識しないようにしているが、手に当たっている以上は簡単には頭から離れない。
「奏太くん、面倒だなって思ってます?」
「は?なんで?」
己の理性と戦いながらおんぶしていれば、耳元付近でそう囁く声が聞こえた。これまで滅多にわがままを言ってこなかった琴葉なので、こうして素直に自分の欲求をぶつけた経験がなかったのだろう。
となれば、当然そのあとの対応なんかも知らないわけで、こちらの様子を窺いたくなる気持ちも分かる。
どんな物事に関しても他者が答えを教えるのは良くないし、だからといって長い時間答えを与えずに放置するわけにもいかない。
奏太は琴葉に『自分がわがままをかけても迷惑しないんだ』そう認識して欲しいからこそ、答えは出さないのだ。
過去に奏太が何度も言ったであろう言葉を、ちょっとだけ変換して話した。
「あのな、わがままを言ったら最後まで貫き通していいんだぞ」
「うぅ………すみません」
「別に責めたわけじゃないけど、」
「だって、わがままも言いたかったんです。でも後から申し訳なさが……」
勢いよく我を通していた琴葉だが、いつもの遠慮がちに琴葉に戻っていた。そういう所はすぐには変わらないようだ。
少しの変化でさえ成長と感じれば良いのか、この時ばかりは奏太にさえも分からない。
「わがまま言うのに申し訳なさとか不要だぞ」
「だって……」
奏太の背に乗る琴葉は、奏太の肩にある浴衣の生地をぎゅっと握る。そこからちょこんと顔を出した後、自分のおでこを奏太の肩の上に乗せた。
「………今日の琴葉は普段よりもわがままなのに遠慮っぽくて、それでいて子供みたいだな」
「何ですかそれは」
「俺の感想だよ」
「そんなの知ってますよ」
塩対応なのか、それとも照れているのか、後ろにいるのでどんな顔をしているのかは、奏太には判断出来ない。
「………ところで、展望台まであとどれくらいあるんですか?」
「お、俺だって初めてだから知らない」
いつもの間にか琴葉との顔の距離は近くなっており、話した時の息が、奏太の耳元に当たる。それにビクッと体が反応してしまえば、琴葉が悪い笑みを浮かべた。
「奏太くん?」
吐息多めのその声は、奏太の耳に向けて当たる。心なしか琴葉の体は片方に傾いている気もした。
「今のはわざとだろ…」
「……子供みたいって言ったり、ずっと子供扱いしてきたので、そのお返しです」
「……悪戯出来るなら、もうわがままも出来そうだな」
悪戯が出来て、わがままが言えないという話があるのか。どんな口実や事情なのかはとりあえず触れないでおくが、悪戯だけでも出来るようならそれで良い。
ここで話しておきたいのは、奏太は決してMではないと言う事だ。琴葉のため、それだけで動いているだけだ。
「じゃあ、またわがまま言ってもいいですか?」
「お好きに」
悪戯心は抜けなかったのか、またも耳元で囁く。
「今だけは、ぎゅってしてもいいですか?」
琴葉はそう言えば、奏太の答えを聞く前に行動に移した。奏太の肩を握っていた手は、首から少し下の方に下がって腕を回し、琴葉が奏太の事を抱きやすいようになった。
お互いの顔は最早くっついており、琴葉は緩んだ表情を浮かべながら、自分の体を奏太に預けていた。
「俺の答えはなしか?」
「奏太くんなら、絶対に私のする事許してくれそうなので……」
「そりゃ許すけどさ」
奏太が琴葉の要求を拒む事なんて、よっぽどない。少なくとも、琴葉と出会ってからは一度もなかった。
そして、
「………奏太くんからも、ぎゅってして欲しいです」
「え?何か言ったか?」
「な、何でもありませんよ!」
恐る恐る琴葉が発言したわがままは、夏の夜風と虫の鳴き声によって、かき消されるのだった。
-----あとがき-----
・二日ぶりの投稿すみません!学校のテストも明日までなので、また毎日投稿できます!(多分)
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