第78話 到着
「琴葉、着いたぞ」
「もう到着ですか?」
「そうだよ〜。ほら琴、早く!」
琴葉は真新しい土地を眺めるのが好きなのか、電車に乗っている間、窓の外に視界を向けて、ボーっとしていた。
隣に座る身としては多少気まずさを感じる事もあったが、黙っていても落ち着く関係というべきか、そこまで気にはならなかった。
「はい、奏太も荷物持って!」
「今持つ」
七瀬から言われると同時に、床に置いていた荷物を両手に持って立ち上がる。ずっと座っていたからか痺れた足を動かして電車から降りた。
電車から降りたら見えるその風景に、琴葉は柔らかな声を出す。
「わー、のどかな場所ですね」
「ざ平穏だな」
「奏太とかは好きそうだな」
「割と好き」
駅を出たら見える近代的な建物が少ないその場所は、お婆ちゃん家に帰ってきた時のような安心感があった。
「あ、多分そろそろおじいちゃんが来る」
「そうなのか?」
「なっちゃんと電車の中で話してさ、この荷物持ったまま海行くのは邪魔だろうから、置きに行く事になった」
「そりゃ助かる」
奏太はただでさえ荷物がたくさん入ったキャリーバックに、琴葉の荷物も持っているので、拓哉達のその計らいには感謝しかない。
「誰かさんが両手に荷物持ってて可哀想だからよ」
「拓哉、お前自分に言ってんのか?」
奏太を揶揄うような口調をした拓哉だったが、彼も彼で七瀬の荷物を持たされていた。
男2人苦労するものだが、こうして笑い物にすれば苦ではない。
「頑張りたまえ諸君!」
「頑張ってください………」
一歩前に立つ女子2人組は、後ろを振り向きながら応援をし始める。七瀬は右手を上に上げ、左手でメガホンのような物を作って声を出す。
それに比べて琴葉は、両手を口に押さえて可愛らしいポーズを取っている。
「奏太、荷物を持つだけで美少女を眺められると考えれば安いもんだな」
「お前はどこぞのエロジジイかよ」
「安心しろ。まだまだピチピチのDKだ」
「男が使うもんじゃないだろそれ」
そんな会話をしながらも、拓哉のおじいさんが来るのを待った。
「おぉーい、拓哉ぁぁ〜!」
「お、じいちゃん!」
駅に集合したのが10時頃で、今の時刻は12時前といった所か。ギンギンの真夏日に照らされて数分、奏太達4人は汗をだらだらと流していた。
「暑い中待たせてごめんなぁ、わしはそこの拓哉のおじぃをやらせてもらってる
「じいちゃん、詳しい話は後でにしてよ。とりあえず暑いから車開けて」
「そうじゃな、中は冷房つけておいたぞぉ」
旅館名が書かれたバン車のトランクに荷物を詰め込んだ後、車の中に入り込んだ。真ん中に琴葉と七瀬が座り、その両端に奏太と拓哉が座った。
日光を遮り、クーラーがギンギンに冷えた車内は、外とは別世界のように心地が良い。
「すみません、お願いします」
「そんな畏まらんでいいんじゃよ。いつも通りにゆったりしてくれなぁ」
感じの良いおじいさんなので一安心しつつも、奏太達4人が乗り終えたのを確認すると、何が箱のような物を拓哉に渡していた。
「アイスもあるからお食べ」
「いや、悪いですよ」
「何遠慮してんだ、いいから食べ」
拓哉のおじいさんは、どうやら人当たりも良いらしい。これからお世話になるというのに、こうして親切にアイスまでくれるとは、中々に心が穏やかだ。
箱の中にあるのはパーティとかで使う用の棒状のアイス達。七瀬と琴葉2人に先に味を選んでもらい、その後に拓哉と奏太がアイスを取った。
袋を取ってアイスを食べ始めれば、おじいさんも車を出し始めた。
「荷物を置いたら海に行くんじゃったか?」
「そうだよ」
「良かったなぁ、今日は海日和だぞぉ」
拓哉とその祖父が微笑ましい会話をする中、残りの人達は黙ってそれを聞いている。人当たりの良い拓哉の祖父は、そんな3人にも話しかけてくれた。
「七瀬ちゃんもそこの女の子も、えらいベッピンさんやなぁ」
「そんな事は……」
「はい!」
こうもあからさまに反応が違うと見ていて面白い。琴葉が以前言っていた、自覚があっても自信がないとはこういう時の事を指しているのだろう。
他にも意味はありそうだが、その一つを立った今目の当たりにした。
一方の七瀬は拓哉の祖父と面識があるらしく、だからなのか一切の迷いもなく大きな声で返事を返していた。
それが事実ではあるが、彼氏である拓哉は隣で腹を抱えていた。
「たっくん、何で笑ってるのかな?」
「普通、馬鹿正直にはい!とか言うか?」
「しょうがないよ。事実だもん」
いつも通りの2人をここで展開させると、奏太と琴葉は除け者にされそうな勢いだ。
「そこの彼は、拓哉に色々連れ回されてないかい?」
悪戯っぽい表情を作りながら奏太を眺めるおじいさんに、奏太は即答した。
「連れ回されたりはしますが、おかげさまで楽しいです」
「はっはっは!拓哉も良い友達が出来たなぁ!」
運転をしながら楽しそうな笑みを浮かべるおじいさんに、不意だったからかちょっと照れている拓哉。
それでも拓哉と七瀬のイチャイチャは止める事が出来た。
「皆んな個性豊かやなぁ」
「まぁ、なっちゃんはただのアホだけどね」
「誰がアホよ!」
そう言って、七瀬が拓哉の腕を叩くのは日常か。
「奏太くん」
静かにしていた琴葉は奏太の名前を呼んで、無言で見つめた。
「何だ?どうかしたのか?」
「奏太くん、」
「………何だ?」
琴葉は奏太を見つめるだけ見つめて、やっているのは名前を呼ぶだけだ。奏太が様子を窺っても、ただ目を見つめたままだ。
「奏太くん」
「琴葉……」
「奏太くん」
「………琴葉」
何をすれば良いのか分からない奏太は、とりあえず名前を呼び返してみる。そうすれば満足そうな顔をして、新たな言葉を発した。
「何でもないです」
「何だそりゃ」
冷静にそうツッコんでしまうくらいに、オチのないやり取りだった。
結局何がしたかったのか分からない奏太は、満足した琴葉の事を眺める。見ていれば、ニコニコと明るい笑みを浮かべる琴葉に、七瀬が顔を近づけた。
「琴って、実は結構かまってちゃん?」
奏太には聞こえないような声で琴葉に耳打ちした七瀬は、悪戯心を丸出しにした顔を見せた。
反面に琴葉は、羞恥心を丸出しにした顔をしている。
「……違います」
「ほんとかなぁ?」
「本当です」
「………何が?」
「奏太くんには関係のない事です!」
その言葉が、いつもとは違った意味で心臓に刺さった。
「関係、ない、、」
「か、関係あるといえばありますけど………」
奏太と目線を合わせずに言葉を発する琴葉を見て、とりあえず一安心した。
原因は七瀬にしか分からないけど、さっきの言葉は照れ隠しだと言う事を、奏太は琴葉との経験から察した。
初めて拒絶の語を述べられたので、一瞬心臓が停止しかけたが、それもすぐに動いた。本心からの拒絶だったなら、奏太はあのまま死んでいたかもしれない。
琴葉に限ってそんな事はあり得ないだろうが。
「そろそろ着くから、すぐ降りれるようにしてなぁ」
「はい」
おじいさんの発言を耳にして、前方の方を眺めていれば、何やら立派な旅館が見えてき始めた。
-----あとがき-----
・水着回、また先に伸ばしました。(´>∀<`)ゝ
たまにタイトル変えますが、特に深い意味はないです。ご理解ください。
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