第79話 その瞬間、天使が現れた

「おーし、荷物置いてきなぁ」



 旅館の駐車場に車を止め、トランクに入れた荷物を取り出す。




「ちゃんとついて来いよー」

「たっくん待って〜」

「俺も今行く」



 先に荷物を取り終えた拓哉は、一足先に旅館の方へと向かっていった。




「それにしてもデカいな、」

「大きいですね」

「あー、何か結構有名らしい」



 追いついた奏太は拓哉に話しかけたのだが、何やらここは有名な旅館らしかった。



 バン車に旅館名が書いてあったので普通の旅館ではないと思っていたが、奏太の想像を遥かに上回っていた。




「なぁ、本当にここに泊めてもらっていいのか?」



 今になって心配になったので、素直に聞いてみる。泊まるだけでなく朝食や夕食、温泉も用意してくれるとの事だ。



 いくら友人とはいえ、そんなサービスを受けても良いのだろうか。




「向こうが良いって言うんだから良いんだろ。それにたかが数名だぞ、ここの旅館はそんくらいの損減じゃ赤字にはならないよ」

「それならいいんだけどさ、」



 少し申し訳ない気持ちになりながらも、旅館の中に入る。和を感じる日本風な建築に、心が落ち着くという言葉が良く似合いそうな印象だった。




「おやーー!!拓哉じゃないの」

「ばあちゃん久しぶり」



 彼の祖父同様、人の良さそうな見た目をした祖母が拓哉の元へとやって来た。旅館を運営しているだけあって、今は着物を着ている。



 作業の途中だったのか、袖を内側に織り込んでいた。




「ばあちゃん、荷物置いて行くね」

「今部屋の準備も終わったわ、場所は分かるわよね?」

「場所は分かるよ。あと、急にごめん。ありがとう」  



 それだけ話したら、拓哉は祖母から部屋の鍵を受け取った。




「おばあちゃんはまた仕事に戻るけど、楽しんでおいでね。お友達もよろしくね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」



 再び奥へと戻りながらも、こちらにも笑顔を向けて手を振っている。接客業で旅館を経営している以上、人とのコミュニケーションの取り方は非常に上手そうだった。




「外でじいちゃんも待ってるし、早く部屋行くか」

「案内頼んだ」

「頼んだー」

「頼みました」

「ういうい」



 この旅館の配置は、まだ来たばかりなので分からないが、拓哉が進んで案内してくれた。



 そのおかげですぐに部屋まで辿り着いた。持っていたバックは琴葉に返し、部屋の中に入る。




「広いな」

「だろ」



 部屋は2つ使えるらしく、とりあえず男同士と女同士で分かれた。詳しくは後でも決めれるので、ひとまず余計な荷物はここに置いておく。



 今から海に行くので、持っていくのは財布と携帯、あとは着替えくらいか。海までの行き帰りも拓哉の祖父が行ってくれるようなので、ここの祖父母には感謝しかなかった。




「奏太はよ」

「ちょっとまて」



 電車で準備をしていた拓哉とは違い、奏太達は何の用意もしていない。それでも大した物でもないので、支度はすぐに終わった。




「拓哉、水着着ていく?」

「女性陣はまだ時間かかるみたいだし、俺たちは着ていくか」

「早めに待機して、他の奴らからの視線を断たないといけないしな」

「それはある」



 琴葉や七瀬のような美少女の水着姿は、きっと物凄く視線を集める。



 こちらの海には来たことがないので人数等は分からないが、夏休みの海水浴場に人が少ないとは考えられない。



 拓哉から聞くに海も綺麗らしいので、より人を集めそうだ。




「奏太とか、今の目はもう完全に保護者だぞ」

「琴葉からも子供扱いしないでとか言われる」

「本当に年頃の男なのか?」

「ピチピチだ」

「ははは。そうかよ」



 水着に着替えながら、過去に何度かしたような会話をする。拓哉達には、奏太と琴葉が経験済みというのはまだ伏せていた。



 というよりも、奏太と琴葉がそれを忘れるくらいに充実した日常を送っていたのだ。




「向こうも準備出来たらしいし、俺らも行くか」

「おい拓哉、忘れ物ないか?」

「ないよ。………お前は過保護が体に染みすぎてるぞ」

「うっせ」



 そう返しながらも、水着の上から着てきた服を着直す。そして、何故かヘラヘラしている拓哉の後を歩いた。



 鍵を閉めて奏太達の部屋から出れば、同じタイミングで琴葉達と出会う。




「おーたっくん達、ちょうど良かった」

「………あ、なっちゃん鍵預かっとこうか?」



 鍵についた棒のような物を持って振り回す七瀬に、心配になった拓哉は答えを聞く前に鍵を取った。




「あー、取られた」

「そうやって振り回してると無くすぞ」

「無くすわけないよ」

「どちらにせよ、じいちゃんに渡すつもりだったから」



 右手に鍵を2つ持つ拓哉は、そう言って歩み始める。




「そんな事よりも、なっちゃんの水着が楽しみだ」

「見た事あるでしょう。でも嬉しい!」

「新しい水着買ったって言ってたから、俺としては楽しみ」

「そりゃ色々見せたいじゃん?」

 


 気が付けばイチャイチャし始めた目の前のカップルの後を、奏太と琴葉も追う。横を歩いてる琴葉に目線を向ければ、何か言いたそうな顔をしてこちらを見上げている。




「どうした?」



 琴葉の様子を窺う奏太に、琴葉は両手の指と指を胸の前で合わせて、自然なあざとさを身に纏った。




「………奏太くんは、私の水着見たいですか?」



 天然もののあざとさ全開のその琴葉は、奏太の心臓にダメージが直撃した。少し色づいた頬に、その仕草と表情は反則だった。



 なんとか意識を保ちつつも、琴葉に返答をする。




「………楽しみ。凄く、」

「えへへ。良かったです」



 最後に笑みを浮かべてみれば、奏太にトドメの一撃を刺すかのように、心臓の鼓動が高まった。




「おーいお二人さん、早くーー!」



 随分と先に進んだ拓哉達が、後ろにいる奏太達に声を掛けた。長時間話し込んだわけではないが、それなりに距離が空いてしまっていた。




「悪い、急ぐ」

「あ、やっぱゆっくりでもいいぞーー」



 様子に気づいてこちらを気遣ってくれたようだが、待たせてしまうのは悪い気がしたので走って拓哉達の元へと向かった。









「おし、着いたぞい」

「じいちゃんありがと、」

「すみません。わざわざ」

「いいんじゃよ。それよりも、楽しんでおいでな」

「楽しませてもらいます」



 旅館からの送りをしてくれた拓哉の祖父に感謝の語を述べながらも、奏太達4人は着替えが出来る場所へと移動した。



 本当なら琴葉達も旅館で着替えた方が良かったのだが、こうして海に来てから見た方がよりインパクトが強そうだ。



 良くか悪くかお昼の時間とも重なっていたらしく、幸いに大勢の人数はいない。奏太達も、女性陣の着替えが終われば海の家で昼ご飯を食べる事になっていた。



 奏太達も上に着ていた服を脱ぎ、先に待っていた。奏太は水着だけなく、ラッシュガードも羽織っていた。




「俺はこの時が一番楽しみだ」

「………分からんでもない」



 自分の彼女がどんな水着を着てくるのか。露出の高いやつか、それとも可愛らしいやつなのか。



 それを考えるだけで期待が膨らんだ。




「奏太は保護者だから、もし露出の高いやつだったら、今着てるラッシュガードを南沢さんに貸しそうだな」

「当たり前だ」



 どちらかというと、それ目的で持ってきたと言っても過言ではない。奏太の前ならいいが、大勢の前で露出度の高い水着だと心配になるのだ。



 もちろんしっかりと瞼に焼き付けるが。



 奏太達が琴葉達の着替えを待って数分後、今着替え終えたと携帯に連絡が来た。




「拓哉、そろそろ来るってさ」

「あぁ、分かってる」



 拓哉の声と同時に聞こえてき始める足音。2つの足音が聞こえて来るので、琴葉達で間違いないだろう。




「………すみません。お待たせしました」



 その瞬間、夏休みのお昼頃の海に、天使が舞い降りた。








-----あとがき-----


・次回、水着解禁。



正直未だにどんな水着にしようか迷ってる。もう2択ですけどね。



次話をお楽しみに!!

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