第77話 電車と景色

「琴葉、電車は初めてじゃないんだな」

「そうですね。こっちに引っ越してくる時も電車で来ましたし」



 奏太の隣には琴葉が座っており、前の座席には拓哉と七瀬が座っている。琴葉が電車にも乗った事がないのかと思ったが、流石にそれはなかった。




「でも、見える景色は違いますね」

「景色?」

「あの時は、1人寂しく乗って窓の外を眺めていましたから」



 寂しいセリフを述べているのだが、琴葉からそんな雰囲気は感じない。




「今は奏太くんもいますし、七瀬や中島さんもいます」

 


 琴葉は目を輝かせて、窓を開いてから外を覗いた。




「それだけで見える景色はこんなに違いますし、凄くワクワクします」



 心を浄化するかのような綺麗な笑みを浮かべる琴葉は、一度奏太の方を振り向いた後に、また窓の外に視線を戻した。



 見知らぬ地に1人で行く時の恐怖と心配に、当時の親からの悲しい対応。当時の琴葉はそんな物を背負いながらここに来たと思えば、自然と胸が痛んだ。



 そんな彼女が今電車に乗ってワクワクしていると言うので、奏太は琴葉に「頑張ったな」と褒めたくなった。




「………見える物全てが、新鮮に感じるんです」



 開いた窓から入り込む日光に、涼しさを感じさせる風。風は琴葉の長い髪を揺らし、揺れた髪は日光によって照らされる。



 まるで自然が生きているかのように、琴葉一点にスポットライトを当てた。



 凛と通った綺麗な鼻筋に広い海のような瞳、血色の良い潤い溢れる真っ赤な唇が、奏太の目に留まる。


 パーツはいつもと同じく端正な仕上がりだが、その動き一つ一つに、心の高鳴りを抑えることができなかった。



 幾多の困難を乗り越えた琴葉には、ようやく安泰がやってきたようだ。そんな琴葉の頬にそっと指を当てた。



 

「………こんな所で触って、」



 電車内で褒めるなんて奏太には難易度が高かったので、そっと頬を撫でた。普段は髪を撫でるのだが、今日は帽子を被っているので一つ下がる。



 口ではそう言いつつも、嫌な顔一つしない。




「………今の俺に出来る事だから」

「もう……、本当に奏太くんは優しい人ですね」



 奏太の心意気に気付いたのか、琴葉は微笑みながら呟いた。




「もし今度俺が襲ったらどうする?」



 興味本位で聞いてみれば、琴葉は顔色一つ変えずに奏太の方を向き直した。




「奏太くんが襲うのはあり得ないですね。最初はあんな事をしたのに、今の奏太くんからは微塵もそんな気が感じられないです」

「守るって約束したからな」



 奏太と琴葉は最初の方がおかしかっただけで、本来ならこのくらいが普通である。



 当時はお互いに心の悩みからあんな事をしてしまったが、今の奏太は琴葉を幸せにしてあげたい気持ちの方が強い。

  



「なので安心安全ですね」

「そりゃ良かったよ」

「最近は撫でたりしてくれますけど、」

「それは誰かのせいで、ついつい手が出るんだよ」

「私が悪いんですか?」

「琴葉が可愛いのが悪いな」



 奏太が本心を伝えれば、琴葉はほんのりと顔を染める。




「色んな人からそういう事言われた事あるだろうに、よくもそんなすぐ色づくな、」

「奏太くんは特例です」



 片手で両頬をふにゅふにゅとすれば、猫のような緩やかな顔になる。




「ま、安心してくれるなら良いけど」

「私だって、ちょっとくらいは別に……」

「え?」

「何でもありません!」



 ほんのりと赤かった頬は、もっと激しく赤く染まった。




「今……、」

「忘れてください、お願いします………」



 琴葉が嫌がる事はしたくないのでここで引き下がるが、彼氏としてはとても気になる所だった。



 茹った琴葉に詳しく追及するわけにもいかないので、今は辞めておく。



 さっきよりも涼しく感じる風を浴びながら、目的地までの到着を待つのだった。





-----あとがき-----



・奏太くん、普通に言葉で褒めた方が良いと思うよ。撫でたりしたら、周りの人が可哀想だろう?




……水着回までの話は、何となく焦らしておきますね。

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