第72話 嘘?
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
素麺を食べ終われば、皿を台所まで直してリビングに行く。いつもならその後はゆっくり話したりするのだが、今日はもう帰るようだった。
持ってきた荷物をまとめて、奏太の前に立った。
「もう帰るのか?」
「明日は七瀬さんと約束があるので」
「……そうか」
「その表情は何ですか?」
琴葉から聞いた「約束がある」という言葉は、奏太の中でやけに響いた。父親のごとく父性をくすぐられたのか、あの琴葉が友達と遊ぶというのが嬉しかった。
すでに奏太が入院している時にも会っていたようだが。
「何でもない。明日は楽しんでこいよ」
「そのつもりです」
「何かあったら連絡してくれ。何なら迎えとかも行くから」
「過保護がすぎますよ」
それは彼女に対する接し方ではなく、最早娘を相手にしているような接し方だった。
「過保護がすぎると言われても、それくらい琴葉は危険な目にも会いやすいし」
「………そうかもしれないです、」
「周りよりも顔が整っている自覚があるんなら、俺のは過保護じゃないと分かってくれ」
「いや、それでも奏太くんのは過保護すぎますけどね」
琴葉が可笑しそうに笑えば、こちらも心が温かくなった。
「そろそろ帰った方がいいな」
「はい」
「忘れ物はないな?」
「忘れ物があったとしても、どうせ明日にはまた来ますし」
「そうだな」
そんな会話をしながら玄関まで進む。琴葉が先に靴を履いて奏太が後から履く。先に行った琴葉がドアを開いてくれていて、奏太が鍵をしめる。
習慣化されたこの一連の流れには、止まる事なく当たり前のように行っていた。
「今日は短い間だけでごめんな」
「いえ、朝も少しは会いましたし」
何度も行き来した琴葉の家までの道を、2人で話し声を響かせながら歩く。
「それに少しだけだったけど、いつも通りに一緒にご飯も食べられました」
「俺の入院期間中以外は毎日一緒だもんな」
「もう私のスケジュールの中に、なくてはならない物になりましたよ」
微笑ましい事を奏太に伝える琴葉は、軽そうな足取りで前に進んでいた。
「………奏太くんも、学校とかでもう少し明るく接してみてはどうですか?こんなに良い人なのに知ってる人が少ないのは寂しいです」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「ふふ。同じ気持ちなんですね」
こちらを向いて撫でたくなるような可愛らしい笑みを浮かべる。ここ最近、琴葉の笑顔の破壊力が増しているような気がするのは奏太だけか。
2人同じ気持ちだというのは、思い合っている証拠なのか。
「………明るくねぇ」
「あ……その、無理して、、とは言わないですけど」
奏太の過去を気遣ってくれたのか、言葉を濁しながら話してくれた。
「………学校で明るくの前に、俺は琴葉に相応しい男にならないといけないから」
奏太がそう言えば、琴葉は分かりやすく首を傾げた。
「……相応しい?私は外観で人を判断したりしませんよ?それに奏太くんだって、決して見た目が悪いわけではないですし、むしろ………」
変わらず頬を赤くするスピードは変わっていない。琴葉が奏太の事を評価してくれても、自分が納得していないと意味がない。
「琴葉がどう思ってくれているのかじゃなくて、琴葉の価値や魅力を、隣にいる俺が下げるわけにはいかないからな。見劣りしないまで、とは言わないけど今のままじゃな」
「………奏太くん、」
「だからさ、もう少し待って欲しい。琴葉が俺の事を誇れるようになるまでさ、」
我ながら中々に攻めたセリフを述べたものだが、これらは全て本心だ。琴葉を守るためだけでなく、相応しくなれるように。
もう琴葉に悲しい思いも後悔も、何もさせないように、奏太が行動に移さないといけない。
「なら待ち続けます。優しい奏太くんのためにも」
「琴葉……」
これは遠回しに、琴葉がクラスの人と明るく接するのはまだ待てと言っているのではないか。奏太はクラスの人とは明るく接して欲しいし、もっと友人間の楽しさを知ってもらいたい。
ただ、奏太を彼氏だと公表するのは待って欲しいだけだ。今のままだと琴葉の見る目がなかったと噂しれそうだから。
「琴葉は、周りの人に作った壁をそろそろ壊してもいいと思う」
「壁、ですか」
「そうだな」
琴葉も琴葉で考えがあるのか、返答が来るのにちょっとだけ間が空いた。
「私がそれを壊すときは、奏太くんの隣にいる時ですかね」
それでは結局、奏太が相応しくなれるまで待つという事だ。琴葉が周りとの壁を壊すのを待つ必要はないのだが、まだ自分だけが知る琴葉のままでいると考えれば不思議と口角が上がった。
明るく幸せになって欲しいと願いつつも、奏太に分かりやすい独占欲を感じた。
「ったく、だったら俺は急がないとな」
「はい。急いでください」
奏太のその言葉を最後に、琴葉は急に立ち止まった。後ろを振り向いてみれば、琴葉は下を向いてまた顔を赤くしている。
琴葉の家まではあと数分で着きそうなのだが、今になって忘れ物にでも気づいたのか。
奏太のそんな予想は見事に外れて、琴葉の止まっていた足は歩み出した。それに合わせるように奏太も顔を正面に向き直して、一歩踏み出そうとすれば、背中に柔らかな感触が当たった。
「………嘘じゃなかったらどうしますか?」
「琴葉?」
世間一般的にバックハグと呼ばれる今の体制は、される側としてはとても心地良かった。しかし、そんな感想を述べる暇もなく、琴葉からの質問が頭に戻ってきた。
「嘘って?」
「……さっき話した、嘘です」
記憶を遡れば、奏太に罰といいながら嘘をついた琴葉を思い出す。あの時は確認のために言ったものだと思っていたが、どうやら違うらしい。
その時の会話全体を思い出すと、一つの答えにたどり着いた。恐らく琴葉が嫉妬してあんな事を言ったのだろうと。
「もしかして嫉妬というやつか?」
それを女性に、彼女に聞くのは失礼なのは分かっている。だが、奏太には聞かないと真実がどうなのか分からなかった。
「………だって、私に寂しい思いをさせました」
琴葉が日菜さんに嫉妬だなんて、とんだ可愛らしい彼女を持ったものだ。まさかあの琴葉が嫉妬をするだなんて誰が予想したか。
「………嘘じゃなくても嘘であっても、琴葉は琴葉。そこは変わらない」
「奏太くん…」
「でも、もうそんな思いはさせないように、今度からは気をつける」
「………ありがとうございます」
それを聞けて満足なのか、奏太の隣へと戻ってきた。もちろん顔を赤くしたまま。
「………私って独占欲が強いですか?」
「安心しろ。俺も同じくらいだから」
「また同じですね」
一段とあどけなさが出た琴葉の笑顔をみていると、こちらまで笑みが溢れた。奏太たちにとって、同じ気持ちという事が嬉しいのか、自分に独占欲が向けられていて嬉しいのか、詳しい事はよく分からない。
でも、今とても楽しくて幸せだという事はわかった。
-----あとがき-----
・急いで書いたので、誤字や文に対する違和感があるかもです。申し訳ないです。
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