第71話 ただいま
「ただいま……」
「………おかえりなさい」
自分の家のリビングで、琴葉とそんな挨拶をする。日菜さんと遊園地から帰った後、奏太はまっすぐ自宅に戻った。
日菜さんもその後は自分の家に戻り、「またね」の一言を残していった。
琴葉も今朝に一度自宅に帰っていたようだが、奏太が連絡をすれば、また奏太の家へと来た。先に家に居たのは琴葉の方で、奏太が帰り着いたのは琴葉の後だった。
ソファで座る琴葉の横に、奏太も腰を下ろした。
「随分と遅いお帰りでしたね、」
新婚夫婦のような事を言い出す琴葉は、目線を下に下げて周りを見渡した。
「………相談?とか色々されて、時間かかった」
ふーん、と何か物言いたそうにジッと奏太を眺め、不満そうに口を開いた。日菜さんから聞いた話は勿論口外しない方が良いだろう。
勿論、パレードの時の一件も。
「日菜さんお綺麗な方ですもんね。男の人なら仕方ないです」
「いや、それはあの…」
「私が遊ぶ事を許可をしたと言っても、私よりも優先したじゃないですか」
いくら琴葉でも、奏太が恩人と会う事を止める事は出来なかったらしいが、女性として、彼女として、色々と言いたい事があるようだった。
「………ずっと見てくれるって言ったのに」
子供のような言い方をする琴葉は、今にも頬を膨らませそうな勢いだ。だが、それを言われると奏太に反論は出来ない。
あらかじめ許可を貰ったとはいえ長時間いすぎたし、その間に放置してしまったのは事実だ。
「奏太くんも結局……」
「琴葉ごめん」
今の奏太には謝る事しか出来ない。言い出したのは奏太だし、今だって悪いのは明らかに奏太だ。人一倍敏感な琴葉にはそういう面で気をつけないといけないという事を、身を持って知った。
「なんて、冗談ですよ」
「………冗談?」
「はい冗談です」
何度か目を瞬きさせ、琴葉の言った事を数回頭の中でリピートさせた。にこりと穏やかな笑みを浮かべている琴葉は、平然とした様子で嘘をついているようには見えない。
「
「………心臓に悪い」
折角開き始めた心の扉を、自らの手でまた閉ざしたような気がしたので焦った。ホッと安堵の息を漏らしながら、胸を撫で下ろした。
「………心移りしてないようで良かったです」
「俺は恩人に会いに行っただけだ」
罰と言いながらも、奏太の胸の内を確かめるために聞いたのだろう。琴葉がこんな風に接してきたのは初めてなので、そう思う事にした。
「小腹とか空いてないか?空いてるなら何かつくろうか?」
「夜ご飯食べてないのでお腹空きました」
「食べてないのか、」
「いつも夜ご飯だけは奏太くんが作ってくれるので、自然と待ってたみたいです」
かれこれ1,2ヶ月くらいは奏太が夜ご飯を作ってあげているため、自分で夜ご飯を用意するという事を違和感と感じていたようだ。
それが自然とそうなっていると本人から言われるのは、どことなく嬉しかった。
「俺も食べてないし、作るのは2人分だな」
「手伝いましょうか?」
「いやいや、今日は俺に作らせてくれ」
「いつも作るのは奏太くんですけどね」
平和な会話をしながらも、奏太はソファから立ち上がってキッチンへと向かった。食材はまだ両親が買ってきたものが入っており、それなりに充実していた。
何にしようかとメニューを考えていると、冷蔵庫の上には素麺が置いてあった。夏になったら食べろという事なのだろうが、見つけた瞬間に食べたい気分になった。
「琴葉、素麺でいいか?」
「素麺がいいです」
素麺を食べるにはまだ早い気もするが、食べて美味しいならどの時期に食べても問題はない。鍋に水を入れて、沸騰するのを待った。
その間は暇だったので盛り付けようのネギやらの野菜を細かく切っておいた。それから少し待てばぐつぐつと泡を立ててきたので、素麺を中に入れた。
ここだけの話、素麺なんて作った事がないので茹で加減は感覚だ。パッと見問題なさそうなレベルまで来たら軽くほぐす。
ほぐし終えたら水と氷を使って素麺全体を冷やし、皿に盛り付ける。切っておいた野菜も上に乗せて、めんつゆを用意する。
簡単で割と効率よく作れるので、夏場の昼間とかにはそれなりの回数を作りそうだ。
「琴葉ー、出来たぞ」
「今向かいます」
奏太のその声で、リビングからダイニングテーブルの元まで来る琴葉。たまに携帯を見ながら来る時は、お揃いのスマホケースが視界に入る。
ただそれだけなのに、平穏な心地良さを感じた。
「お店で見るやつに似てますね」
「それはお店側に失礼だな」
「失礼かどうかは知らないですけど、初めの頃よりも奏太くんの盛り付け力が上がってる気がします」
「何だよ盛り付け力って」
当たり障りないそんな会話が、日菜さんとは違った響き方を感じさせる。一緒にいて落ち着くというのはこの事だろうと自分で分かるくらいに、琴葉といる方が心が満たされた。
そして心を和ませた。ちゃんと見続けてあげようと何度も再認識するくらいには。
「いただきます」
「いただきまーす」
自ら用意した箸で素麺を口に運ぶ。琴葉も同じように素麺を啜る。箸を止めて琴葉を見ていたからか、琴葉も奏太からの視線に気づく。
「美味しいか?」
「はい。とても」
「良かった」
何度も聞いたその言葉を耳にすると、琴葉と2人家にいるんだと、より実感できた。
-----あとがき-----
・実は奏太くんも奏太くんで、琴葉ちゃんに会えなくて寂しかった感を出してるんですけど、気づきましたかね?
………流石にまだ自分にそんな執筆力はなかったか。そういう事なんだと認識してくださると助かります。
次話まで遊園地終わりの琴葉ちゃんを書きます。今話よりも甘いかもしれません。甘いというよりも、「しょうがない子だな」って感じに近いかもです。
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