第70話 君だけの花火
「私が、バカ?」
奏太が発言した言葉を自分でも発言した日菜さんは、その次の語を待つように奏太を見た。
「当たり前ですよ。まず、失敗して落ち込まない人なんていないです」
「…………」
奏太が話すと、日菜さんは無言で耳を傾けた。
「それに、失敗したから次がある。……また挑戦しようと思えるんですよ」
「………うん」
「日菜さんだってそれは分かってるはずです。でも、それが出来ずに落ち込んでしまった」
「………そうだよ」
ひなさんは、濁すこと事なく自分の出来なかった事を出来ないと認めた。
「俺はそれがバカだと言いたいんです」
日菜さんは、奏太の伝えようとしている事を理解出来ていなかった。分かりやすく顔に困惑の色を浮かべ、必死に考えているのが分かる。
「だって日菜さんは俺に言いました。……前を見た方がいいって。馬鹿げた事を考えるより明日を見た方がいいって」
「だから、私にはそれが出来なかったの!」
奏太の意見に強く口調を上げてそう言った。日菜さんも人間なので、強く物申す事もある。奏太の知ってた完璧な人じゃなくとも、弱音を吐く事だってある。
しかし、昔から天才肌の日菜さんが弱音を吐く事はなかった。周りがそうさせなかった。一度も弱音を吐かない日菜さんだから、どんな時も強いままでいられるという、勝手な認識のせいで。
普通の人なら何度でも吐ける弱音が、日菜さんには何年も何年も積み重なって、今になってようやく吐き出たのだ。簡単に割り切れないのも仕方がなかった。
「じゃあ、いいんじゃないですか?失敗しても、、、
「え?」
「いや、そこまで引きずるんだったら別に失敗したままでもいいんじゃないかな?って」
ここであえて視点を変えてみた。日菜さん自身が、失敗を糧に成長しないのなら、それでもいい良いのではないか、と。
「周りもキツく当たってるわけではないのでしょう?日菜さん自身も失敗から成長出来ないと分かっているんでしたら、日本で今まで通りに暮らしていけばいいじゃないですか」
「それは、そうだけど……」
ひなさんは、バツをつけられたように自分の視線を外の景色へと移した。元々、日菜さんが留学した理由はもっと色々な事を知りたいから、視野を広げたいから、そういう理由だった。
当時、同じく受験時期に楽しそうにそう話してきたのを今でも覚えている。
「………すぐにそうせずに今もまだ悩んでいるのは、また挑戦したいからと思ってるから、そうなんじゃないですか?」
「……………」
「その一歩を踏み出せないのは、初めての失敗に怯えているから」
図星をつかれたのか、本人もその事を本当は分かっていたのか、ぐうの音も出なかった。
「………日菜さんが会いたくなかった俺に、水族館で話しかけてきたのは何故ですか?」
奏太のその問いに、日菜さんが答えるのには時間がかかった。自分の今まで隠していたありのままの姿を見られるのが嫌なのか。
日菜さんは膝に手を置き、履いていたデニムをぎゅっと握った。
「………私の知ってる奏太じゃなかったから、気になったの。もしかして奏太は今度は自分の力で乗り切ったんじゃないかって」
奏太にその事を告げた日菜さんは、デニムをもっと強く握った。
日菜さんが何よりも先に過去の事について聞いてきた理由はそれだった。恐らく奏太が1人歩いていたら、声を掛けなかったのだろう。
他でもない奏太だからこそ、自分が世話をした奏太だからこそ、新しい出会いに自分の力で乗り切ったのではないかと。
自分には出来なかった事を、奏太は出来るようになったのではないかと、そう思ったのだろう。
「やっぱり失望しちゃったよね……、」
本当の自分は弱くて、少し人より才に恵まれていただけなのに。人にアドバイスをする才なんて持ち合わせていないのに。そう考えているのが見え透いていた。
「………日菜さんって改めて凄いと思います」
奏太のその発言に、日菜さんは目を丸くした。
「………なんで、、、なんで…!」
変わらず自分の本音を言い続ける奏太に、日菜さんは納得がいっていなかった。
「だって、自分も苦しいはずなのに、俺の事について視点を置けているでしょ?」
「………私は気になっただけで、視点を置いたとかそんなんじゃない、」
「………俺にはそれが出来なかったんです。だから、凄いなって」
奏太が落ち込んだ時、周りを見る暇なんてなかった。自分の事だけで精一杯なのに、周りを見る許容量を余らせていなかった。
むしろする必要ないと思っていた。なんで悲しい思いをしているのに、他の人になんて興味を示さないといけないのか。
ずっとそんな風に思っていた。
「………気になっただけ、と言ってもやっぱり本当は再挑戦したかったのでしょう?じゃないとそんな疑問浮かびませんよ」
失敗して落ち込むだけなら、奏太の事なんて気にしないはずだ。それでも気にかけてしまったのは、自分に足りない物を持っているのでは、と疑ったから。
そう疑ってしまったのは、心のどこかに再び挑戦したいという気持ちが強かったから。どうすれば再挑戦出来るのかと自分に問いかけたから。
日菜さんはすでに自分で答えを見つけていたのだ。奏太が1人では出来なかった事を、日菜さんは1人で出来ていた。ただきっかけがなかっただけ。自分の原動力となるきっかけが。
「ほら日菜さん、明日の事を考えてください。そうした方が人間の構造的に良いんですよね?」
またその言葉を日菜さんに送った。
「もう、奏太は馬鹿だなぁ……!」
今度は反発するような口調ではなく、今まで通りの優しい日菜さんの柔らかな声だった。
「バカなのはお互い様でしょ」
「そうだね」
日菜さんは、奏太と目を合わせて笑顔を浮かべる。美しいというに相応しい笑みには、後方の窓から光が差し込む。
それらが綺麗にマッチして、陰影のように日菜さんの笑顔をライトアップした。
その瞳には少量の涙が溜まっていて、それを取っ払うようにして、目を擦った。
「………帰ろうか、」
「今日は楽しむんですよね。まだ時間はたっぷり余ってますよ」
「しょうがないなぁ、お姉さんについてきなさい!」
日菜さんご意気込むと同時に、観覧車の一周は終わった。ニコニコと営業のスマイルを向ける従業員は、嫌な顔をせずに新たな客をゴンドラに乗せた。
いつも通りの元気な日菜さんに戻ると、そこからは入園当初と同じテンションでアトラクションを楽しんだ。
空中ブランコに、さらに難易度の高いジェットコースター。立ち乗りのジェットコースターや一回転する物。
同中に飲食も行い、遊園地の中にある様々な物を楽しんだ。
「パレードでも見る?」
「見ます」
すっかりそんな遅くの時間まで長居してしまい、琴葉はどうしてるのかな?なんて気になったりもする。
パレードといってもそこまで豪勢な物でなく、期間限定の小規模で行われる物。最後に花火があったりはするものの、長時間は行われない。
「うわぁ、あの子キモいよ〜」
「そうですか?」
「あの子は可愛いな、」
そんなありきたりな会話をして、パレードを楽しむ。一通り終わるとすぐに花火は始まった。
「綺麗だ」
「綺麗ですね」
園内には、花火の音と近くでカメラを撮るシャッター音だけが聞こえてきた。
「私も花火になりたいな」
「何故です?」
「一瞬だけど凄く綺麗で、人の心を奪うでしょ?そういう存在になりたい」
目に花火を輝かせ、一段と綺麗さを出す日菜さんは、空ではなく、突然奏太の方を振り向いた。
「………今だけは奏太の花火になるね」
「はい?」
それだけ告げると、日菜さんは奏太の後頭部に腕を伸ばして唇を重ねた。恋人同士がするような長いキスではなく、それこそ花火のような一瞬のキス。
キス前に見えた日菜さんの表情は、花火同様今までで一番美しかった。
「帰ろうか、」
「……はい」
花火が終わるのを待つ事なく、奏太と日菜さんは園を後にする。奏太にだけ見えた短い花火は、これまでの知っている花火の中で、ダントツに頭の中へと焼き付いた。
-----あとがき-----
・いーけないんだー、いけないんだー!
彼女がいるのに他の女の人とキスするなんて、いけないんだー!
琴葉ちゃんに言ーってやろー、言ーってやろー!
………奏太、お前、美少女にだけ優しくて紳士なのなんなんだよ。やめてくれよ。羨ましい……、
多少違和感はあるかもですが、甘い目で作品を応援してくださると助かります。
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