第48話 保護

「いい服が買えました」

「結局着ないのか?」

「今度着ます」



ショッピングモールからの帰り、そんな話をしながら徒歩で帰宅する。



奏太が選んだ服を買った後、その他の店にも行って数枚服を買っていた。どれもかしこも清楚系の服ばかりで、琴葉には似合いそうな印象だった。



そんな琴葉の今の服装は、来た時と変わらない奏太のシャツのまま。なんやかんやで気に入ってくれているのかもしれない。




「荷物持つよ」

「いえ、悪いですよ」

「俺だって男だからな、これくらいはさせてくれ」

「………そう言うのでしたら」




琴葉から服が入った紙袋を受け取る。どれも大した重さではないが、女性の荷物は持つべきだと思った。




「……なんだか、今の奏太くんは一段と逞しく見えます」

「もっと頼ってくれてもいいからな」

「これ以上何を頼るんですか、」

「まー、困ったらいつでも声かけてくれればいいよって事だな」



家の掃除を手伝って欲しいと言われたら手伝うし、余程の事がない限りは応えたいと思っている。



琴葉に限って、利用しがいのある男だと思う事はないだろう。




「……もしあったらそうさせて貰います」

「遠慮しなくていいからな」

「分かってますよ。遠慮なんてしません」



一昔前の琴葉なら、ここはどう答えたか。そんなものはいちいち考えなくても分かる。




「………しつこいように言いますけど、奏太くんも頼っていいんですからね?」

「琴葉がもう少し成長したら、そうさせてもらおうかな」

「でしたら頑張ります」



仮に頑張られたとしたら、琴葉は料理なども出来る様になってしまうのか。そうなると、奏太の家に夜ご飯を食べに来る事はなくなってしまう。



色んな事に挑戦して欲しいという気持ちと、今のまま奏太の家でご飯を食べて欲しいという2つの考えが、奏太の頭の中を覆い尽くした。




「………もし、琴葉が料理出来るようになったら、もう俺の家うちには来ないのか?」



奏太にどちらかを強制する力などないので、最終判断を決める琴葉に聞いてみた。



彼女がどちらを選んでも、奏太はそれを応援するつもりだ。




「私が料理を出来る様になったらですか、」

「そうだな」



琴葉は立ち止まり、手をグーに握った。それを顎につけて考えるポーズを取る。どうやら自分が出来る様になった姿を想像しているようだった。




「料理が出来る様になっても、行っても良いのでしたら、変わらず奏太くんの家に行きます」

「今更駄目だなんて言わない」

「奏太くんならそんな事言わないですね」



おちゃらけるような笑みを浮かべた琴葉に安堵しつつも、まだ続きがあるようだった。




「そして今度は、私が奏太くんに料理を作って差し上げます」

「俺はお役御免になるのか?」

「そうなってしまいます」



琴葉にご飯を作ってもらう未来を想像してみる。今とは綺麗に真反対の立ち位置になっていて、どこか違和感を覚える。



そうなったらきっと、奏太は甘えてしまう可能性が出てきそうだ。




「俺が駄目になるから交代交代だな」

「一度駄目になってしまいます?」

「………まずは出来る様になってから言ってくれ」

「大前提がそこでした」



悪魔的な魅力を持った誘いに、一瞬我を忘れてしまいそうになる。意識して話すとそうでもないが、無意識に話しているといつの間にか魅了されていそうで怖い。



こんな一面を持つ琴葉も進化していくと考えると、己の邪心も心に染み渡りそうだ。




「あ、奏太くん。今日は夜ご飯大丈夫です」



料理の話で思い出したのか、はたまた今思いついたのか、そんな言葉を奏太に告げた。




「琴葉がいいならいいんだけど、何かあった?」

「大した理由はないですけど、奏太くんは今日お疲れのようですし、迷惑をかけるかなと」

「迷惑ではないぞ」

「………休んで欲しいなと」



自分の分を作らせると疲労を与えてしまうから、今日は休んで欲しいと、そう言いたいらしい。




「1人分も2人分もそこまで変わらないけど、」



もうかれこれ2ヶ月近くは2人分を作っているので、1日だけ1人分になっても大差はない。




「………さっそく料理の練習をしてみたいので」

「そういう事か、………だったら尚更俺がいないと駄目じゃないか」

「でも今日は休んで欲しいのです。それに、1人で挑戦してみたいです」



料理経験の無い人が1人でするなんて危なっかしいので側で見守りたいが、琴葉のその心意気を無駄にしてしまう気がしてならない。




「………包丁はあんまり使わないように、それから使わない調理器具は離れた場所に置いといたり、すぐに洗って片すこと」

「奏太くんは私の親ですか?」

「それほど危険も伴うんだよ。それが出来ないなら1人は駄目」



これが最低限の条件だった。せめて包丁などの器具を台の上に置きっぱなしにしたりしなければ、気づかずにズサッといく事は避けれそうだ。



野菜等を切るときに指も切ってしまう可能性は捨てきれないので、包丁は極力使わないように指示する。



それ以外はパッと思い浮かばなかったが、まだまだ危険度は高い。




「………分かりました。その通りにします」

「あと、火も付けっぱなしはやめろよ」

「過保護…」

「次会うときにズタボロになってたら、俺が悲しむ」

「………なら危ない事はしないです」



初回の料理で難しい物を作ろうとする方もどうかと思うが、危ない事はしないという言葉は安心出来た。



ここまで説得しないと頷かない琴葉も、過保護と口に漏らしていたが、奏太にとってはこれでもまだ心配事が消えたわけでは無い。




「何かあったら、いつでも呼んでくれて構わないからな」

「今日はそんな事ないです」



ないと断言されても困るのだが、何もないに越した事はない。




「……着いたぞ。ほれ、荷物」

「どうもです」



受け取った荷物を琴葉に返す。奏太の手と比べて一回り以上は小さい手が、袋をぎゅっと握った。




「また明日の夜、伺いますね」

「待ってる」

「さようなら。今日はありがとうございました」

「こちらこそ、とても楽しかったよ」



大きく腕を上げて手を振る琴葉に、またも保護欲が奏太にのしかかった。いつまでも明るい笑顔の琴葉が目に焼き付く。



エレベーターに乗る所までしっかりと見送ったら、そこを後にした。




「よし、」



琴葉のマンションからの帰り道にスマホを開いて、いつ入ったのかを忘れてしまったクラスのグループjineを開く。



メンバーから間宮のアカウントを探して、そこからメッセージを送った。




『明日、話をしよう』



琴葉にこの事は話さない。話さずに奏太1人で解決し、琴葉は何も知らないで平和な日常を手に入れる。



今日の元気な姿のまま、明日も明後日も明るく過ごして欲しい。もうこれ以上、琴葉に嫌な思いはしてほしくないのだ。



奏太1人で解決できるかは分からないが、挑戦しないと何も始まらない。琴葉が新しく挑戦し始めたように、そろそろ奏太も自ら行動を移さなければならない。




「ふぅ…」



メッセージを送ったらスマホをポケットに入れ、もう明るくもない空を眺めながら、見慣れた道に足を動かした。






----あとがき----



・2章もそろそろ完結かなぁ。というか奏太が過保護すぎてやばかった。




 

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