第47話 洋服

「琴葉、その服で歩くの嫌じゃないか?」

「はい。嫌じゃないですけど」



椅子から立ち上がり水族館内を散策し、残るブースも残り僅かとなってきた所、ふとその疑問が湧き出た。



最初は着るだけだったので抵抗はあまりなかったようだが、それで人前を通るとなったら話は別だ。



女性はファッションに気を遣っているし、そのサイズ感で印象も変わってくる。



ぶかぶかのその服は琴葉の可愛いさを際立たせているが、どうしても妹感が出てしまう。



本人は一切嫌そうな顔はしていないので、それでいいならいいんだけど。




「そっか。ならいいかな」

「どうかしたんですか?」

「その服が嫌ならショッピングモールにでも行って、新しい服でも買ってあげようかなって」

「何故私は買ってもらうのが前提なのですか、」



琴葉の服が濡れたのは注意しなかった奏太のせいでもあるので、これくらいはさせて欲しかった。



元々着ていた服は少しずつ乾いてきているが、水槽の水でびしょびしょになったので、一度洗濯した方が良い。



となると奏太の責任でもあるし、膝枕やらの件で詫びをしたかった。




「………服、ですか」

「それでいいんだったら、いいけど」

「奏太くんの服が嫌なわけではないですけど行きます。服買いに」



どうやら今の服装関係なしに、新しい服が欲しかったようだ。もうすぐ季節の変わり目という事もあるし、夏に備えて薄手の服も揃えておきたいのかもしれない。




「水族館見終わったら行くか」

「そうですね」



残り少ない魚達を、琴葉と一緒に静かに楽しんだ。









「ここ、懐かしいですね」



水族館を一通り周り、見逃しがないかを確認した後、色々あった水族館に感謝をしながら退場口を出た。



その後、スマホで色々検索し、バスに乗って服などが売ってそうな場所まで向かった。



行き先は言うまでもなく、琴葉とスマホケースを購入したデパート(ショッピングモール)だ。



ちょっと前の事なのに、やたらと懐かしさを感じるのは、奏太と琴葉のどちらも成長したからか。




「シャツのボタンとボタンの間から風が入ってきてスースーするので、まずシャツ買いたいです」

「………最初にシャツ買うか」



そう言われると多少気になってしまうが、これは青少年なら常識だと開き直る。逆にこのタイミングとその言葉で意識しない方がどうかしている。




「適当な所に入りましょう」

「そうだな。俺もあんま服屋とか分かんないし」

「こことか良さそうですよ」



友人と服を買いに来るのが初めての事なのか、珍しくはしゃいでいた。いつかは女子同士で行ってほしいな、と父親のような感想を浮かべてしまう。



水族館に到着した時もそうだったが、今日の琴葉は一段と明るい。奏太の話を聞いた後は、より明るくなった。



その時に見せた包容力はどこに消えたのか、眺めていてもその小さな体からは到底出そうにはなかった。




「奏太くんは、好きな服とかあるんですか?」

「俺か?」



奏太のシャツではサイズが違いすぎて、スースーするからシャツを買うのかと思ったが、そんな事はなかった。



最早普通に私服を買いそうな勢いにまである。女性は服好きでオシャレ好きと聞くが、それを目の当たりにした気がする。




「……これといって好きとかはないけど、今の季節だったらオフショルダーはいいなって思うな」

「オフショルダーですか、」

「なんか肩が出てるのがいい」



春夏秋冬にそれぞれの衣装の良さがあるが、夏はオフショルダーが涼しそうで良い。その反面に肌の露出が多くなるのが欠点だ。



これは奏太個人の意見だが、レースがついているのが、女性の服らしさが出ていて可愛らしいと思う。




「オフショルダーではないかもだけど、これとか好きかも」



奏太が手に掲げて取り出した物は、両肩を出した花柄のスピーカースリーブと呼ばれる物だった。



白が基盤となった作りに、色鮮やかな模様が綺麗に刺繍されていた。ぱっと見は大人びた服だが、美少女ならそれを着こなすのだろう。




「じゃあ、これとかもですか?」



奏太が選んだのと似たような服を琴葉も手に取った。




「あぁー、そういうのいいよな」

「………何か男子高校生とは思えない貫禄を感じます」

「まだまだぴちぴちだ」



男子高校生にしては枯れている一面があるのは自覚しているが、貫禄があると言われるほどではない。




「それ、ちょっと試着してみていいですか?」

「俺の事は気にせずにゆっくり」

「助かります」



琴葉は、奏太から服を受け取り試着室へと入って言った。



本か何かで、女性の準備には時間がかかるもの。と読んだ事があったので発言したのだが、成功だった。



奏太は別にどれだけ時間をかけられても気にしない性格なのだが。




「あれ奏太じゃね?」

「本当だ、奏太がこんな所にいるなんて想像も出来なかった」

「お前ら聞こえてるぞ」



本人達はひそひそと話しているつもりなのだろうが、体は隠れていないし、普通に声も聞こえていた。

 



「何で2人がこんな事にいるんだよ」

「奏太、それは俺らが聞きたい」

「そうだよ奏太」



ぽんっと2人同時に奏太の肩に手を置いた。分かりやすくニヤついて、肩を握る力がどんどん強くなっている。




「お前がこんな所で買い物か?」

「…………なんでもいいだろ。それに何でもない」

「それは何かあるやつが言う時のセリフだぞ?」

「そーだそーだ」



こんな悪ノリを繰り広げている2人だが、おそらく奏太がここいる理由の目星はついているはずだ。




「奏太くん、試着終わ…り、まし、た」



笑顔満点の表情から疑いの表情に変わるのは、その一部始終を見ている側からすると、可笑しくて面白い。




「奏太ー、試着終わったってよー」

「ほらほら、何て言うの〜??」

「何てってなんだよ」

「もうー!分かってるでしょ?」


 

七瀬が指摘した通り、その意図も分かっているが、女の人に直接そう言う言葉を使った事がないので、緊張もしている。



こちらを窺う様子の琴葉に、覚悟を決めて目を合わせる。




「……似合ってる、と思う。その、何だ……可愛い、、とも思う」

「そ、そうですか、ありがとうございます」



口籠った言い方になってしまったが、普通に似合っていたし可愛いかった。服に着られてる感もないし、抜群に着こなしていた。



さらに、ボリュームのある胸元がスタイルの良さを露わにしていた。




「やれやれ、とんだ初心カップルだぜ」

「本当だよー!ってか琴が可愛すぎてやばい」

「誰がカップルだよ!あと勝手に触るな」

「あ!奏太の許可なく触ったら駄目だよね」

「私は構わないですけど」

「……ったく、そういう事じゃねぇよ!」



奏太と琴葉が経験済みという事をこの2人は知らない。そんな2人から見たら、ただ初心同士に見えるのも仕方なかった。




「うわっ!怒った、逃げろー」

「たっくん速いー」

「いや、もう追いつきそうじゃん」

「えっへへーー!」



まるで台風のように、突然きて突然消えていった。大きな足音も、少し離れれば店中の声とともに消え去っていった。




荒らし?」

「嵐だったな。で、どれか買いたいのあった?」

「とりあえず、この服は買います」

「俺が選んだやつだからって、無理に選ばなくていいんだからな?」



他にも可愛い洋服はありそうだし、同じ服にしても色や柄に違いはある。



そんな中、特別これを選ばなくても良いのだ。




「本当に奏太くんは分かってないですね。これ奏太が選んだ服、だからいいんですよ!」

「………そうかよ」



カァァァァという効果音がつきそうな程に顔に熱を昇らせる。購入してもいないのに、ぎゅっと抱きしめる程、この服を買う気が満々のようだ。




「お金は俺が払うよ」

「いえ、これは私が払います」



ここからどっちが払うかを決める話をしても、琴葉に譲る気はなさそうだった。奏太が選んだ服一品を持って、さほど行列でもないレジに並んだ。






------あとがき-----



・ギリギリ間に合った……。vs間宮もそろそろですので、お楽しみに!誤字等が多発している恐れがあります、ご迷惑をおかけしてしまいます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る