第13話 明日の話
「食べ終わったら皿持ってきてくれ」
「分かりました」
「食べるスピードはゆっくりでいいからな」
作ったうどんを食べ終えたので、台所に行って皿洗いをしていた。使われた形跡のない食器用洗剤とキッチンスポンジで綺麗に汚れを落とす。
「奏太くんって料理上手なんですね」
「そりゃ一人暮らししてるしな」
「……………」
一人暮らしを始めても料理とは無縁の琴葉は、俺の発言を気にしていた。
「琴葉、食生活を見直すべきだぞ」
大量発生ゼリー飲料が入った冷蔵庫を指しながらそう言った。今の琴葉は料理の出来云々より、食生活を見直した方が良い。
「ですよね……」
「料理のやり方分からないのか?」
「分からないです」
中学では調理実習とかもあったはずだから、全く出来ない人はいないと思うのだが、現に彼女は料理をしていない。
「中学の頃に調理実習とかなかったのか?」
「私、昔から体調崩しやすかったので、調理実習の時はずっと休んでたんですよね」
不健康な食生活と家庭内の状態を見れば、彼女が体調を崩しやすくなる原因が大いに分かる。
「うーん、どうしようか」
「何か考えでもあるんですか?」
うどんを食べ終わった琴葉が、俺の隣に来て台所に皿を置いた。食べ終わるまでにかなり時間があったので、今度こそ落ち着いていた。皿を置いた後、リビングに置いてあるソファに座っていた。
「考えというか、俺がタッパーにおかずを詰めて夜ご飯を持ってきてあげようかなって」
「流石にそこまでお願いするわけには……」
自分でも世話を焼きすぎなのは分かるのだが、どうも見捨てる事が出来ない。捨てられた子猫みたいで、見ていると自然に手を差し伸べたくなる。
「俺のためだと思って、」
「奏太くんの、ため?」
首を傾げながら長い髪を揺らして、頭にはハテナを浮かべている。
「……一人で作って食べるより、誰かに食べて感想とかもらった方がすごく嬉しんだよね」
彼女に手料理を食べてもらって分かったが、人から美味しいと言われると心から嬉しい。誰かのために作る方が、やり甲斐も感じるし満足感もある。
一人の時は作るの面倒だと思うこともあったが、誰かのためとなると、やる気も出てくる。俺のわがままなので、強制はできないが出来るなら食べて欲しかった。
「それで奏太くんの、友達の力になれるなら協力したいです」
「決まりだな」
友達のお願いに弱い琴葉は、俺の願いを了承してくれた。皿洗いを終わらせ、有栖の座ったソファの隣に腰掛けた。
「ですが、お金とかは払いますよ」
俺が何か行動をするたびに、お金やらお返しを渡そうとするが、友情は優しさをお互いに送り合う事でより深いものとなっていく。
友人だから貸し借りなどはきちんとしないといけないという彼女の考えも一理あるが、俺の求める見返りはお金などではなく感謝の一つで良かった。
「お金はいいよ、いつも多めに作るから余るんだ」
「それでも払うべきです」
大切なのは、お金よりも気持ちというのを彼女が最も理解しているはずなのに、恩の返し方を知らない彼女は金銭でのやり取りしか思いついていない。
「そのお金を材料費の支払いとして使うんじゃなくて、他にも使い道はあると思う」
ヒントとして放ったその言葉にピンと来たようだった。眉を下げながら、じっくりと考えている。
「……つまり、お返しで材料費とかにお金を使うよりも、奏太くんの為になる事にお金を使った方が良いって事ですか?」
「だからと言って、お金を使えって事じゃないからな。感謝の仕方がお金だけじゃないのは琴葉も知ってるだろ?」
「なるほど……」
与えすぎたヒントのおかげで、その答えに辿り着いたようだった。本当は自分でこの答えまで来た方が良かったのだが、大切なのはこの答えを理解できるかなので、その道中は特に気にしない。
「奏太くんのためになるもの、なんでしょうか」
「そのうち見つかるよ」
「見つけます」
意気込んでいたので、見ていると微笑ましい気持ちになる。
「いつから持っていけばいい?」
「私はいつからでも構わないですよ。作ってくださるのは奏太くんですし、ご都合の良い時からで良いと思います」
作り手の俺の事を考えてくれる丁寧な返しだった。俺も一人暮らしをしているので、これといって用事もない。明日から作る事も可能だが、明日は機種を新しくしに行くと言っていたので、明後日からにした方が良さそうだ。
「明後日から持っていくわ」
「明後日からですね、待ってます」
笑顔を浮かべる彼女を見て、美少女だということを再確認した。これで彼女の食生活は少しは改善されるはずだ。
「あの、私からもお願いがあるんですが……」
「何だ?」
すっかり落ち着いているが、まだ微熱だということを思い出す。このお願いを聞いたら、すぐに眠らせよう。
「明日、機種を変えるのについてきてもらえないですか?」
「いいけど、俺必要なの?」
「一人じゃ心配なんですよね」
率直な疑問だったが、機種変に一人じゃ心配という気持ちもわかる。俺はそこまで機械に詳しい訳ではないので行った所で隣にいるだけになりそうだが、折角のお願いなので聞き入れる。
「そのついでにラーメン食べいく?」
「それいいですね!」
我ながら名案だと思った。そうすることで、明日はどちらかの為でなくてどちらの為にもなるので、お互いが満足できる良い計画だった。
「ゴホッゴホッ」
テンションが上がった琴葉はまだ風邪なので、俺はそろそろ帰らなければいけない。
「飯食ってから機種変に行くか、」
「それが良いと思います」
「じゃあ11時くらいにここに来るが、体調が優れてなかったら休ませるからな」
大前提として、琴葉の熱が下がっていなかったら外出はさせない。途中の道で倒れるかもしれないし、風邪が悪化する可能性も否定出来ないので、明日ここに来た時に体温を測る。
「治せるよう頑張ります」
「無理はするなよ」
買ってきた風邪薬を渡すのを忘れていたので、レジ袋の中から取り出して渡す。
「これ飲んで寝ればなんとかなる」
「こんなものまで……」
「しっかりと治してくれよ」
「はい」
そう言って、座っていたソファから立ち上がる。
「もう寝ろよ」
「寝ます」
「じゃあ、帰るわ」
「こんな時間までありがとうございます」
時刻を見ると、もうすぐ9時になりそうだった。どうやら随分と話し込んだらしい。
「奏太くん、今日は迷惑をかけましたが看病してくれてありがとうございます」
「いいよ、普段は絶対で見れないであろう琴葉も見れたし」
「それは忘れてください」
甘える琴葉の姿は今でもしっかりと覚えている。この顔を知るのは俺だけだという特別感に浸りながらも、彼女の家から立ち去り、自宅へと帰った。
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