第12話 看病③
「口開けて」
「アーン」
開いた口の中にスプーンを入れる。
「とっても美味しいです」
「レトルトだけどな」
熱のせいか顔が若干紅潮している。目を細めながら幸せそうな顔をしている琴葉は、年相応のあどけなさを感じた。
「まだまだたくさんあるからな」
「やったー!ありがとうございます」
そして、二口目を口の中に入れる。人にアーンするのなんて初めてだが、口に入れる側も緊張するという事を知った。
「スプーン離して」
口の中に入ったスプーンを口に咥えたまま、離そうとしなかった。無理矢理取ることも出来るのだが、唇を切って怪我でもしてしまった時の事も考えて、それはしない。
スプーンは丸いのでそんな怪我はしないだろうが、何があるか分からないので、彼女が口を開いて話したタイミングで抜く事にする。
「これも美味しいです!」
「今食べてるのはスプーンだぞ」
「ん、やっぱり馬鹿にしてるんですか?」
口をムの字にしながら、俺に訴えてくる琴葉はやはりいつもと雰囲気が違うが、スプーンを美味しいと言われても信じるわけがない。その後もスプーンを口から取り出してはまた口に運んで、と同じ事を繰り返した。
「全部食べ切ったな」
「美味しかったです」
お粥を食べている時に美味しいという言葉を何度も発していた。レトルトでこんなに美味しいというのなら、手作りならどうなるのかな……。
そんな機会が来る事は普通はなさそうだが、少しだけ想像した。
「今日は幸せです」
「アーンされたからか?」
「そうですね。アーンもされましたし、看病もしてくれました」
琴葉は指を出して、数を数えていた。下を向いて真っ直ぐな瞳をしている。
「手を握ってもらいましたし、らーめんを食べに行く約束もしました。あと看病に行く約束もしました。それに……」
「それに?」
「人のぬくもり、優しさをもらった気がします」
単なる心配と親切心、それだけで行動したと言い張ることは出来ないが、琴葉が幸せと感じてくれているのなら良かった。
「夜ご飯も作っていこうか?」
出過ぎた親切心かもしれないが、少しオーバーに優しさをあげた方が、孤独を生きた彼女に効くような気がする。
「いいんですか?ありがとうございます!」
今の琴葉には、断るという選択がない。なので、ちゃんとした意識に戻った時に面白い反応をしそうだった。
「俺、食材買ってくるわ」
「気をつけてくださいね」
「眠れとは言わないが、横になっとけよ」
また鍵を借りて、家から出た。本日二度目の道を通りながら、スーパーに向かう。スマホを見てみると一件の不在着信が入っていた。俺の交友関係にある人物は連絡先を持っているので、間違い電話だろうと思ってかけ直しはしなかった。
スーパーへ行き夜ご飯を考えるが、琴葉は体調が悪いので飲み込みやすいものが良いはずだ。そうなると、うどんとかの麺系になってくる。だしなどもあの家にはないだろうから、一から全てを買うとなると割と値がする。
今日一日でかなりのお金を使った気がするが、多めに生活費や小遣いを渡されているので、これといって問題もなかった。
風邪薬も買い忘れていたのでついでに買った後、再び琴葉の家に戻った。辺りはすでに暗くなっていた。
「奏太くん……?」
まだ横になっておいてと言ったはずの琴葉が、玄関まで来て立っていた。
「まだ立つな、そして横になって」
「………そうします」
ふらふらと前を歩きながら、ベットに座った。さっきの反応を見るに、俺が出かけた後にちゃんとした意識に戻ったのだと分かった。
モジモジしながら、俺の方を見ている。
「私、なんか変な事とか言ってたりしてましたか?」
「変な事は言ってないけど、幸せだとは言ってたな」
「あぁぁー!!」
腕に枕を抱き締めて、そこに顔を埋めた。そこからでも分かるくらいに赤く染まっている。
「あと、手を繋ごうと言ったり、アーンして欲しいと言ったりしてたな」
「もういいです。もう分かりました」
自分が甘えている時の記憶は全てあるようで、確認のために俺に聞いてきた。
「夜ご飯はうどんでいいか?」
「本当に作ってくださるのですか?」
「俺からの提案だしな」
親切心と言ったが、高熱の人を放っておくなんてできないし、彼女にとってはそれが心を傷つけてしまう行為だと知っている。知っていたとしてもやりすぎではあるが、やらないよりは良い。
それに、自分の料理を誰かに振る舞いたかった。一人暮らしを始めてから行った、初めての料理も誰からの感想ももらっていないし、一人で食べていると寂しく感じる時もあった。
「また貰ってばかりです。何もお返し出来ていないのに」
「一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。それがお返しになる」
我ながらクサイセリフだったが、本心だった。
「………ありがとうございます。でも、これに関しては絶対お金払いますからね」
「そこまでいうなら分かった。割り勘でいいか?」
「はい」
これも俺の支払いで良かったのだが、彼女の提案の全てを断るのもなんだか失礼な気がしたので、夜ご飯に関しては割り勘にした。
「作り終わるまでは横になっとけよ」
「同じ事を何回も言われたので、そのつもりです」
無理して立ってるのが分かるくらいに、ふらふらしながら自室へ行った。
時刻は7時を過ぎていて、夜ご飯を食べるには良い時間だった。買ってきた食材をキッチンの台の上に乗せる。風邪にはニラが良いと聞くので、ニラと肉と卵の入ったうどんを作る。
まず鍋に鶏ガラスープを入れて沸騰するまで待つ。沸騰したら肉を入れて、色が変わったらあくを取り除き、冷凍うどんを入れる。
ニラを適量サイズに切り取って、鍋の中に入れたら、元気が出るように買ったおろし生姜も入れる。
混ぜるたびに鼻までくる匂いに食欲をそそられながら、塩胡椒でさらに細かく味付けをする。
その後、片栗粉を入れてとろみがついたら、溶いた卵を入れて完成だ。
比較的簡単に作る事が出来たし、味見をした感じでは自信もあった。作り終えたので、琴葉を呼びに言った。
「出来たけど、どのくらい食べる?」
まだ盛り付けてはいなかったので聞いた。
「熱はありますけど、食欲はあるので普通に食べられますよ」
「了解」
作り終えたうどんが入りそうな食器を取る。大きめの食器が一つしかなかったので、琴葉は一回り小さめの食器にした。普通に食べられると言っていたが、俺のものよりは量を減らした。
「出来たぞ」
「ありがとうございます」
お茶とコップも持っていき、二人がけのダイニングテーブルに運んだ。
「いただきます」
「…いただきます」
元気が出そうな食材を選んで入れたのだが、琴葉はそれに気づいた様子もない。
「写真撮ります」
「そのうどんをか?」
「はい、そうですね」
なんやかんや言って女子高生というべきか、記録として残しておきたかったらしく、スマホを取り出した。
「あ、そういえば壊れてました」
「ドンマイ」
ショックそうな顔をした後、俺の顔を見つめてくる。俺にスマホを貸してと言いたそうな顔をしているが、俺にそんな記録を撮る趣味はない。
「カメラ貸してください」
「俺そういうの撮らない人なんだよね」
「お願いします」
圧がすごいので、仕方なく渡した。
「すぐ消すからな」
「私に送ってから消してください」
「連絡先知らんし」
連絡先を交換する機会なんてなかったので、知らなくて当然だ。
「私のやつを登録しておくので、送ってください」
「それなら今自分で送った方がいんじゃね?」
「それもそうですね」
うどんの写真をパシャリと撮った後、琴葉が電話番号を打って連絡先を登録した。そして、写真を送信したようだった。
「明日、機種変えるので返信は待ってくださいね」
「何を返信すんの?」
自分で送った写真に対して、自分で返信するような性格には見えないが、実はそういう一面もあるのかな?なんて思いつつも、ようやく箸を握った。
「何でも、です」
「なんじゃそりゃ」
相変わらず謎だらけだが、お腹も空いたのでうどんを口に運んだ。少し濃い味付けのスープにまったりとした卵が流れてくる。
肉を噛めば口中に広がって、ニラがそこにきて旨さが倍になる。そこに麺がくるので至福の味だった。若干効きすぎた生姜の味が、緑茶を欲した。
「これ、凄く美味しいです」
「……ありがと」
正面でそう言われると気恥ずかしさを覚えるが、人に振るった手料理で感想を言われるのは、素直に嬉しかった。
「……味付けは濃いのに、優しい味がします」
「それは味覚がバグってるんじゃないか?」
「そんな事はないです」
スプーンを美味しいと言った人の感想なんて参考にならないが、褒められると口角が上がってしまう。
自分でも予想以上に美味しかったので、すぐに完食してしまった。今回は琴葉も普通のスピードで食べていた。
「また、作ってくださいね」
「連絡してくれればいつでも作ってやるよ」
「毎日しちゃうかもしれないです」
いつも通りの琴葉に戻ったと思っていたが、まだ甘えるモードの琴葉も残っていた。
*恋愛日間4位、週間3位、月間18位ありがとうございます!
個人的に、琴葉のらーめんが平仮名なの気に入ってるんですけど、良くないですか?
これからも応援お願いします!共に良い作品にしましょう!!
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