第11話 看病②

「奏太くん、おはようございます」



俺も彼女の顔を眺めているうちに、眠ってしまったようだった。目を覚ました時には、すでに琴葉は起きていた。




「おはよう。体調はどうだ?」

「まだ頭がクラクラしますけど、多分大丈夫です」

「大丈夫じゃないだろ」



冷静にツッコミながらも、買ってきた体温計を差し出した。最新の非接触型の体温計を買ったので、それなりに値が張った。




「こんなの家にはなかったはずですけど…」

「だろうと思って買ってきた」

「ば、馬鹿なんですか?」




馬鹿と思われるのも仕方がなかった。普通、友人の看病をするのに体温計を買う人なんて滅多にいない。




「必要だろ」

「代金は払います」

「要らないけど」



こちらの自己満でやっているだけであって、代金を受け取るためにやった訳ではない。




「要るとか要らないとかの問題ではないです」

「友達ならこれくらいするだろ」

「そうなのですか?」




琴葉に対して、『友達だから』という言葉は都合の良い言葉のような気がする。




「いえ、友達だからこそ、貸し借りに関してはきちんとするべきです」

「貸してない、あげた」



彼女の言う事にも一理あるし、伝えたい事もわかるが、こちらが親切心でやっている事を無下にされているような気がするので、素直に受け取って欲しい。




「理不尽です」

「……そこまで言うなら今度ラーメン奢ってくれよ」

「らーめん代を渡せばいいのですか?」



彼女は近くに置いてあった鞄の中に手を突っ込んで財布を取り出した。




「違うよ。……その、あれだ、一緒に食べに行かないか?」

「私とですか?」



女子を誘うならラーメンじゃない場所のほうが良いのだろうが、俺はもうラーメンと口に出してしまったので、今更訂正は出来ない。




「そうだけど、嫌なら断ってくれていいんだ…」

「私と行ってくださるんですか?」

「俺が誘ってるんだし」



琴葉は俺の顔を見つめて、そのまま黙り込んだかと思えば、いきなり布団に潜り込んだ。 




「どうしたどうした」

「何でもないです」

「それは本当に何でもないのか?」



布団の中にいるので、彼女の様子を何一つうかがえない。




「で、行ってくれるの?行ってくれないの?」



俺自身、誘いを断られたらショックを受けると思うが、答えを先延ばしされると受けるダメージが大きくなるので、いち早く答えを聞きたい。




「……きま…」

「なんて?声がこもって聞こえない」

「いきます…らーめん一緒にいきます」




誘いを断られなかったという安心感に襲われるが、ラーメンのニンニクなどの臭いを嫌う女子は多いと聞くので、女子といくならラーメンはやめた方が良いのかもしれない。




「ラーメン以外でもいいんだぞ?」

「らーめんがいいです。食べたことないので」

「琴葉がそう言うならラーメンにするか」




彼女はどうやらラーメンも食べた事がないらしい。これ以外にも、彼女が食べた事のない食べ物はたくさんありそうだった。



いつか食べさせてあげたいな、と同情でも親切心でも何でもない感情が出てきたが、高校生の財布には厳しそうなので断念する。




「もしかして、余計な事とか考えてます?」

「余計な事ではないけど、考え事はしてるな」

「別に私は」




その続きは言わせない。本人は踏ん切りがついたと思ってるかもしれないが、その言葉を発言するだけで、知らず知らずのうちに彼女の心が傷ついていくのが分かってしまう。




「熱測るぞ」

「え?あ、はい」

「前髪あげて」

「分かりました」



話題を逸らすためにも、本来の目的に切り替える。




「37.5度か、まだあるな」



倒れていた時の体温を測っていないが、最初の頃よりも顔色が良くなっているので、少しだけ熱は下がったはずだ。




「折角少し下がった熱がぶり返さないように、ちゃんと休んどいて」

「はい。休んでおきます」



長話を持ちかけたのは俺なので、悪いのは俺だが、意識として休むモードに入って欲しい。




「お腹減ってる?」

「ぼちぼちですね」

「キッチン借りてもいい?」

「かまいませんよ」



さっき家から出た時に、スーパーにも寄っていたので、レトルトのおかゆやプリンやらを買ってきていた。




「プリンも買ってきたから、俺が帰った後に食べてくれ」

「……貰ってばかりですみません」

「ラーメン奢ってくれるんだろ?」

「でもその価格に大きな差がありますよ」




ラーメン一杯と、体温計やその他諸々を比べては価格に差があるのは明らかだった。




「恩を売って損はないだろ?」

「それはそうですが…」

「俺が倒れた時に、看病してくれよ。俺も一人暮らしだからな」



恩を売っているつもりもないのだが、こう言わないと琴葉が納得してくれなそうだった。




「それで良いのでしたら」

「それでいいんだよ。もうちょっと寝といて、お粥とか作るから」

「本当にいつか絶対恩は返します」




熱の時くらい大人しく甘えていれば良いのだが、そううまくはいかなかった。キッチンに向かうため、彼女の家の中を一人で進んでいく。




「予想とは違うな」



生活感のないリビングかと思ったら、中途半端に散らかった、生活感しか感じられないリビングだった。



「弁当とか、ゼリー飲料とかのゴミしかないな」



失礼だと思いながらもゴミ箱の中を覗くと、自炊した形跡のカケラもないゴミがあった。さらに、キッチンの台の上には開封すらされていない調理具も多々あった。



意外さを感じながらも、プリンを冷やそうと冷蔵庫を開くと、そこにも驚きの光景が広がっていた。




「ゼリー飲料と緑茶しかない……。あと、スーパーの弁当が一つ」




何だこの冷蔵庫は!と言いたくなる程に色が決まっていた。ぱっと見だと、弁当の容器の黒と緑茶のパッケージやラベルやらの緑、ゼリー飲料の容器の銀色の3色しかない。



彼女のハウスキーパーがいなくなったのが中学の頃と言っていたので、もしかすると、ずっとこの食生活を送っていたのかもしれない。以前、彼女の唇の血色が悪いなと感じたのも納得だった。



プリンを冷蔵庫の中に入れた後、失礼だと思いながらもう一度ゴミ箱を覗くと、野菜ジュースのゴミも入っていた。




「こりゃひどいな」



自分の生活もだらけていると思っていたが、自炊する時があるだけまだマシだった。




「とりあえず、お粥だけ用意するか」



レトルトのお粥を袋の中から取り出して、さっさと作った。熱の時にこそ、このゼリー飲料を飲むべきなので、それもついでに持っていった。




「ほれ、作ってきたぞ」

「んー、ありがとーございます」




琴葉は寝ぼけているというべきか、半分寝て半分起きているといった状態に等しかった。俺が部屋に入ってから、座りながら目を開いたり閉じたりしている。




「寝た方がいんじゃないのか?」

「寝てないです!眠くもないです!起きてます!」

「あっそうなの?」



この寝ぼけ琴葉は、いつもより声のボリュームが大きいし、感情の表現が激しい。




「これ食べれるか?こぼしそうだな」

「こぼしそう?馬鹿にしてるんですか?」

「そういうわけじゃないけど……」




やけにテンシャンが高いので別人のようだ。普段ならこんなに喧嘩腰にはならない。そう分析しても、まだ本来の琴葉を知らない。




「そんなに馬鹿にするなら、アーンしてください」

「は?」

「アーンしてください!」



今の琴葉は、眠気と熱の怠さをどっと感じて、まともな思考が出来ていなかった。つい数分前まで丁寧受け答えをしていた彼女は、めちゃくちゃ甘えてくるようになった。




「自分の言ってる事分かってる?」

「アーンです!」



自分の言っている事は理解しているみたいだったが、その事のヤバさに気づくのにはまだまだ時間がかかりそうだった。




「アーンしてくれないんですか?」

「すればいいんだな、後悔するなよ」



そう言い、スプーンでお粥をすくって、彼女の前まで持ち上げた。









*恋愛でのランキング日間1位、週間4位、月間24位ありがとうございます!




1位ですよ!1位!!本当に感謝です!!




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