第10話 看病①
翌朝、目が覚めるといつにもまして体が重かった。
「昨日は色々あったな」
昨晩の事を思い出す。琴葉の過去を知り、そして友達になった。した後に友達になるなんて、普通は逆なのだが、不思議と違和感はなかった。
「今日も学校か、」
ため息をつきながら、ベットから立ち上がった。そのままキッチンに向かい朝食を作る。食パンにマーガリンを塗って、トースターに投げ込んだ。そんなに腹が空いている訳でもないので、一枚だけでも足りそうだ。
「チンッ」
その音を聞いて、トースターからパンを取り出す。朝は温かい飲み物を飲んだ方が良いと聞くが、用意するのが面倒なので、常備してある緑茶を流し込む。
朝食をさっと食べた後、身支度を済ませた。
「行くか…」
何をするにも気乗りしない朝の気だるさを感じながら、自分の家の扉を開いた。
「おぉ奏太、おはよう」
ようやく辿り着いた学校で、俺を迎えていたのは拓哉だった。
「お前、未読無視しやがって」
「今日の朝既読つけたから、未読無視ではない」
「無視したのには変わらないな」
拓也が未読無視した事にも、アドバイスを途中で辞めた事にも、そこまで怒りを感じている訳ではない。
むしろ、拓哉が変にアドバイスしなかったおかげで、琴葉との距離が近くなった。
「ごめんって、俺にも事情があってさ」
「何だそれ」
「言わねぇよ」
「元々聞くきないけど」
過ぎた事なので今更どうでも良いが、拓哉の事情というのには少し興味があった。
「あれ?お前何か変わった?」
「は?いきなりなんだよ」
拓哉はそう言って俺の事を眺めてくる。
「何も変わってねぇよ。それに野郎に見つめられると寒気がする」
「んー、悪い勘違い」
ヘラヘラしているので、冗談で言ったのか本気で言ったのかが分からない。
「はーい席についてー」
担任が来たので、自分の席に座った。今から朝のHRが始まるのだが、琴葉の姿が見えなかった。
「今日は、南沢さんが休みね」
昨日はちょっとしか濡れていないので、俺は大丈夫だったが、琴葉は風邪をひいたみたいだ。
友達になったからといって、学校内での接点は無いので特別支障をきたす事もないが、彼女は家に一人のはずだから心配ではあった。
そう思いつつも、気がついたら終礼のHRになっていた。
「えっとー、月城くん。南沢さんの家までプリント届けてくれる?」
「え?僕ですか?」
「家が近いのよね。この後何か予定あったりする?」
「これといって予定はないですけど……」
これは琴葉の様子を見に行ける良い口実となりそうだ。
「分かりました。けど、家分からないですよ?」
家を知っている事がバレてしまっては、関係性を疑われそうなので、しっかりと最初の段階で『分からない』と言った。
「それに関しては、地図を渡すわ」
生徒の住所を簡単に渡すのはどうかと思うが、俺は元々知っているので、何も問題はない。
「先生、自分が持っていきましょうか?」
そう立ち上がったのは、間宮翔だった。
「誰でもいいんだけど、間宮くん家の方向逆だしね…。それにもう月城くんに渡したから、また今度お願いしてもいいかな?」
何故彼がそんな提案をしたのかが、いまいちピンと来なかった。
「ドンマイ間宮〜、好感度を上げしようとするからフラれるんだぞ!」
「あはは、間宮くんウケル〜」
「今のは好感度狙ってるのバレバレだぞ〜」
彼と仲の良いクラスの人達がそう茶化していたので、そういう事なんだと納得した。
「お前ら言うなよ〜、先生にバレたじゃないか」
「間宮くん、好感度を狙っているのかもしれないけど、そういうのは色んな人にやると、もっと良いわよ!」
「先生まで馬鹿にしないでくださいよー!」
クラスからは爆笑の嵐が生まれる。その中で拓哉と目があったが、彼も何が面白いんだと言った表情をしていた。俺と拓哉のどちらも同じ心境だということが分かり、その事で互いに笑った。
「じゃあ月城くん、お願いね」
「はい、分かりました」
俺がそう言った後に、誰かが舌打ちをしたのだが、クラスの笑い声にかき消されたので、奏太の耳には届かなかった。
終礼が終わった後、寄り道する事なく真っ直ぐと琴葉の家に向かった。
「ピンポーン」
琴葉の家はセキリュティが万全なので、一階でロックを解除しないといけない。そのロックの解除は鍵か、自室からしか開けられないので、琴葉が反応してくれないと中には入れない。
最悪の場合、ポストにプリントだけ入れて帰るのだが、こうして呼び出しをしてもロックの解除すら行われないので、どうしても心配になる。
「ウィーン」
呼び出しを行なってから数分経って、目の前の自動ドアが開いた。一度来た、懐かしいエレベーターに乗って、彼女の部屋に到着した。
「ピンポーン、ピンポーン」
部屋のインターホンを数回鳴らすが、扉が開く様子はない。流石にヤバそうなので、ドアノブを捻ると扉の施錠はされていなかった。
「失礼します…」
心の中でそう唱えながら、ゆっくりと扉を開いた。
「わっ!」
扉を開けたらすぐそこに、琴葉が倒れていた。おそらく無理をして立ち上がって、エントランスのロックを解除した後、何とか部屋の鍵を開けたのだろう。こうなったのは俺のせいだ。
「大丈夫か?」
慌ててしゃがみ込んで、容態を確認する。
「今は緊急時だからな……」
一人そう呟いて、彼女のおでこに優しく手を当てた。
「熱い、かなりの高熱だな」
俺のおでこと比べると、かなりの温度差があった。ここにいては悪化しそうなので、今すぐにベットに行ってもらいたいのだが、生憎と琴葉は倒れ込んでいる。
「俺が運ぶしかないのか?」
彼女のベットがある部屋は知っているし、女の子一人くらいなら持ち上げられるとは思うが、果たして許可なく触れても良いのか。
迷っていても何も解決しないので、運ぶ事にした。
「うっわ、軽」
羽のようにふわりと持ち上がった。というのはあくまで例えだとしても、本当にそれくらい軽かった。
今触れている手の位置に問題はないが、すごく居た堪れない気持ちになりながら部屋の中を進んでいく。ベットの上におろした後、上から布団を被せてあげた。
近くに机があったので、先生から受け取ったプリント類をそこに置いた。今は体温計などで熱を測って、その後にタオルで体を拭いたりした方が良いのだが、許可なくそこまでする事は出来ない。
とりあえず、薬局に行って薬とその他に必要なものだけを買いに行く。今度はロックが解除されないので、玄関に置いてあった鍵を少しだけ借りた。
「これが薬で、これがゼリー飲料で」
「んー、頭痛い………今何時でしょうか」
「6時だな」
「6時ですか………えっ、月、奏太くん!?」
俺がここの家に来て、1時間ちょっと経ったくらいだろうか、彼女が目を覚ました。そして慌てている。自分でロックを解除したのだから、俺がいるのは知っているはずだ。
「まだ熱が下がった訳ではないから、落ち着いて」
「はい…」
深呼吸をして落ち着いた後、俺に話しかけてきた。
「あれは夢じゃなかったんですね」
「ん?夢?」
「奏太くんが、私の家に来てくれた夢かと思いました」
彼女は高熱で頭もフラフラしていたから、夢だと思っていたらしい。
「とりあえず、俺部屋から出るからこれで体拭いて」
琴葉が寝ている間に用意した、水の入った容器とタオルを差し出した。
「ありがとうございます。……何故部屋から出るのですか?」
「いや、見えるじゃん。色々と……」
「あ、そ、そうですね」
そう告げた後、部屋から立ち去る。一度全部見た事があるけど、女性には一応配慮が必要だ。
「拭き終わりましたよ」
琴葉のその声を聞いて、再度部屋に入る。
「おつかれ」
「……あの、すみません。なんだかまた眠りそうなので、今日はもう帰っておいてください」
昨晩、わがままを言うとか迷惑をかけるとか言っていながら、結局俺に気を遣っている。本当は心細いはずなのに………。
「帰らないよ」
「私が寝ている間、どうするんですか」
「見とく」
「そんな事をしても時間の無駄ですよ」
高熱の時ほど誰かに頼りたくなるはずなのに、琴葉はそんな状態でも気を配っている。
「帰ってほしいか?」
「そういうわけではなくて……、迷惑ですよね?」
「友達になったら、たくさん迷惑をかけるんじゃなかったのか?」
「………迷惑をかけても良いのなら、帰らないで欲しいです」
ようやく甘えてくれたので、一安心する。ずっと孤独を感じながらで生きてきた彼女は、まだ人に甘えるという事を覚えていなかった。
「眠くなってきたと言っても、寝るまでは一人じゃ暇だろ?」
「慣れっこです」
「………必要な物とかして欲しい事とかあったら言ってくれ」
この悲観的な思考をどうにかして変えてあげたい。それをするには長い時間が必要になりそうだ。
「でしたら、手を握って欲しいです」
「手を握れば良いのか?」
「はい、お願いします」
今の琴葉は、熱もあるので甘えるというモードに入ったようだった。
「温かいです」
「これだけでいいのか?」
「だけじゃないですよ。これだからいいんです」
表情が緩みきった、警戒心一つない琴葉の顔は、幼い少女のようだった。普段の大人びていて、周囲に壁を作った表情とは違い、優しくて甘い顔つきをしている。
「看病されるの、初めてです」
「ハウスキーパーの人は?」
「あの人も私に興味なんてなかったから、ベットに放置して終わりでした」
両親も両親なら、ハウスキーパーも悪い。彼女は祖父母くらいしか良い繋がりを持っていない。その祖父母にも一度しか会えていないなんて、辛い過去だ。
「嬉しいです。私が帰っても良いと言ったのに、ここに残ってくれて」
俺の手を掴む力が強くなる。そしてまた顔いっぱいに笑顔を作った。
「ありがとうございます」
「感謝は熱を治してからにしてくれ」
「そうですね」
さっきの表情にドキリとしつつも、彼女の回復を優先したが、不意にくるあの表情は心臓に悪い。そんな事を考えていると、琴葉が安心したような寝顔を見せていた。
それでも俺の手を握って離さないので、俺はしばらくの間、彼女の寝顔を眺めていた。
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感謝しかないです!!
今後も応援お願いします!
次回もまだ看病です。今日よりも甘える琴葉を書くつもりですので、お楽しみに!!
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