第9話 モンブラン

「ありがとうございます。こうして誰かに話せたおかげで、気が楽になりました」



彼女の過去を聞いてから数分経った後、先に口を開いたのは彼女だった。流した涙はほとんど乾いていた。




「……まだ何も解決してないじゃないか」



気が楽になったとはいえ、俺に過去を話しただけだ。それで彼女の過去が消えるわけでもないし、その記憶は彼女の脳内に今も鮮明に残っている。




「解決はしないですよ。だって両親にその気がないんですもん」

「そうかもしれないが……」



彼女は、自分はもう両親から愛を貰えないという事を今回で理解していた。




「友達とかいたらこんな感じで相談とかするんですかね」



悲しい表情をしながらも笑みを浮かべる。正確にいうと、彼女の過去を聞いただけなので相談ではない。




「南沢さん友達いるだろ」

「あの人達は、私の外見に惹かれて周りにいるだけです。本当に友達と思ってる人なんていませんよ」

「……そう、なのか」



友達をつくる事さえ出来ないなんて、悲しい人生を送りすぎている。暗い公園の中で、再度彼女の顔を見る。その目には光が見えなかった。




「俺が友達になるよ」

「はい?」

「だから、俺で良ければ友達になるよ!」



俺が愛を教える。そんな無責任な言葉が言えるわけがない。前提として、好きでもない人にどうやって愛を教えれば良いのだ。それを自分に聞いても分かるはずもない。



そうして辿り着いた答えは、『友達になる』だった。



「でも、私と友達になっても良い事とかメリットとかないですよ?」

「……友達になるだけだ。そのくらいでメリットなんか提示されても困る」

「それでも、」



過去の出来事でボロボロになった心が、今の現状と俺の発言を受け入れていなかった。




「たくさん迷惑もかけますよ?」

「逆に聞くが、人に迷惑をかけないで生きている人がいると思うか?」



俺がそう答えても、まだ納得がいっていないようで、他の質問を考えていた。




「いっぱいわがままも言ってしまいます」

「好きなだけ言えばいい。叶えられるか分からないがな」



わがままを全て聞いていたら友達以上の関係になりそうだが、今の彼女には肯定してあげる事が大切だ。




「もう一度言う、友達になろう」



彼女の肩を掴んで、目を真っ直ぐ見る。その肩は、以前素肌を見た時よりも小さく感じた。




「あれ?何故でしょう。嬉しいはずなのに涙が止まらないです」




ついさっき乾き切った涙は、また瞳から溢れ出ていた。目の中には光が宿っていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「よろしくお願いします」

「よろしく、南沢さん」



彼女が落ち着くまで待った後、友達になったので軽く挨拶をした。それなのに、今の彼女はジーッと不満そうに俺の方を眺めている。




「えっと、俺何かした?」

「友達なんですから、名字呼びはやめてください」

「つまり名前で呼べと?」

「わがままを言ってもいいと言ったのは、誰でしたかね?」




わがままを言っても良いとは言ったが、いきなり来るとは……。自分で言った事だし、今回は願いが簡単なので従う。




「琴葉……」

「ふふふ、何ですか?」

「俺の事も勿論名前呼びなんだよな?だって友達だもんな」




これはわがままではない、琴葉のさっきの発言からすると、当然こうなる。




「確かにそうなりますね」

「じゃあ呼んでみて」

「そ、そう……奏太さん?くん?」

「どっちでもいいよ」

「では、くん呼びにします」




かしこまって言うので、笑えてくる。




「琴葉、そろそろ帰るか」

「折角友達になったのに……」

「もう10時過ぎてるぞ。明日は普通に学校だし、俺たち雨で濡れてるから、本当は今すぐ帰らないといけないんだ」



雨で濡れたのは多少だが、それでも風邪を引く可能性はある。季節は夏に近づいていくとはいえ、夜はまだ冷えている。




「そのモンブランは持ち帰って家で食べていいからさ」

「………このモンブランだけ一緒に食べましょう?……家に帰ったら、また一人ですし」



そう言われると断ることが出来ないので、モンブランだけ食べて家に帰ることにする。




「味わって食べてくれよ」

「このモンブラン、よく見たら普通のやつとは何か違いますね」

「チョコとイチゴ味らしい」



俺がコンビニまで買いに行ったモンブランが、まさか琴葉の心を開く鍵になるとは思いもしなかった。




「いただきます」

「絶対うまいからな」



2種類の味が楽しめるモンブランだ。美味しくないわけがない。スプーンの上に載せて、口に運ぶ。




「うまっ!」

「美味しいですね!」



チョコの濃厚さと、イチゴの甘さがダブルで伝わってくる。それだけで口の中が幸せになる。とどまる事を知らず、下品ながらもバクバクと口に運んでしまう。



気がついたらまっさらになっていた。




「小さな一口だな」



俺はすでに食べ終わったのだが、琴葉はまだ半分も食べていなかった。




「……わざとです」

「あ〜、女の子ぶるというやつか」



一度した関係とはいえ、してない今の方が楽しい。それは琴葉の感受性が、以前より豊かになったからに違いない。




「分からないのですか、」

「ん?何が?」

「何でもないです」



そう言った途端、急に食べるスピードが速くなった。



「私、帰ります」

「え、あぁ気をつけて」

「また明日お会いしましょう」



突然猛スピードで食べて、すぐに帰宅していった琴葉の顔は、とても赤くなっていた。






【あとがき】



*ここまで良いなと思って下さった方は、レビュー等くださると嬉しいです!!

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