バラ色の宇宙(うみ)[改稿]

かしも りお

バラ色の宇宙(うみ)[改稿]

 未来ってやつは、だいたい灰色かバラ色と相場が決まっている。

 多分その中間なんていうのは、ほとんど存在しないからだ。特に主観的には。

 考えてもみたまえ。今の君の生活はバラ色かね? 違う? じゃあ、灰色だ。

 え? そうでもない?

 じゃあ、子供の頃に想い描いていた君自身の未来と比べてみてごらんよ。

 サッカー選手とか宇宙飛行士とか医者とか大蔵省の官僚とか、そんなところを夢見ていなかったかい?

 比べてごらんよ、今の君と。


「うっせーな。なんだよ、その説教みたいなの。」

「あ、ごめーん、声に出てた?」

「またかよ、頼むから黙読してくれよ。」

「うーん、なんかね、やっぱり声で聞かないとしっくりこないんだよねー。」

「起きちゃったじゃん。」

「ごめんってば。あ、なんか食べる?」

「いま何時?」

「えーと、もうすぐ6時。」

「朝の?」

「もちろん。」

「なんだよ、あと一時間眠れたじゃんか。」

「だから、ごめんって。でも、たまには早起きもいいかもよ?」

「三文寄こせ。」

「持ってない。」

「じゃ、3ドルで許してやる。」

「持ってない。」

「ちぇ、ビンボ臭いなぁ。」

「そんな昔のお金持ってるわけないじゃない。」

「あれだぞ? 六文銭持ってないと、三途の川渡れないんだぞ?」

「渡るの?」

「いや、まだ渡らねぇ。」

「じゃ、いいじゃない。」

「いつでも用意しとけって、ばぁちゃんが言ってた。」

「私おばあちゃんいないし。でもさ、持ってたとしてさ、君にあげちゃったら私はどうすればいいの?」

「二人で十二文持ってればいいんじゃね?」

「えー、ほんとに? 君だけ生き残っちゃうかもしれないじゃん?」

「んなわけねーだろ。」

「それもそうか。で、何食べる?」

「続きで。」

「えーと、じゃあ、8番ね。」

「カツ丼か。朝から重いなぁ。」

「別のにする? 」

「いい、それで。」

「へいっ、しょーしょーお待ちっ! 」

 チーン

「あちっ」

「気をつけてね。」

「ん、ダイジョブ。このあいだは悲惨だったからなぁ。はふっ」

「よりによってカレーだったからねぇ……。」

「思い出しても泣きたくなる。はふっ」

「食後の運動は何にする?」

「泳ごっかなー。もぐもぐ」

「プール?」

「いや、南の島がいい。」

「あら? 珍しい。」

「なんかそういう夢を見たんだよ。もぐもぐ。」

「砂浜から?」

「んーと……、あ、なんか船に乗ってた。白いヨットみたいなの。」

「ん、分かった、ちょっと待って、探してくる。えーと、あ、いいのがあった。」

「嵐の海じゃねぇだろうな。」

「え? ダメだった? 夜の嵐。」

「殺す気か。」

「死ぬわけないじゃん。てか、最近あなた、ちょっと消費カロリー減ってるからさー。」

「やめろ。穏やかな昼間の海にしろ。余計に泳ぐから。」

「ふーん、そんな夢だったんだ。可愛いがいっしょだった?」

「いや、二本足の、タコみたいなヤツが操縦してた。なんか親友みたいな設定だった。」

「なにそれ、楽しいの?」

「そんときは、すっげぇー楽しい気分だった。ふたりでずーっと冗談言って大笑いしてた。」

「あー、それでか。」

「え? 寝言、云ってた?」

「うん、結構盛大に。見る?」

「やめろ。消せ。」

「やだ。」

「あっ、てめぇ、また俺を脅すネタにする気だな?」

「そんなのしたことないじゃん。」

「うそつけ。」

「あー、えー、えーと、お願いしかしたことないよ?」

「ちっ、まぁいいや。よしっ! 泳ぐぞっ!」

「はーい、いってらっしゃーい。(ほっ)」

 カチッ。全周囲立体モニターが大海原を映し出す。

「おい、なんでタコまでいるんだよ?」

「好きなのかなーって。」

「それに、なんだこの船。まるで難破船じゃねーか。」

「駄目だった? ちゃんと浮いてるでしょ? タコ&船長で検索したらこれしか出てこなかったから。」

「タコはいらねぇんだよ。あ?こいつ海賊だろっ!?」

「だいじょぶ、設定は親友だから。」

「親友じゃねぇっ! クソ、もういい、泳ぐ。」

「はーい、いってらっしゃーい。」

 陽の光も、水の触感も抵抗もきっちり再現されたヴァーチャルな海をひたすら泳ぐ。


「うー、疲れたー、もうだめだー。そろそろいい時間じゃねぇ?」

 ヴァーチャルなオンボロ船に這い上がる。

「もう一回。」

「えー? 多くねぇ?」

「ほら、船長も応援してくれてるよー。」

「うっせぇ、だいたい、なに言ってっかわかんねぇし。」

「ほら、はい、行って。」

「わあったよ、くそっ」

 ざっぱーん


「はーい、おつかれさまぁー。」

「ぜぇっ、ぜぇっ、っ、もうっ、う、うごけねぇ…… 」

「限界までやらないと自分を超えられないよ。」

「うっせぇ、おらぁ、軍人、じゃ、ねぇ……っ、はぁっ、はっ、はっ」

「はい、スペシャルドリンク。」

「おうっ、ごくごく……、さんきゅ。ふぅーっ、染みるぜ。」

「それは良かった。いつものスポドなんだけどねー。空腹に勝る調味料はないってほんとだねー。おつかれさまー。」

「ちょ、ちょっと寝てて、いい?」

「いいよー。異常ないし。」

「さんきゅ。」

 日の当たる甲板に横たわる。


「やっと落ち着いたよ。あーもー、しばらく泳ぎはなし。」

「毎日言ってるよね。」

「うるへぇ。おめぇもやってみりゃわかるよ。」

「無理。」

「ちっ。」

「では、今日のお仕事です。」

「あー、聞くだけは聞く。」

「水槽のお掃除と、電池交換2個です。」

「なんだよそれ、重労働ばっかじゃねぇか。なんだよ今日は。」

「たまたま、周期が重なっちゃったんですよねー。ご健闘をお祈りします。」

「なんだよ、ひと事みたいに。もいっぱい水飲んだらやる。」

「はーい、よろしくー。」


「よし、こんなもんか?」

「ばっちり。さすがの年季だねー。」

「おんなじことしかやってねぇからな。」

「おつかれさまでしたー」

「おう、自分のためだしな。」

 落ち着いたところを見計らって、声を掛ける。

「あの…… 」

「ん?」

「えっと。」

「どした?」

「えーと……、あの……、まもなく予定地点に到着します。」

「おお、そうか。ついに。」

 ギリギリまで報告しないように云っておいた。休暇は必要だ。

「モニターに出しますか?」

「おう。」

「よーっしっ! じゃあっ! 写しますよっー!」

 気合が入っている。

 どきどき。

「…… さあぁーーーんっ、にぃーーーーーっ、いぃーーーーーーちっ!」

 カチッ。

 全方位立体モニターが点灯し、満天の星の海を映し出す。

「あれ? おいっ! なんだよこれっ! いつもと一緒じゃねぇか。」

「フィルターかけてませんもん。」

「あんだけもったいぶっといて、意地悪かよ。」

 実際は事前の指示通り。

 非常時に外界を写すときもフィルターをかけなければ、ただの星の海しか映らない。

「かけますか。」

「たりめぇだ、早くしろ」

「さぁ、それじゃあ、改めて、行きますよーっ! さーんっ!、にぃーっ!、いちっ、」

 カチッ。


 星の海が、バラに変わった。

 目の前の、いや、目の前いっぱいに広がる巨大なバラ。

 圧倒的な赤と、黄色やオレンジ色と黒と青と、それから、青白く輝く無数の星々が織り成す、至玉の、巨大な光の宝石。

 想像をはるかに超える圧巻だ。

 言葉を失う。


 これを見るために、ここまで来た。

 実際の大きさは100光年を超え、ここからの距離もまだ何百光年もある。しかし中にまで入り込んでしまっては、この光景は見えなくなってしまう。だから敢えて、ギリギリ全てが視界に入るこの位置を選んだ。

 

「おう。」

 長い沈黙を破って声を掛ける。

「はい?」

「ありがとな、連れてきてくれて。」

「仕事ですから。」

「でもな。」

「わたしなんかに、お礼の言葉をありがとうございます。」

 普段のタメ口でなく、畏まって礼を言う。

「でも、これからがあなたの本番ですよ?」

「そうだな。」

 AI人工知能とふたりっきりで狭い船室に閉じこもり、超光速で宇宙そらを駆けて5年。

 この星雲の調査が目的だ。

 これから数ヶ月は、撮影し、測定し、無人探査機をバラ巻き、報告をまとめ、論文の資料をつくることに忙殺される。

 しかし、ここは、苦労の果てに辿りついた、彼にとって憧憬の場所だ。


 

 夢に見た、バラ色の、彼だけの未来いま



「ところでさ。」

「なんだ?」

「着いたからって、気を抜かないでね? 帰るまでが旅なんだからね?」

「おう、よろしく頼む。」

「まーかせてっ!」






-- あとがき --

 お読みいただき、ありがとうございます。

 某懸賞に応募して無事落選したものを改稿しました。 テーマは「未来の色彩」でした。締め切り直前に思いついて1時間でやっつけて応募したものだったので、碌な推敲も出来てなくて、さすがに酷い出来だったので見事に落選しました。

 主催のみなさんと、一所懸命に書かれて応募された皆さんに申し訳なくて反省することしきりですが、もったいないので、改めてちゃんと書き直しました。

 楽しんでいただければ幸いです。

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バラ色の宇宙(うみ)[改稿] かしも りお @kashimorio

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