第179話 仕方ない

 気付けば四人で馬鹿話をしていた。

 ジオの過去には触れず、この一週間の出来事。

 チューニの服を新調したことや、ぼったくりの店で飲んだこと。

 チューニが軍団を作ったことや、モテモテになったこと。

 さらに……


「ぬわははははは、リーダーとチューニが戦ったのか!」

「なかなか興味深いことをしていたのだな。で、チューニの課題は分かったのか?」

「まっ、一歩は踏み出したってところだな」

「けっこう怖かったけど……とりあえず、僕はもっと大人になるまでお酒は飲まないようにするんで」


 ジオとチューニが戦ったこと。

 それを聞いて、ガイゼンもマシンも興味深そうに笑った。


「ワシらは、さっき言ったように孤児院と出会って子供たちと遊んだり、ワシは妙齢のシスターたちの熟れた体を満足させてやり……」

「野盗退治などはしたな。もっとも、十賢者などのような称号を持った相手ではないので、大して脅威ではなかったがな」

「……さらっとこのジジイ、シスターたちを抱いたとか……人が大変な時にこのッ……いや、うん、まあ、男が旅をしてりゃ、そういうこともあるか」

「あっ、リーダー顔逸らした。ハイハイ、お二人、聞いて欲しいんで。ここに居るリーダーは十賢者の称号持ったエルフのお姫様と巨乳の従者の方とやらしいことをしていました」


 短い期間ではあったが、互いになかなか濃い内容の一週間であり、話すことはそれなりにたくさんあった。

 気付けば深夜まで話をしており、まだ眠らない夜が続いていた。


「しかし、十賢者……そんな称号が現代の世にあったとはのう。あの、キオウとかいう若造が十位というのは信じられんが……面白そうじゃな」

「確かに。奴は少し次元が違うと感じたがな」

「まぁ、十賢者の序列も強さじゃないからな。実際、昨日アイツに眠らされた中に十賢者のトップは居たし……俺の見る限り、多分戦えばあの男……エイム姫や、チューニの昔の女よりも……」

「あの、リーダー? 昔の女って……いや、あの、違うんで。昔、家の隣に住んでいただけなんで」


 オリィーシの話になって、チューニが顔を青ざめさせて否定した。それだけで、チューニのオリィーシに対する好感度が見てわかる。


「まっ、確かに少し思い込みの激しそうな危ない感じの女だったな。セクがその場に現れたときはどうなるかと思ったが……にしても、チューニ~」

「な、なに? リーダー……」

「あんま、冷たい態度取ってないで、多少なりとも昔の馴染みなんだろう? 少しぐらい話をしてやっても……は、まあ、うん。それはお前の判断しだいだけど……」

「リーダーは、なに? ツッコミを入れられたくてワザとやってるの!? 人がせっかく話題に触れないようにしてたのに、自分で話題を回収する?!」


 オリィーシが少し気の毒のように思えて、ジオがチューニをからかおうとすると、ジオが我が身に気づき、そしてチューニから即座のツッコミ。


「「……リーダー……」」

「うぐっ、が、ガイゼン……マシン……」


 そんなジオに、ガイゼンとマシンもジト目。

 三人とも、「お前が言うな!」と思っている目であった。


「……子供たち全員が眠るまで側に居てやり……」

「ん?」

「絵本を読んでやったり、子守唄を歌ってやったり……そして、皆が寝静まった後……一人、外で『何か』を思い出したかのように泣いている。今、丁度そんなところかもしれんの~」

「……な……何がだよ……」

「べっつに~」


 そして、ガイゼンがワザとらしい独り言を呟く。

 その呟きに、ジオはどうしても心をかき乱され、どうすればいいか分からないまま、何もできないでいた。

 


「「「は~……やれやれ……」」」


「な、なんだよ」



 そして、三人は同時に溜息を吐いて呆れた表情を浮かべた。

 三人がどうしてそんなことをしたのか、ジオにも分かっている。

 分かっているが、それでもどうしようもなく、そんないつまで経ってもウジウジしているジオを見て、ついにガイゼンも見かねた。


「あっ、そ~じゃ! 結局、さっきの話で……ワシらの対戦の話はどうなったんじゃ?」

「ん?」


 それは、もはや勝敗などどうでもよくなった、自分たちの対戦の話。

 どちらが面白い金の使い方をできるかというものであった。


「あっ? んなもん、もう、どうでもいいだろうが。慈善活動した奴らに勝っただの負けただの、決められるか」


 だが、もうそのことにジオは大して興味はなかった。今さら勝敗を決める気も無かったからだ。

 すると、ガイゼンは……


「いやいや、勝負は勝負。負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くというのがあったではないか?」

「ん? う~ん……まあ……」

「ちゃんと罰ゲームも定めたのだし、やはりそこはしっかり勝敗を決めなければならんと思うぞ?」


 なぜ、この状況でその話題を出し、更には勝敗に拘るのかがジオには分からなかったが、ガイゼンがそこまで言うならと、ジオもそれ以上反対はしなかった。


「わーったよ。じゃあ、何を命令するかはそのうちテキトーに考えるから……」


 何でも言うことを聞く。ガイゼンとマシンに何の言うことを聞かせるか? 

 パッと思いつかなかったので、そのうち何かを言うとジオは告げる。

 だが、それを聞いてガイゼンは首を傾げ……


「は~? な~にを言っておるんじゃ? なんで、リーダーが決めるんじゃ?」

「……はっ? いや、だって……」

「だって、どー考えても、ワシらの方が面白い使い方じゃろうが!」

「…………へっ?」


 勝敗を決める気はなかったが、もし勝敗を決めるとしたら、「面白い金の使い方」というテーマである以上、慈善活動にしか使っていないガイゼンとマシンに負けているなどと微塵も思っていなかったので、ジオは普通に自分たちが勝ったと思っていた。

 しかし、ガイゼンは「自分たちの勝ち」と告げた。

 一瞬何のことか理解できなかったジオだったが、すぐにハッとして反論した。


「いやいやいや、ちょっと待て! はあ? 何言ってんだよ! お前ら、ただ寄付しただけだろうが! 俺らの方が……」

「いやいや、リーダーの方が何を言っておるんじゃ? 未来ある子供たちへの投資。子供たちが将来何になるか未知数。ただの庶民に終わるか、もしくは素晴らしい才の持ち主で世界の発展に寄与するか、それとも世界を揺るがす大悪党になるか……未知の未来に投資したのじゃ! ウヌらのように刹那的な欲求を満たすだけの使い方より、よほど面白いであろう!」

「……な、なにいい?」

「というわけで、ワシはワシらが勝ったと思ってる! つまり、リーダーはワシらの言うことを何か聞かんといかんということじゃな~」


 あまりにもメチャクチャな話。

 そもそも、ガイゼンたちは先程まで勝負については放棄していたかのような態度であったはずが、ここに来て一変して、自分たちの勝ちだと主張する。


「の~? マシン。チューニもそう思うじゃろ?」

「………ふっ……」

「……あっ……そういう……」


 マシンとチューニに振るガイゼン。そのとき、二人に対してガイゼンはワザとらしく目をパチパチとアイコンタクトを送った。

 それを見て、二人もガイゼンの意図を察したようだ。


「そうだな……自分も、勝ったのは自分たちだと思っている」

「……うん、リーダー、往生際悪いんで。僕も、こんな面白い使い方されてたんじゃ、僕たちの負けだと思うんで」

「はっ? はああ~~~~????」


 マシンとチューニまで便乗。

 その意味をジオだけはまるで分らず、一体三人ともどうしてしまったのかと思わず声を上げると、ガイゼンは……



「というわけで、ワシらの勝ちで、罰ゲームじゃ。リーダーよ、ワシの言うことを聞けい」


「い、いや、だから……」


「ワシから言うことは……今すぐ、街の外に置きっぱなしにしている孤児院に行き、シスターたちのお手伝いをしてくるのじゃ」


「ッッ!!??」


「あと、もしその近くに泣いているオナゴが居るようであれば、声を掛けてくること。勝者の言うことは絶対じゃ~!」



 そこで、ようやくジオはガイゼンの思惑を理解した。


「ガイゼン……テメエ……」

「なんじゃ~? 負けたくせに、勝者の言うことを逆らう気か~? チームが決めたルールをリーダー自らが破るのか~?」

「うぐっ、て、てめ……」

「あ~、情けない。あ~、な・さ・け・な・い・の~う。ひょっとして、何かにビビッておるのかのう?」

「ッ、だ、誰が……誰が……」


 ワザとらしくオーバーリアクションを取りながらジオを煽るガイゼン。

 ジオは苦虫を潰したような表情を浮かべるが、何も言い返せない。

 すると……


「リーダー……」

「マシン……」

「彼女からは……血の匂いや、戦争の匂いも……非情の雰囲気も無かった。一度敵と判断した者に対して、敵愾心を持ったり、罵倒したり、傷を付けたりをするような……そういう人物ではないと思う」


 マシンが、ジオの肩に手を置きながら告げる。



「かつて、ハウレイム王国で再会した自分のかつての仲間たちや、リーダーのかつての仲間たち……あの者たちは……敵と判断した相手にはそういうことをするのだろう。戦争という身に投じ、そして最前線で戦っていた者たちだ。だからこそ……自分やリーダーに対して……」


「マシン……」


「だが、彼女は違うと思う。仮に、リーダーのことを忘れていた時期があったとしても……魔族と敵対していた、『帝国の王族』だったとしても……だ」



 それは、この一週間でその人物と多少なりとも関わったマシンの印象なのだろう。

 その言葉を聞いて、ジオは余計に舌打ちした。


「ちっ、わーってんだよ……あの人は……どーしようもねえお人好しで……他の姉妹二人とは……確かに違って……俺には何もしていない……ただ、忘れていただけなんだ……エイム姫や、ナトゥーラと同じでな……」


 今さら、マシンに言われなくてもジオにも分かっている。その人物がどういう人物なのかということを。

 だからこそ……


「あの人を恨むことだけは……ちょっと、事情が違うってことも……」


 エイムとナトゥーラを受け入れてジオが、その人物に対しても必要以上に恨みや憎しみを持つ理由がないことは、ジオにも分かっている。

 だが、それでも複雑な気分で、足を踏み出せずに居た。

 だからこそ、そんなジオの素直になれない心境を察しての、ガイゼンの命令なのだ。


「まあ、もう、くそ……ただ、『罰ゲーム』なら……仕方がねーか……」


 行かなくてはいけない理由ができてしまった。

 そして、それがチームで決めたルールならば、仕方がないのである。

 

「しゃーねえな、くそ!」


 そう、仕方がないので行く。渋々と文句を言いながら、ジオは立ち上がって街の外へ向かって行った。



「「「まったく……世話が焼ける……」」」



 そんなジオの後ろ姿に溜息を吐く三人。そして……


「で、チューニにはどういう命令をしようかのう?」

「えっ!? ぼ、僕にもあるの!?」

「はっ? 当り前じゃろ。チーム戦なんじゃから……あっ、そうじゃ!」

「な、なに?」

「チューニが酒を飲んだ状態でワシと戦うとかどうじゃ?」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいっ!!??」

「もしくは……ぬわははは……さっきのウヌの幼馴染とちょっとじっくり話でもして来いというの……」

「ッ!?」

「のう、どっちがいい?」


 ジオを見送りながら、話しをする三人。

 ガイゼンの笑い、マシンの苦笑、そしてチューニの悲鳴が響いた。

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