第178話 小さい

 つい先ほどまでは、祭りのような騒ぎが夜通しで行われていたはずのトキメイキモリアルの都市も、若者たちはキオウの力で街の外にて就寝中。 

 もはや、街では店の一つも開いていなく、ただ静寂と暗闇だけが辺りを包み込んでいた。


「ったく……きったねーな。散らかしたら少しは片付けろってんだ」


 街に戻ったジオは、辺りを見渡して舌打ちする。

 若者たちが飲み食いして散らかしたゴミが辺りに散乱しており、街の景観を穢していた。

 とはいえ、その飲み食いの費用はすべてジオとチューニが支払っているので、原因は自分にあるのだが、そのことは考えず、ただ汚れている街の一角の地べたに腰を下ろし、ジオはタバコに火をつけて夜空を見上げた。


「にしても、あの人……色々ありすぎた夜に……ドサクサで現れるなよ……」


 今日は色々とありすぎて疲れた。もう何も考えたくない。だから今日はもう寝よう。

 そう提案したジオだったが、それは無理だった。


「くそ……寝れねぇ……」


 単純に、目が冴えてしまって寝れないのだ。

 それは断じて、一人の人間が頭を過ぎって、気になって眠れないのではない。なぜなら、自分にはもう関係ない……と言い聞かせていた。

 だが一方で……


「……あの人……『あの時』は……居なかったけどな。エイム姫や……ナトゥーラと同じで……」


 自分の運命を変え、身も心も深く傷ついた現場に、あの人間は居なかった。

 あの場に居なかった。それが一つの要因となり、ジオは、エイムとナトゥーラともう一度交わった。

 なら、あの人間は?


「くそ……くそくそ、うっぜーな……くそ!」


 悩めば悩むほどイライラしてくる。

 ジオはまだ吸いかけのタバコを火が点いたまま掌で握り潰し、そのまま投げ捨てた。

 すると……


「なんじゃあ? タバコのポイ捨てはマナーが悪いぞ?」

「寝ると言っておきながら……そういう雰囲気ではないようだな」

「片付けろって文句言いながらポイ捨てとか……リーダー、ブーメランって知ってる?」


 一人になってイライラしていた所に現れた仲間たち。

 本当なら「ほっといてくれ」と言いたくなるところではあったが、その言葉は口にせず、ジオは舌打ちしながらソッポ向いた。


「悪かったな……拗ねたガキで……」

「ぬわはははは、自覚ありなのは、成長した証じゃ。しかし……」

「……んだよ?」

「どんな理由にせよ、オナゴが泣いている……それを気づいていながら、見て見ぬフリは器が知れるぞい?」


 案の定、ガイゼンならこう言うだろうとジオは溜息を吐いた。


「……あの人と……何かを話したのか?」

「ぬふふふふふ~、気になるか~?」

「……別に……」


 気にならない……と言えばウソにはなったが、それを言えば負けた気になるということで、ジオはあえてそっけない態度を取った。


「でもな、それを言うなら、マシンだってチューニだってそうだろうが。泣いて謝る女に振り返らず、俺たちはこうして飛び出した」

「まあの~……」


 そう、ガイゼンになんと言われようと、そもそも自分たちはそういう男たち。そういう流れの中で集い、そして世界に出た。

 ならば、そういうものなのだから、今更なのである。


「……………」

「いや、そこで僕たちを出されても困るんで……」


 マシンもチューニもそのことには心当たりがあり、同時に微妙な顔を浮かべるが、あえてジオを否定しなかった。

 すると、ガイゼンは……



「……戦争で家族を失った孤児たちのために尽力し……身分など関係なく、自ら汗水垂らして子供たちのために働き……子供たちに愛情を持って接し……忙しい身でありながら、各地の孤児院に訪問しては、自ら料理や洗濯、掃除などの家事や、子供たちと遊んでやったりなども無償でやっておると、シスターたちが言っておったわい」


「……………」


「そんな娘は……ウヌに対することは……一言も言っておらんかったわい」


「……えっ?」



 聞いていないのだが、ガイゼンは構わず語る女のこと。ジオは拒絶せず黙って聞き、そして意外な言葉に反応した。

 それは、女がジオに対して一言も言ってはいないということだ。

 だが、そんなジオの反応にガイゼンはニヤニヤと笑みを浮かべ……


「そう、ウヌに対してのことは言ってない。ただ、聞いてきた。ウヌが今……笑って過ごしておるのか。楽しく生きることが出来ているのかどうか……ウヌに対する謝罪ではなく……ただ、今のウヌを聞きたがっていた」


 そう言われて、ジオもまた舌打ちしてソッポ向いた。


「顔を見せるどころか、今後の人生に関わることも許されておらぬ……謝罪なんぞ、ウヌを余計に不愉快にさせるだけと……気づいているのじゃろうな。自分の罪を勝手に人に告白して悔いるなどという、自己満足に浸るようなことはない、娘っ子じゃったな」

「……ふん……」

「切ない娘じゃった。リーダーを想ってる娘じゃなければ、抱いて慰めてやりたいぐらいじゃったわい」


 半分冗談、半分本気のような口調で告げるガイゼン。

 そう言って、そのままジオの隣に重い腰をゆっくりと下ろした。

 そんな二人の姿に、マシンもチューニも同調するかのようにゆっくりとその場に座り、しばらく四人の間で沈黙が続いていた。


「……そういえば……」

「ん?」

「お前らは……金を何に使ったんだ?」


 沈黙を先に破ったのはジオ。

 話題を変えるかのように出た言葉は、自分たちがそもそも行っていたゲームのこと。

 増えすぎたチームの軍資金を分配し、面白い金の使い方をしたチームの勝ち。というものだ。


「おお、それか」

「そういえば、そんな勝負をしていたな」


 ジオの問いに、ガイゼンとマシンも思い出したかのように頷いた。



「ちなみに俺らは、チューニの改造だったり、ボッタくりの店であえて飲んだり、この街を見ての通り……まあ、勉強ばかりの青瓢箪たちどもをバカ騒ぎさせるパーティーに使ったりとかだな」


「いや、リーダー! 改造じゃないんで! ただの洋服の買い物なんで!」



 結局金を使い切ることなどできなかったが、それなりに楽しんで使ったということを伝えるジオ。

 対してマシンとガイゼンは……



「「さっきの孤児院と、子供支援基金に寄付した」」



 楽しみではなく、慈善に使っていた


「えっ……いや……」

「あの、ギャグはいいんで……実際、何に……?」


 しかし、流石にジオとチューニは耳を疑った。

 なので、改めて聞いてみたが……



「いやいや、事実じゃ。旅の途中であの孤児院を偶然通りかかったんじゃが……帝国からの支援は受けてはいるものの、やはり借金もなかなかあったみたいでのう。見ていられなかったんじゃ。支援をしてやろうと持ち掛けるが、自分たちだけ受け取るのは忍びないという様子だったので、それならばと基金に寄付した。まぁ、世界中の子供たちに行き渡らせるには、スズメの涙ほどにしかならんじゃろうがな」


「自分の人生、数多くの汚名やバッシングを浴びて生きてきた。そんな人生において、無垢な子供たちの『ありがとう』という言葉は、機械である自分の中の何かを震わせてくれた。引っ越しの途中、野党やモンスターと遭遇した時、自分たちが体を張って敵を打倒し、子供たちを守った時……子供たちの笑顔は……嬉しいと……そう思えた」



 それはもう、勝負をそもそも放棄しているかのような使い道であった。

 それが本当だと分かった時、ジオもチューニも項垂れた。


「「マジか、お前ら!? すげー冷める!! つっまんねー!!」」

 

 勝負に勝とうと思って、真剣に馬鹿な金の使い方を考えていた自分たちは何だったのかと。


「つか、それじゃあ俺らがアホみてーじゃねえか! 何が悲しくて、エロイ女たちが居る店で豪遊とかして……」

「ぼ、僕がパラディンになっている間に……自分のことにしかお金使ってない僕が後ろめたく思っちゃうんで!」

「なははははは、ま、そういうことで……勝負自体はワシらの負けかのう?」

「心配するな。勝負は勝負。罰ゲームはちゃんと果たそう」


 特に勝敗も気にせず、罰ゲームすら厭わないという様子のガイゼンとマシンだが、そんなもので納得できるはずがない。

 これで勝ったと言われても嬉しくもないし、負けと罰ゲームをアッサリ受け入れる二人に対して自分の器の小ささを感じさせる。


「あ~あ、お利口さんなジジイとヤローだぜ。はいはい、俺たちの器は小さくて悪かったな」


 投げやりになったかのように、その場でジオは寝そべって、手足を大きく広げた。


「そう……ちいせえよ……ちっせーよ……」


 自分の器は小さい……


「器が……な……」


 ガイゼンに先程言われた言葉を自分の口でも繰り返し、イライラしてジオはまた頭を掻き毟った。

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